第三章 疑惑と追及 4

 エリアーシュがエッツェルを監視し始めてから、一週間が経過した。

 部下たちに監視を任せて、エリアーシュは報告のためにステファンの居城であるエンジ城を訪れた。

「エッツェルが反徒どもとやりとりしている気配はないか?」

「ありません。誰と会って、どんな話をしているか、すべて確認していますが、不自然な点はいっさいございません」

 エリアーシュは落ち着いた口調で、その日のエッツェルの行動を事細かに報告した。偽りやごまかしは一切しない。いい加減な回答をすると、かえってエッツェルの立場を悪くするだろう。

「まあ、あらかじめ合図を決めておけば、例えばメイドの娘にちょっとした指示を伝えることくらいはできるでしょう。そしてメイドの娘が我々の目を盗んで、反徒どもの連絡係のところへその指示を伝えに行く、くらいはありえます」

「ふむ……」

「ですが、細かい情報のやり取りは無理でしょう。口に出さずに情報を伝える、魔法のような手段があれば別ですが」

 ユスティーナが言っていた「不思議な力」のことを思い出しながら、エリアーシュは言った。

「メイドの娘、と言ったが、オーミル城の下働きの者たちが反徒どもとやり取りしている可能性はないか?」

「そこまでは、分かりかねます。オーミル城に出入りしているすべての人間を見張ることは、さすがに不可能ですので」

 文官や兵士、下働きの人間も含めると、数千人規模の人間がオーミル城に出入りしている。エリアーシュと配下の者だけでは、できることに限界がある。

「エリアーシュよ。東方のネフスキーの軍勢が帝都まで押し寄せるのは、時間の問題だ。それまでに、帝都に居座る反徒どもを片付けておかねばなるまい」

 エリアーシュは小首をかしげた。帝都の反徒どもよりも東方のネフスキーの方が強敵であると、ステファンは考えているのか。ジシュカとは逆の判断である。

「ジシュカ殿下は、自信がおありのようでしたが」

「いいや。ジシュカではネフスキーには勝てぬ。ネフスキーは、必ず帝都ここまでやってくる。だから、おれはそれまでに帝都に居座る反徒どもを片付けたいのだ」

「はあ、なるほど。しかし……」

「おれが勝てなかった相手に、そう簡単にジシュカの奴に勝たれてたまるか。奴では、絶対にネフスキーには勝てない。いいか、絶対にだ! ネフスキーがどれだけ恐ろしい相手か、奴は分かっておらぬのだ!」

 興奮して、ステファンは拳を机に叩きつけた。

 エリアーシュの見るところ、ステファンは決して無能でも愚鈍でもない。ネフスキー率いる東方の反徒どもに対しても、五万もの大軍を編成し、きちんとした準備を整え、巧みに統率してこれに当たった。作戦も、決してまずいものではなかったと聞く。だが、あたかも弟ジシュカの失敗を望むような発言をするのは、いかがなものか。ジシュカが敗北すれば、もはやネフスキーを阻む者は誰もいなくなってしまうだろうに。

 エッツェルに対する態度といい、ステファンは兄妹たちが失脚することを望んでいるのではないか。国家の存亡の危機よりも、ステファンは自分の面子の方を気にしているとしか思えない。次の皇帝にふさわしい器量の持ち主とは、エリアーシュには思えなかった。

 ステファン様ではなく、やはりジシュカ殿下こそ、エトルシアの次期皇帝にふさわしい。改めてそう考えるエリアーシュであった。

「それはそれとしてだ。当面のところ、おれたちは帝都の反徒どもを破る算段を考えなければならん。奴らの首謀者の正体を暴き、捕らえることができたら、その者が一番の大手柄だ。分かるな?」

「はあ」

「何だそのやる気のない声は」

「やはり私には、エッツェル様が反徒どもの指導者であるなど、ちょっと考えられません」

 弟を陥れたいがために、ステファンは先走ったのではないか。そう思えてならないエリアーシュであった。

「使えん奴だな。まんまとエッツェルの奴に懐柔されたか」

「めっそうもありません。ですが、私は正直、気が進まないのです」



 どうやら勇み足だったか。エリアーシュの反応を見て、ステファンは反省した。彼としては、エッツェルが無実であっても、別にかまわないという腹づもりだった。どうせ奴は権力をすべて失っているのだ。恨まれてもどうということはない。だが、フィリップの反感を買ってしまったのは、失敗だった。ジシュカに対抗するためにも、あの美貌の弟は味方につけておくべきであった。

 エリアーシュも、自分が与えられた任務を不満に思っているようだ。ステファンとしては、ジシュカに重用されていたらしいエリアーシュにすぐに重大な任務を与えることで、自らの器量を示したつもりだった。どちらが自分を重く用いてくれるか、彼は二人の皇子を慎重にはかりにかけているはずである。

 そもそも、もしエッツェルが本当にシルバーだったとしても、すぐ横で監視されている状態で尻尾を出すような真似はしないだろう。いきなりエッツェルを問い詰めたのは、失敗だった。

 エッツェルは無実だ。そう認めて、率直に謝罪しておれの度量を示すべきか……? いや。他にシルバーとかいう反徒どもの頭目の正体をつかむ手掛かりがない以上、エッツェルの線でより念入りに調べてみるべきだ。そのための、もっといい手がある。

「エッツェルの監視を解く。エッツェルに、疑惑は誤解だったと伝えろ」

 エリアーシュの顔が、ぱあっと明るくなる。

「なるほど。エッツェル様は、やはり無実だということですね。分かりました、伝えます!」

「早く行け!」

「はい、すぐにでも」

 エリアーシュが立ち去ると、入れ替わりに侍従が紅茶を運んできた。

「よろしいのですか?」おずおずと侍従は進言した。「小官は、やはりエッツェル殿下が怪しいと考えますが」

「あほう!」ステファンは怒鳴った。「おれの言葉が本心からのものだと思ったか? そうではない。監視を解いたことにして、エッツェルの奴を油断させるのだ。必ず尻尾をつかんでやるぞ」

 肉食獣の笑みを、ステファンは浮かべた。

「それから、街に噂を流せ。おれがエッツェルのことを疑っていることを、反徒どもの耳にも入るようにするのだ。シルバーの正体がエッツェルであろうとなかろうと、反徒どもが知れば、必ずそれに便乗して何か仕掛けてくる。それを逆用するのだ」

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