第二章 女の戦い 3

 四枚の肖像画を前にして、誇りある自由革命軍の女闘士たちが熱い議論を交わしていた。いずれも真剣そのものの眼差しである。

「四人の皇子さまの中で、誰が一番素敵かしら」

「そりゃあ、やっぱり『金羊毛の騎士エクエス・アウレウス』こと、三男のフィリップさまでしょ。美しい金髪、優しそうな目、男の色気たっぷりな唇。まさに貴公子って言葉がぴったりよね」

「そうね。剣の腕も達者だそうだし、文句なしよね」

「四男のエッツェルさまも素敵よ。神秘的な黒髪に、藍色の瞳。亡くなった婚約者のクレアさまを、今でも想い続けてらっしゃるんでしょう? とても一途な方よね」

「あら、エッツェルさまは駄目よ。クレアさまをお守りできなかったし、ゲマナもうちの軍に奪われちゃったじゃない。てんで頼りがいがないわ」

「そこがいいんじゃないの。守ってあげたくなるところが」

「ふうん、アンナはエッツェルさまびいきなのね。次男のジシュカさまはどう?」

「印象的な灰色の髪、知性を感じさせる鋭い目つき……ジシュカさまも顔立ちは悪くないわね。でも……頭の良すぎる殿方は、ちょっとね」

「あー、それ、分かるう! 隠し事とかしたら、一発でバレそう!」

「それもあるし、頭良すぎて普通の会話とかできなさそう。『君が私のどこに惚れたのか、生物学的な見地から四つ挙げてくれ』とか言いそう!」

「言いそう! 超めんどくさそう!」

「じゃあ、長男のステファンさまは?」

 うーん。肖像画を見つめながら、女たちはそろって渋い顔をした。

「口髭をたくわえて、威厳を醸し出そうとしているのは分かるんだけど……」

「これじゃあ皇子さまというより、山賊の親玉よねえ……」

「ねえ、シャルロットはどう思う?」

「あたしは、そんなの興味ないわ」

 自由革命軍でも随一の女戦士として知られる金髪のシャルロットは、できるだけ平静を装って、そっけない口調で言った。

「あたしたちは、その皇子だの皇帝だのを打倒しようという立場じゃないの。誰が美形でも醜男でも関係ないじゃない」

 四枚の肖像画も、「敵」側の要注意人物のものとして準備されたものだ。彼らの首に、自由革命軍は賞金を用意することにしたのである。ジシュカの首には、金貨三万枚。ステファンとフィリップの首には、金貨二万枚。エッツェルの首には、金貨五千枚。一番安いエッツェルの首でも、一生遊んで暮らせる額である。

 その脇には、アニエスとリヴィア、二人の皇女の肖像画もある。ともに金貨一万枚。だが、こちらには女たちはあまり興味がないようだ。

「そんなこと言ってるけど、知ってるわよ、シャルロット」看護兵のアンナがニヤニヤと笑いながら、シャルロットを小突く。「あなた今、恋をしているでしょう?」

 えーっ、という声が上がった。

「本当なの、アンナ」

「間違いないわ。だって私は、いつもシャルロットのことを見ているもの。あーあ、私の愛するシャルロットが、どこかの誰かのものになってしまうなんて、耐えられないわあ」

「べ、別にあいつとは……あいつがあたしを副官にしたのは、あたしを戦力として期待してくれたからだし……」

 シャルロットは、つい口を滑らせた。まずい、と思ったが遅かった。たちまち鋭い追及の声が飛ぶ。

「シルバー!? 相手はシルバーなの!?」

「まさかシャルロット、あいつの素顔を見たの!?」

「え? えっと……」

「教えなさいよ、シルバーの正体。で、あいつとどこまでいったの? キスはした? 同じベッドで寝た? もう隠し子は作った?」

 簡単には逃げられない気配である。さっきまでニヤニヤしっぱなしだったアンナも、真顔で食いついている。シャルロットは目を回した。

「シルバーのすがおなら、アンジェリカも見たよ!」

 意外なところから声が上がった。長い銀髪の幼女が、目をきらきらさせながら会話に加わった。ルーアン公爵家のお姫様であり、革命軍の人質という立場だが、本人はそんなことはまったく気にせずに、シャルロットをはじめとする革命軍の女たちと打ち解けている。アンジェリカである。

「えっとね。シルバーの、はくぎんのかめんのうらがわには、またはくぎんのかめんがあったの!」

「「「え?」」」

「そのはくぎんのかめんをはぎとったら、その中にはまたはくぎんのかめんがあってね……」

「「「はい?」」」

「それをぽいっと取ったら、またはくぎんのかめんがあったの!」

「……もしかして、その『はくぎんのかめん』をひっぺがしたら、また『はくぎんのかめん』があるの?」

「そうだよ、すごい、セシル! アンジェリカの言おうとしたこと、どうして分かったの!?」

「やっぱりそうなんだ……じゃねーだろ、そんなわけあるか! このふざけたお子ちゃまめ、こうしてやる!」

 弓使いのセシルがアンジェリカを捕まえて、柔らかいほっぺをふにふにとつねる。アンジェリカはきゃっきゃと笑いながら、なすがままにされている。

 もしかしてアンジェリカは、あたしをみんなの追及から守ろうとしてくれた? 見た目に騙されてはいけない。アンジェリカは頭の回転が速い。おちゃらけた話をして、さりげなくシャルロットを守ってくれたのかもしれない。

 いや、彼女が守ろうとしたのはエッツェルか。シャルロットは、思い直す。

 シルバーの正体がエッツェルだと知られるわけにはいかない。何しろ、金貨五千枚の賞金首である。

「ふーん。そうなんだ。相手はシルバーなんだ」妙に不機嫌なアンナである。「シャルロットはあたしのものだと思ってたのに、シャルロットの一番はシルバーなんだ。悲しくて泣けてくるわ」

「断じて、違う! それに、いつからあたしがあんたのものになった!?」

「いやん、つれないこと言わないでよ」

 べたべたと抱きついてくるアンナから逃げるようにして、シャルロットは大部屋を出た。そろそろ見張り当番の時間だ。シャルロットはシルバー隊の副官という立場なので、一般兵士のような仕事は免除されているのだが、現場の感覚を忘れないよう、自ら兵卒の任務も買って出ていた。

 見張り塔に向かって歩いていると、漆黒のローブに身を包んだ女と出くわした。

「やあ化け物女。久しぶりに会ったな」

「……化け物女じゃないってば」

 黒いフードから、美しい銀の髪がこぼれ出ている。魔導銃の名手であるメディアだ。会うのは数日ぶりである。

 メディアは、毎日ゲマナ城に顔を出しているわけではない。あまり自分のことは話さない彼女だが、どうやら普段は別の顔を持っているようだ。そういう人間は、革命軍にはけっこう多い。アンナなどもそうである。シャルロットのよき友人であるお茶目な看護兵は、普段は街の小さな病院で働いていると聞いている。

「ちょうどよかった。訊きたいことがあるのだよ。自由革命軍に、褐色の肌の娘が助けを求めて来なかったかね?」

「褐色の……肌? それって、カルラ・アードラーのこと?」

 ルクス軍団では古参の女闘士の名前を、シャルロットは挙げた。先日、皇女デスピナに捕らわれて危うく処刑されそうになったものの、ルクスたちによって救出されたアードラー姉弟の姉の方である。

「いや、そうではない。異国の、奴隷身分の娘らしいのだが……」

「ううん、そんな娘は来てないけど」シャルロットは首をひねった。「どうして?」

「いや、来ていないならいい」

「……? まあいいわ。ねえメディア。ちょっと、相談があるんだけど」

 意を決して、シャルロットはメディアを見張り塔の中まで連れて行った。他に誰もいないことを確認する。最上階で交替を待っているヴァルデマールとフランコには、もう少し我慢してもらうことにしよう。

「あの……あたしね、あなたにこんなことを言うのは変だと思うんだけど……」

 普段は思い切りのいいシャルロットも、このときばかりは躊躇した。言葉には翼があり、一度飛び立ってしまうと、取り消すことはできない。そう言ったのは、誰だったろう。だが、黙っていては、何も始まらない。どんなところにも果敢に飛び込んでいくのが、シャルロットの流儀だった。

「つまり、その、あたし、エッツェルのことが好きみたい」

 言った。言ってしまった。誰にも話したことのない、自分だけで抱えていた秘密を。ドキドキしながら、メディアの反応をうかがうと――。

「ほほう」

「な、何でそんな嬉しそうな顔をするのかな?」

 意外。もっと修羅場になると思っていたのに。エッツェルとメディアは、恋人同士なのかははっきりしないが、浅からぬ仲のはずだ。

「いや別に。で、それをわたしに伝えて、君は一体どうしようというのだね」

「どう、ってわけじゃないけど」

「なるほど、自分でもどうしたいのか、心の整理がついていないというわけか。青春だな」

 人生の先輩みたいな上から目線だ。メディアだって、年はあたしとたいして変わらないだろうに。

「そのことを打ち明けた相手は、わたしが初めてか?」

「うん」ふと思い出して、シャルロットは付け加えた。「アンナは、あたしが誰かに恋をしてるって、気付いてたみたいだけど」

「アンナ? ああ、あの看護兵。だったらアンナに相談すればいいではないか」

「そういうわけにはいかないじゃない。シルバーの正体がエッツェルだってことは、みんなには絶対秘密なのよ?」

 口の軽いアンナに秘密を漏らしてしまったら、たちどころに広まりそうだ。メディアの反応があっさりしているので、シャルロットは自分の方から質問した。

「そもそもあなたとエッツェルは、どういう関係なの?」

「エッツェルには、わたしの大事なモノを捧げた。そういう仲だ」

「だ、大事なモノ!?」それはつまり、そういうことだろう。「じゃあ、やっぱり……」

「ああ、今のは君をからかっただけだ。大丈夫、わたしとエッツェルとは、そういう仲ではないのだよ。大事なモノを捧げたのは、嘘ではないけども。多分、今は君の方が、彼に近い位置にいる」

 何それ。ずいぶんと思わせぶりな台詞だ。結局、二人の関係は何なのか。

「本人に、直接思いを打ち明けてみたらどうかね」

「告白……したほうがいいのかな?」

 シャルロットは頭を掻いた。村のみんなの復讐のために生きると決意した自分が、こんなことでいいのだろうか。

「それに、あいつはまさかあたしがあいつのことを好きだなんて思ってもいないだろうし……って、どうして笑うの!?」

「ああ、すまない。だが、エッツェルならとっくに君の気持ちに気付いているさ」

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