第一章 双子の姉 1
「そうだ。わたしがクレアを殺した」
戦いの終わったカタラス城の大広間に、銀髪の魔女メディアのその一言は厳かに響き渡った。
さすがのエッツェルも、動揺を隠せなかった。魔女が他人に成り代わるためには、その相手を殺して、その『霊魂』を乗っ取る必要がある。死んだ赤毛の魔女から得たその情報が確かだとすると、クレアを殺した犯人はメディアに違いない。エッツェルが復讐すべき相手は、恋人と同じ顔をした銀髪の魔女だったのか?
だが――それはありえなかった。次の瞬間には、彼は冷静さを取り戻していた。
「嘘だな、それは」
メディアは、何かを隠している。それは確かだ。だが、彼女がクレア殺害の真犯人である可能性はゼロである。当初の衝撃から、エッツェルは立ち直りつつあった。
「なぜそう思う?」
「クレアは、『皇閃剣アウグスタ』で殺された。皇族でなければ扱えない細工が施された魔導戦器だ。お前に扱えるはずがない」
「わたしは魔女だ。そのような仕掛けなど、簡単に解除できるのかもしれないぞ?」
赤毛の魔女の生首が、恨めしそうにこちらを見ている。すでにこと切れているはずだが、また突然、動き出すのではないか。気味の悪い妄想に、エッツェルは囚われた。
「ならば問おう。なぜそんなことをする必要がある? 俺に、兄姉たちを疑わせて彼らと争わせるためか? だったら、なぜクレアが『皇閃剣アウグスタ』で殺されたことを、俺にさっさと知らせない? 辻褄が合わないではないか」
それに――メディアの行動には、一つ大きく不自然な点がある。それを指摘するのは後のことにして、まずエッツェルは別のことを問いただした。
「クレアの姿になるためには、彼女の『霊魂』とやらを乗っ取る必要があるのだろう? それをするためには、自分で殺す必要があるのか? ひょっとすると、誰かがクレアを殺す現場に居合わせて、死の間際にあるクレアから『霊魂』を受け取ったのではないのか?」
「少ない情報から、そこまで推察するとはな」メディアは、軽く驚いたようだった。「さすがはわたしが見込んだ男だ」
「真実を話せ。お前は何を知っている?」
「……」
「話す気はない、か」
メディアは相変わらずの無表情である。エッツェルに問い詰められて焦っているのか、それともこの展開も想定済みなのか、それすらまったく分からない。
「では質問を変えよう。お前の目的は何だ?」
魔女たちが自らの見込んだ人物を『
大魔導師は、魔女たちの長である。彼らの世界で大きな権力を握ることができるのだろう。エッツェルの見るところ、メディアは権勢に執着するような女には見えないのだが……。
「今は言えない」
なおも追求しようとするエッツェルを、メディアは言葉で遮った。
「だが、これだけは言える。わたしの目的は、ただ『魔女たちの宴』に勝利して、大魔導師になることだけではない。その先にあるものを、わたしは求めているのだよ」
「その先にあるものとは?」
「だから、言えないと言っているだろう」
「本当にそんなことができると思うのか? 落ちこぼれの魔女のお前に」
これでは堂々巡りだ、と思ったエッツェルは、違う視点から斬り込んだ。それも、あえて挑発的に、である。
「なぜ、わたしが落ちこぼれだと……?」
「姉上は、『心眼の加護』のことを知っていた」
息を引き取る寸前、エッツェルに心を読まれていることを悟り、デスピナは『心眼の加護』のことを思い出したのである。思うに、デスピナが兄妹たちの前に姿を現さなくなった理由も、これを警戒してのことだろう。
エッツェルは魔女の生首を指差した。
「この赤毛の魔女に教えてもらったのだそうだ。お前は言っていたな。『魔女にとって、自らの持つ『加護』は生命線だ。他人に明かすことは、絶対にない』と。なぜ、『心眼の加護』のことが敵に漏れている? ずいぶんと脇が甘いではないか」
「さて、わたしは知らぬ。君の方こそ、何かヘマをしたのではないかね」
「とぼけるな。それだけではない。赤毛の魔女はこうも言っていた。魔女は、殺した相手に成り代わるのだと。実際、この魔女はデスピナ姉上の母エウドキアに成り代わっていた。実の娘であるデスピナをも欺くほど、巧妙にな」
それに対して、メディアはどうか。姿かたちこそクレアにそっくりだが、クレアに成り切らず、彼女に似た別人で通している。
「おかしいではないか。俺を『
ずっと不自然に思っていた。誰かとそっくりの姿になるのなら、化けた相手本人に成りすまし、周囲を欺かなければ意味がない。「そっくりな別人」になる必然性など、何もないのである。
「その点は確かに、その通りだ」メディアはしぶしぶ認めた。「『
「お前はそれをしなかった。あるいは、できなかった。それはなぜだ? 魔導の力が未熟だったからか?」
「言っただろう。わたしには心がない、と」
冷たい表情のメディアは、やや悲しそうに見えたが、「心がない」女である以上、それはただの錯覚であるのかもしれなかった。
「他人に共感したり、何かに感動したりする力が、わたしには致命的に欠けている。だから、誰かの振りをすることなど、わたしにはできないのだよ」
皮肉なものだろう、とメディアは自嘲した。どんな境遇の相手にも共感できるのが、エッツェルの婚約者であるクレアという女性だった。メディアは、彼女とは対極に位置する存在なのかもしれない。
「いや、それだけではないだろう。何か理由があって、お前はクレア本人ではなく、『クレアそっくりの別人』になったのだ。落ちこぼれでなければ、よほどの異端児だろうよ」
その理由とは、何か。今のところ、エッツェルには見当がつかない。情報が少なすぎる。
「話せ。お前の目的は? クレアの死の、一体何を知っている?」
おそらくクレアが死んだことも、自分がクレアに化けることになったことも、どちらもメディアの意図しないことではなかったか。そう思うエッツェルである。
メディアは静かに首を振った。
「……真犯人は知らない。それ以上のことは、今は話せない」
それでは納得できない。さらに食い下がろうとするエッツェルに、銀髪の魔女は言った。
「心の整理をさせてくれたまえ。近いうちに、必ず、必ず話すから」
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