第三章 疑惑と追及 2

「あんた、よく生きてたわね……ホントに化け物女だったのね」

 褒めているのかバカにしているのか分からない口調で言いながら、アンナはシャルロットの傷口に当てたガーゼを取り換えた。

「急所をギリギリ外してたとはいえ……普通なら死んでるところよ。何で、ピンピンしてるの? あんた絶対におかしいわ。今度、一度解剖させてよ」

 シャルロットが寝かされているのは、普段アンナが働いている救護室ではなかった。専用の個室が与えられたのである。

 治療が一通り終わると、アンナは扉を開けて、外でやきもきしながら待っている男どもを招き入れた。

「シャルロット! ごめん!」

 真っ先に飛び込んできたのは、ルクスだ。続いて、同僚のヴァルデマールとフランコ。

 ルクスは、シャルロットの上官であるシルバーのさらに上官という立場にある。複数の隊を束ねる軍団の指揮官であり、兵たちの前でふんぞり返っているべき男だ。それが、荒くれ者のヴァルデマールたちと一緒になって、シャルロットの容態に右往左往しているありさまだ。

「ルクスに感謝しなさいよ。彼が助けに来なかったら、あんた本気で死んでたわよ」

 シャルロットにとどめを刺そうとしたリヴィアは、駆けつける赤毛の若者の姿を見て姿をくらましたらしい。本当に間一髪だったのだ。

「いや、悪いのは僕だ。僕が、シャルロットを一人にしてしまったから」

 珍しく殊勝に、ルクスが反省の弁を述べる。

「まったくだぜ。このトンマ野郎が。何が『赤きたてがみの獅子』だ。『赤き鶏冠とさかのチキン』に改名しやがれ」

「おっ、ヴァルデマール、珍しく意見が一致したな。そのとおり、ルクスには、とてもじゃないが我々の姫を任せられない」

 ヴァルデマールもフランコも指揮官に対して言いたい放題だ。

「もうシルバーに軍の指揮を任せて引退しろよ。前回も、作戦を立てたのは全部シルバーだろ? あんたはシルバーにおんぶにだっこで手柄だけ掠め取っていきやがったんだろ?」

 ジシュカとデスピナを打ち破った先の戦い以来、ヴァルデマールはシルバーに心酔している。

「いや、それは違う、ヴァルデマール。あれは、シルバーの奇策とルクスの組織力、双方がうまくかみ合った結果としての勝利だ。どちらが欠けていても、勝利はつかめなかった。そんなことも分からないようだから、お前は三流なんだ」

「お、やんのか? フランコ」

「いい加減にしなさい、あんたたち!」

 アンナが一喝した。どちらかというと小柄なアンナの一言で大の男たちがしゅんとなるのが、シャルロットには可笑しい。

「ありがとう。心配してくれてたのね」

「いや、オレは別に。シャルロットは殺されたくらいで死ぬような奴じゃないって、オレは知っていたからな」

「もう、ヴァルデマールったら」

 くすりと笑って、シャルロットはルクスに向き直った。

「ルクス。あなたのおかげで助かったわ。でも、デートの途中で女の子を一人にしちゃ駄目よ」

 そう言ってから、

「でっでっでっデートじゃないし!」

 自分の言葉を慌てて否定するシャルロットであった。

「今のリアクションって、何? 少しは僕のことを男として意識してくれるようになったのかな?」

「違うんじゃない?」

 ルクスの疑問に、そっけなくアンナが答えると、

「シャル!」

 元気のいい声とともに、再び扉が開いた。

「シャル! よかった!」

 銀色の髪の小さな娘が、ひまわりのような笑顔を輝かせて、シャルロットのもとへ駆け寄ってきた。アンジェリカだ。

「ぶじだったんだね! シャルが『ばけものおんな』で本当によかった!」

「そ、そうね……」

 ひとしきり歓談して、男たちは退室した。ルクスは自由革命軍を動かす指揮官であり、ヴァルデマールとフランコは不在のシルバーと療養中のシャルロットに代わって、シルバー隊を統率する任務がある。シャルロットにべったりというわけにはいかないのだった。

 ふと思いついたことがあって、アンジェリカに尋ねた。

「ねえアンジェリカ。リヴィア皇女って、会ったことある?」

「あるよー」

 やっぱり、そうか。リヴィアはエッツェルの双子の姉であり、アンジェリカはエッツェルの婚約者だったクレアの妹だ。当然、面識はあるだろう。

「クレア公女やエッツェル皇子とは、仲が良くなかったって聞いているけど」

「うーん。ちょっとちがうなー」アンジェリカは小首をかしげた。「リヴィアさまは、エッツェルさまのことが大好きだった。でもエッツェルさまは、リヴィアさまのことを、すごく嫌ってた」

「そうなの?」

「アンジェリカはね、エッツェルさまのこと大好きだけど、リヴィアさまを見るときの目だけは嫌いだったの」

 アンジェリカは、心なしかしょんぼりしている。

「エッツェルさま、とってもいいかたなのに、リヴィアさまにだけは、つめたかった」

「でもそれは、何か理由があったんじゃないの?」

 ちらりと、アンナに目をやった。アンナはシルバーの正体がエッツェル皇子であることを知らない。余計なことを話すわけにはいかない。アンジェリカがうっかり口を滑らせたりはしないだろうか。

「リヴィア皇女が、エッツェル皇子の婚約者――あなたのお姉さんに、何か意地悪をしてたとか」

「それは、いっぱいしてた!」

「してたんかい!」

「クレアねえさまはとても美人だったから、もてない女の人からとってもねたまれるのです!」

「え……でも、リヴィア皇女も相当な美少女よね」アンナが口を差し挟んだ。「ほらあの、肖像画」

 確かに、リヴィア皇女は目の覚めるような美しい少女だった。肖像画を見たときは「ちょっと盛ってるのでは」と思っていたが、実物はそれ以上だったと思う。

「でもアンジェリカはね、クレアねえさまの方が勝ってると思います! だってクレアねえさまの方が、おっぱいが大きいです! 男の人は、おっぱいが大きい女性が好きなのです!」

「すごい、アンジェリカ。九歳にして世の中の真理を悟ってるわね」

「でしょ? えへん」アンジェリカは得意げに胸を張る。「そしてアンジェリカも、将来はおっぱいが大きくなる予定なのです! 何しろアンジェリカは、クレアねえさまの妹だから!」

「ということは、アンジェリカの勝利はすでに約束されているのね。輝かしい未来が待ってるのね」

 思わず自分の胸に目をやるシャルロットであった。シャルロットも胸は小さい方ではないが、ヴァルデマールのバカに「お前のはおっぱいじゃなくてただの大胸筋だろ」などと心無いことを言われて、けっこう傷ついたことがあるのだった。

「ところでシャルロット。あんたが出会ったリヴィア皇女って、本当にリヴィア皇女なの?」

 アンナがそんなことを言い出した。

「皇女さまが突然、そんなところに現れるものかしら。悪い魔女が、リヴィア皇女に化けているのかもよ」

「魔女?」シャルロットは、眉を吊り上げた。「あたしは魔女なんて信じないわ。世の中には、童話に出てくる悪い魔女なんかより、はるかに性悪な奴らがいる。フェルセンがあたしの村で何をしたか、知ってるでしょ? 悪魔だってためらうようなおぞましいことを平気でやったのは、魔女なんかじゃない、ただの人間よ」

 童話の魔女なんて、奴らに比べればかわいいものだとシャルロットは思う。世の中で現実に起こっているおぞましい出来事の数々は、魔女などではなく、普通の人間によって引き起こされているのだ。

「そう。だったら、リヴィア皇女は、よほどあんたのことが憎かったのね。何か恨まれるような心当たりはあるの?」

「この前は、つい否定しちゃったけど――」ためらいがちに、シャルロットは答えた。「……あなたの言う通り、あたし、今、恋をしてる。相手が誰なのかは、話せないけど」

「やっぱり」

「で、そのことが、リヴィア皇女を怒らせちゃったみたい」

「ふーん。誰だか知らないけど、あんたが好きになった男が、リヴィア皇女の恋人だったってこと?」

 リヴィアとエッツェルが恋人同士ということは、ありえない。何しろ二人は姉弟である。だが、シャルロットが出会ったリヴィアは、弟エッツェルに偏執的な愛情を抱いているように思われた。

「うーん。そういうわけでは、ないんだけど……」

「どちらにしても、その男のことはあきらめなさい。でないと、次は本当に殺されるわよ」

 いつになく真剣な眼差しのアンナに、シャルロットはむっとした。アンナは、あたしの恋を応援してくれないんだ。

 いや、違う。自分の心に浮かんだ考えを、シャルロットは打ち消した。友達として本当に心配してくれているからこそ、アンナは警告してくれている。それはとてもありがたいことだと思わなければいけない。

 でも、あたしは自分に嘘はつけない。

「ううん」シャルロットは首を振る。「あたしは、あきらめないわ」

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