第六章 覇者を目指す者 1
ルクス率いる反徒どもにカタラス城広場への侵入を許したとはいえ、大人しく敵に屈するデスピナではなかった。
「デスピナ。ここは、『加護』の力を使うべきときです」
「はい、母上」
母の指示に従い、デスピナは息を大きく吸った。バルコニーの上から、下々の者どもを見下ろす。
すでに下準備は済んでいる。ここに集まっている者どもは皆、デスピナの『加護』の支配下にあった。
「聞け、カタラス区の市民たちよ」
デスピナの高らかな声は、いかずちのようによく響き渡った。
「この私、エトルシアの第一皇女たるデスピナに従うべし! 国家に仇なす者どもを皆殺しにするのだ!」
「「「「かしこまりました、皇女殿下!」」」」
ただ一つの言葉が、戦況を変えた。逃げ惑っていた市民たちが、突然足を止め、一斉に唱和したのである。
「何やってんだ俺たち。逃げている場合じゃない。反徒どもを、皆殺しにしなければ」
「そうよね。あたしたちが、デスピナ様をお守りしなきゃ」
狂気を孕んだ眼差しで、自由革命軍と向かい合う。彼らの行く手を阻むように、人の壁を作る。
「な、なんだこいつら。武器も持たずに、オレたちに歯向かう気か」
恐れを知らぬ自由革命軍の勇士たちが、たじろいだ。丸腰の市民たちを殺すわけにはいかない。ある意味では、これほどやっかいな敵はいない。
「アンドレアス!? ニコロ!? 何をやっている!?」
驚愕の声は、ルクスから発せられた。アンドレアスとニコロは、カタラス区の住民であるが、密かに自由革命軍に協力してくれている同志であった。信頼していた仲間たちが、矛を逆しまにして襲いかかってきたのである。
「デスピナ様に逆らう奴は、容赦はしない。ここで死ね!」
「何を言っているんだ!? デスピナは僕たちの敵だろう!?」
問答無用で杖を振りかざすアンドレアスに、ルクスは慌てて『絶剣ゼフュロス』を抜き放つ。間一髪、ルクスの喉めがけて繰り出された杖の先端を、藍紫色の魔導戦器が斬り飛ばした。
「こいつらのことはあきらめな、ルクス。この犬コロどもは、デスピナにコロリと寝返りやがったんだ。どういうわけだか知らないがな」
アードラー姉弟のうちの弟、エッカルト・アードラーが、ルクスと背中合わせになりながら吐き捨てた。味方から受け取った斧を構えている。処刑される寸前のところをルクスたちに助けられた彼であったが、仲間たちの裏切りによって、再び窮地に追い込まれている。その傍らで、姉のカルラ・アードラーも、口汚くデスピナを罵った。
「アタシたちが捕まったときもこうだった。デスピナが一声かけただけで、急に民間人が集まって来て、生命も顧みずにアタシたちの前に立ち塞がった。あのクソ女、面妖な術を使ってみんなを操っていやがるんだ。まともに戦えば、アタシたちが負けることなどありはしないものを」
「術だと?」
そのような常識を超えたものが、この世にはあるというのか。ルクスは自分の目で見たことしか信じない。だが、目の前で現に起きていることは、まさにその『面妖な術』とやらが実在することを示すものではないか。
かつての仲間であるニコロが、棍棒を握り締めてルクスに迫る。ルクスの剣の腕と『絶剣ゼフュロス』があれば、ニコロを打倒すのは造作もないことである。だが、味方のはずのニコロを斬ることは、ルクスにはためらわれた。
「デスピナ様のために! くたばれ、反逆者!」
血気盛んに声を張り上げて、ニコロが迫る。迷いがルクスの反応を遅らせた。彼の予測を超えた速度で、棍棒が彼の脳天に振りかざされる。
次の瞬間、だがニコロは静かに崩れ落ちた。そっと後ろに忍び寄ったメディアが、魔導銃で彼の後頭部を殴りつけたのだ。
「案外、甘ちゃんなのだな、ルクス。かつての仲間に刃は向けられぬか」
「顔色も変えずに仲間を斬れるような冷酷漢は、人の上には立てんよ」
負け惜しみを言って、ルクスは深呼吸した。信じられない光景を目撃した衝撃から、彼はわずかに立ち直りつつあった。どんな事態に陥ったとしても、冷静にならなければ次の手は打てない。
「落ち着いているな、メディア」
「音に聞こえし『
「……うーん、僕は楽に勝てるならその方がいいのだが」ルクスは頭を掻いた。「仕方なくみんなのリーダーをやっているけど、僕は本当は街でかわいい女の子をナンパしている方が性に合ってるんだ」
「それは知っている」
真面目くさった顔で応えてから、メディアは表情を変えずに薄く笑った。
「そう悲観することもない。敵が奥の手を切ったということは、つまりはそれほど追い詰められているということだ。そうではないかね?」
「それは、そうかもしれないが……」
とはいえ、味方や市民たちに刃を向けるわけにもいかない。正直なところ、手詰まりであった。
シルバーも、このような事態は想定外だっただろうか。いや、彼のことだ。すでに策は考えてあるに違いない。
だったら、答えは簡単だな。ルクスは完全に落ち着きを取り戻した。今やるべきことは、一つしかない。
「すぐにシルバーが応援にかけつける。革命軍に奇跡を起こし、フェルセンを破った男がだ! 彼が来れば、この状況をひっくり返してくれるぞ! それまで耐えるんだ」
ルクスの掛け声は、味方と彼自身とを鼓舞した。この上なく頼もしい仲間がまたも奇跡を起こしてくれることを信じ、とにかく時間を稼ぐことが、彼に課せられた使命だった。
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