第六章 覇者を目指す者 5

 すべてはエッツェルの計画通りだった。

 デスピナがアードラー隊の兵士を使って革命軍を脅迫するであろうことは、読めていた。ゲマナ陥落の際にエッツェルを見殺しにしようとしたことや、カタラス区の市民たちを使ってアードラー隊を罠にかけたことから考えて、『覇者を目指す者レグナートゥールス』となった彼女が権謀術数をもって覇者の地位を手に入れようと企てていることは明白であった。

 使えるカードは、デスピナの忠臣ジェルメである。ジェルメのひととなりを知ったエッツェルは、彼に匿名の密書を送った。文面はただ一行、「デスピナ皇女を惑わす魔女に留意せよ」。それで十分だった。ジェルメは自力で真実を探り当て、彼なりに最も正しいと思われる行動に出てくれた。

 後はデスピナを倒すだけである。一歩前に躍り出て名乗りを上げたのは、シャルロットだった。

「デスピナ皇女、一騎打ちを所望するわ。あたしはシャルロット。あなたの部下だったフェルセン将軍に滅ぼされたシャンベリ村の、生き残りよ」

「シャンベリ村だと……」

 フェルセンとは違い、デスピナはその名を覚えているようだった。暗い陰を表情にまとわせて、彼女は紫水晶のような瞳でシャルロットを見据えた。

「今さら嘘はつくまい。フェルセンにあの一帯の掃討作戦を任せたのは、私だ」

「フェルセンのような輩に軍を任せれば、どうなるかは分かっていたはず。それなのにあなたは、あの惨劇を止めようとはしなかった。そうよね?」

「私は止めようとしたのだ」苦い顔でデスピナは反論した。「だが、奴は私の言うことを聞かなかった。私は奴の戦力を必要としていた。仕方がなかったのだ」

「ふざけないで!」シャルロットは激昂する。「どうしてあんな奴にシャンベリ村を任せたの!? あたしの母さんも、兄さんも、みんな殺されたのよ!? 村には自由革命軍の人間なんて誰もいなかった。それなのにあいつは、みんな殺してしまった。全部あなたのせいよ」

「デスピナに、フェルセンを排除できるはずがあるまい」エッツェルは、せせら笑った。「フェルセンは、母エウドキアの想い人だったのだから」

 本来、軍律に厳しい堂々たる武人のデスピナである。それなのにフェルセンのような輩を排除できなかったのは、なぜか。

 フェルセンをデスピナに推薦したのは、エウドキアであったと聞いている。エウドキアがフェルセンと男女の関係にあったことを、エッツェルは知っている。ゆえに、おのずと答えは出る。母がフェルセンに思慕の念を抱いていることに、デスピナも気付いていた。だから彼女は、フェルセンを処断することができなかったのである。

 要するに姉上は、赤子なのだ。エッツェルは心の中で呟いた。戦場では猛将でも、内面は脆い。『覇者を目指す者レグナートゥールス』にふさわしい人間ではなかった。俺に敗れるのは当然だ。

「なぜ……なぜお前がそんなことを知っている!?」

 唇をわななかせて、デスピナは剣をエッツェルに向けた。だが、その剣をシャルロットの槍が遮った。

「どこを向いているの。あなたの相手は、このあたしよ」

「くっ」苦虫を噛み潰したような顔で、デスピナは叫ぶ。「邪魔をするな!」

「おあいにくさま」と、シャルロット。「あたしはあなたを全力で邪魔すると決めているの」

 二人の女戦士は、激しく睨み合う。一瞬の間をおいて、二つの魔導戦器が、眩い灼熱の火花を散らしながら、ぶつかった。

 シャルロットが『絶槍フラゴレイヤ』をかざせば、デスピナは『竜騎剣ティアマト』を閃かせる。一瞬にして、空気が張り詰めた。激しい打ち合いとなった。

「どうした。腕が止まっておるぞ、小娘」

 二度、三度と刃を交わし、余裕のある笑みを浮かべたのはデスピナであった。やはり武人である。己の武を振るうことで、自信を取り戻したかのようだった。

「槍を振り回すよりも、家に帰って機織りでもしている方がよいのではないか」

「それもいいかもね」額から汗を流し、険しい顔をしながら、シャルロットも負けじと言い返す。「あなたの死に装束を織ってあげるわ」

「ほざけ!」

 ひときわ鋭い、燦然と輝く斬撃が、デスピナの剣から放たれる。虹色の短槍を両手で構えて受け止めるシャルロットだが、その動きは明らかに鈍っている。デスピナの力強い攻撃によって、腕が痺れているようだった。次第に防戦に回っていく。

「何なんだ、この化け物女」ヴァルデマールが目をみはる。「シャルロットが押されてやがる」

「お前、本当にそう思うのか?」フランコが眉間にしわを寄せた。「お前はシャルロットのどこを見ている。俺は、ちゃんと彼女のことを見ているぞ」

 フランコの言わんとするところを、エッツェルも理解した。

「デスピナの動きは、洗練され尽くしている。あらゆる動作に、瑕疵かしがない。戦士として完成された強さだ。だが裏を返せば、これ以上強くなる余地はないということだ。だが……」

 金髪の娘に、視線を移す。その翠色の瞳に宿る意志の強さは、衰えてはいなかった。

「シャルロットは、戦いながら、もっと強くなるぞ」

 デスピナの戦い方が定石を忠実に踏まえたものであるのに対し、シャルロットはデスピナと刃を交えつつ、徐々に戦い方を変えていた。この相手には、どんな手段が有効なのか。何を得意としていて、何を苦手にしているのか。それを考えながら、少しずつ自分の槍さばきに修正を加えていた。戦いながら、自身を成長させているのである。

 敵の狙いすました一閃を間一髪でかわすと、シャルロットは槍を短く持って、鋭く突く。それをデスピナが飛びのいてかわし切ると、今度は槍を軽やかに回転させ、逆さまに持って振り回す。その攻撃の残滓をかわし切れずに膝で受けたデスピナは、苦痛に顔を歪めながら距離をとって剣をかざす。荒く猛々しい音とともに、紅い閃光がほとばしる。『竜騎剣ティアマト』の繰り出す『爆火』の絶技だ。剣が振り下ろされると、めくるめく火花の煌きとともに、灼熱の火球がシャルロットめがけて放たれる。

 デスピナよりもさらに素早い動作で、シャルロットもまた槍を掲げ、渦巻くいかずちの波を作り出す。『雷撃』の絶技が、デスピナを迎え撃つ。『爆火』と『雷撃』が衝突し、激しく競り合って対消滅する。それを見届けるよりも早く、シャルロットは地を蹴り、天を舞う。空中からの予想外の槍の攻撃に、デスピナが慌てて剣をかざす。槍と剣がデスピナの眼前で交錯すると、勢いに押されてデスピナの上体が揺らぐ。音もなく着地したシャルロットは、身をひねって後ろ回し蹴りを皇女の胸に叩きつける。

 もはや明らかであった。当初は劣勢に立たされているように見えたシャルロットが、徐々に攻勢に転じ始めたのである。

「これがシャルロットの強さだ。彼女の刃は、未来を切り開く。皇帝を打倒し、民のための国をつくる未来を」

 ただ何もせずに強い者などいない。シャルロットの強さは、彼女の努力と創意工夫の賜物であった。そのことをエッツェルは実感した。

「どうやら勝負あったようだな」

 聞き慣れた声が、エッツェルの耳に飛び込んできた。振り返ると、そこにいたのは黒いローブをまとった女だった。

「メディア! どうしてここに」

 ルクスの部隊に同行していたはずだが、なかなかに神出鬼没である。

「なに、面白い見世物が見られそうだったので、広場を抜け出して駆けつけてきたのだよ」

 城の中には、まだデスピナ軍の兵士が大勢いる。それを単身で突破してここまでやってくるとは、ただ者ではない。やはりメディアは、まだエッツェルの知らない能力を隠し持っているのだろうか。

「外の戦いも、おおよそ決着がついている。市民たちが正気を取り戻したのだよ」

 デスピナの『至誠の加護』の力は、もはや完全に失われてしまったようだ。

「なぜだ、なぜ私の剣が通じない!」

 取り乱した声を、デスピナが上げた。果敢に繰り出した攻撃が、すべてシャルロットに弾かれていた。すでに形勢が完全に逆転していることを、誰よりも彼女自身が感じているようだった。

「その銀色の鎧の男が、何か術を施しているのか? だから私の剣が効かないのか!?」

「あなたを滅ぼすのは、あたしでもなければ、この白銀の騎士――シルバーでもないわ」

 くらい表情で、シャルロットは頭を振った。

「天があなたを滅ぼすのよ。もうあなたたち皇族や貴族たちが、民を好き勝手に苦しめてのさばる時代じゃない」

 デスピナは蒼ざめていた。敗者となる運命を、受け入れられないでいるようだった。彼女はなおも、『爆火』の絶技を放ってシャルロットに抵抗した。だが紅い閃光を煌かせる火球は、シャルロットが槍を振るうと虚しく弾けて砕け散った。

「さよなら」

 そしてついに、満身の怒りを込めたシャルロットの槍が、デスピナの胸を貫いた。

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