第16話 二人の悪魔

 悪魔という種族には三大欲求の他にもう一つの欲求があるという。

 食欲、性欲、睡眠欲、そして、死への欲求だ。


 異常なほどの美しさ、肉体の強靭さ、圧倒的な魔力、卓越した知能、生物として完全な存在を作り上げようとするあまり、神は悪魔を作り上げる際、致命的なミスを犯した、ある学者は言う。


 彼らは、死ぬという機能を備えずに生まれてきた。


 彼らには、本来の意味での寿命は存在しない。

 それならば、途方もない昔から生きている悪魔も居そうなものだが、そのような悪魔の話はめったに聞かれない。

 皮肉な事に、彼ら悪魔には、いや、そんな彼らだからこそ、他の種族には見られない特殊な本能が備わっている。

 強さや美しさ、賢さ、悪魔について語られる際のそれらは、悪魔を悪魔たらしめる要素として実は枝葉に過ぎない。

 悪魔が悪魔であるために不可欠なもの、それは自然には死ぬ事がないがゆえの虚無的な陽気さ、そして圧倒的な死への飢餓感だ。

 彼らが生まれてから成人するまでの人生は他の種族とさほど大きく変わらない。誕生を祝福され、他の種族とは異質なものではあるにせよ、愛情を受けて育つ。

 個人差はあるものの、多くの悪魔の成長は二十歳前後で止まる。そして、その先はたとえどんなに永い時を過ごそうとも老いる事も病む事もない。

 事故や戦闘で死ぬ事もほとんどありえない。自殺も出来ない。それほどまでに彼らの身体は頑丈に出来ている。放っておけば半永久的に生き続ける事が可能だ。


 そんな彼らがいかにして死ぬのか。


 ある程度の年齢に達すると、外見が少しも変わらぬまま、彼らの精神は少しずつ老い、そして病み疲れ、やがて静かに発狂し、ある方法で死に至る。

 死は彼らにとって、人生最大の祝福であり、恩寵だ。

 彼らにとっての最大の恐怖とは、強過ぎる死への欲求に耐えながら永遠に生き続ける事だ。

 悪魔が、まだ死にたくない、と言った時は文字通り受け取ればいい。年齢や社会的背景は関係がない。まだ、死にたくないだけなのだ。

 そんな彼らを唯一、確実に殺せる方法が『死の契約』という契約魔法の一種である。

 成人に達した悪魔は家族や友人達などの近しい人間に祝福されながらそれを行う。死の契約などというと恐ろしげだが、その内容は簡潔至極。何か自分の好きな条件を設け、それが為されれば自らが死ぬという契約を行うのだ。

 その条件は何であっても構わない。

 例えば、「自分が手ずから燐寸で煙草に火を付けたら死ぬ」という契約をした悪魔が居たとしよう。

 彼はまだ生きていたいと思ううちは煙草を吸うのに彼はライターしか使わない。そして、いざ死にたくなったのならば、簡単だ。燐寸で煙草に火を付け燻らせれば良い。通りのカフェで一服、でもいい。情人の寝そべる寝台の横でもいい。

 ただそれだけで、彼らの魂はあっさりと肉体から抜け出し、終わりなき生の軛から解放される。


 ただし、死の契約はあくまでも契約だ。


 そして大前提として、極めて死ににくい悪魔という存在をどうにかして屁理屈で騙してやっと殺す、というのが死の契約の本質である、という事実がある。

 つまり、この世を律する何かは死にたがりの悪魔の味方ではない。この契約も常になるべく悪魔を死なせない方向に働く。従って、契約内容には厳密さが要求される。不備のある内容で契約を発動させた場合には悪魔にもそれ相応のしっぺ返しが来る。

 例えば、今仮に「この町の人口が隣町の人口を超えたら死ぬ」と契約した酔狂な悪魔が居たとしよう。その悪魔はその町の人口が隣町の人口よりもたった一人でも多くなった瞬間に斃れるだろう。

 だが、死ねはしない。

 契約内容に不備があるからだ。

 何かの気まぐれで、ある一家が隣町からその町に越して来たとする。その瞬間に彼は息を吹き返す。彼は本当に死にたいのならばこう契約すべきだった。

 「この町の人口が一度でも隣町の人口を超えたら死ぬ」と。

 屁理屈だ、言葉遊びだ、という向きがあるかもしれない。その通りだ。悪魔とはそうした生き物だ。

 もちろん、契約に関してはいわば専門家である悪魔がこのような初歩的な間違いを犯す事はまずない。しかし、間違いがないとは言い切れない。契約は細心の注意を払って行われる。

 契約の文面を匿名化した上で、悪魔の中でも最も契約に詳しいとされている召喚術士や法律家に文面を推敲してもらってから契約を行うのが普通だ。

 このように厳密な手続きを踏むのは死に損なう事が恐ろしいから、というだけではない。もちろん、死に損なうのは恐ろしい。先ほど例に出した悪魔は生き返った後、再度、その町の人口が隣町の人口を超えた時に斃れるのかというとそうではない。

 何度も繰り返すように悪魔はとても死ににくい。

 一度発動した死の契約は無効化する。その悪魔が死ぬにはもう一度、死の契約をやり直す必要がある。だが、死の契約をやり直すにはどんな悪魔も六百六十六日は待たなければならない。

 悪魔以外の種族にとっては何でもない事のように聞こえるかもしれない。しかし、悪魔にとってはこれも十分恐ろしい事なのだ。気が狂うほどに死を切望して死んだのに、満たされない死への欲求に苛まされながら、二年近くも生き続けるのは他の種族には想像し難い苦行だ。


 だが、それですら悪魔にとってはまだましな報いである。

 もっと恐ろしいのは、生き返る可能性がありながら、永い間生き返れない事だ。不備のある死の契約で死んだ悪魔は、倒れるが、死ぬわけではない。鼓動はなくなり息もしない。自分では動けない。

 しかし、意識はある。

 さらに悪魔の身体は頑丈だ。どんなに乱暴に扱かわれ、腕が千切れても、腹を裂かれても、頭を潰されても再生する。

 生き人形になった彼らは「白雪姫」と呼ばれる。白雪姫、死体愛好家の王子に見初められ数奇な運命を辿る姫、昔話の主人公。彼女は王子の接吻で毒林檎を吐き出して息を吹き返す。

 悪魔も果物は大好きだ。しかし、彼らに必要なのは皇子の接吻ではなくて契約内容の反故だ。

 意図的に契約内容を不備のままに保っておくことが出来れば(つまり反故される可能性を残しながら、契約内容を維持し続ければ)半永久的に悪魔は生き人形のままだ。

 彼らは接吻では生き返らない。

 接吻だけではない。何をしても。

 そして、悪魔はとてつもなく美しい。

 つまりはそういう事だ。


 悪魔の死体、厳密には死体ではないが、生き人形になった悪魔の扱いを取り締まる法は存在しない。悪魔を騙して意図的に生き人形化しようとする輩も後を絶たない。しかし、悪魔達はあえてそれらを容認している。死の契約は悪魔の誇り、下手を打つような不届き者には当然の報い、というわけだ。

 悪魔にとって死の契約に神経質にならざるを得ない理由はもう一つある。

 契約内容に不備があろうとなかろうと、一度、契約を行ってしまい、さらにもし万が一契約内容が実現不可能となってしまった場合、悪魔は死ぬ術を永久に失う。


 それこそが、死にたがりの悪魔にとっては最も恐ろしい事なのかもしれない。


 このように死の契約とは、悪魔が死にたくなった時に遅滞なく死ぬための安全弁なのだが、死にもの狂いでその日を生き抜く他の種族からすると恐ろしく異質で、気味が悪く、悪魔が自分達とは相容れない存在なのだと強く思い知らされる瞬間でもある。

 他の種族がうっかり悪魔と親しい友人になってしまい、契約式に招待されようものなら、その居心地の悪さは想像に余りある。

 彼らはその契約を慶事として知人を大勢招き、盛大に執り行う。成人に達した祝いとして、これでお前も一人前の悪魔だと笑いながら。

 自らが、愛する息子が、恋人が、友人が死ぬための準備を。


 これも良く悪魔に関する種族ジョークでは引き合いに出される事だが、悪魔の結婚式と葬式でなされる会話は、他の種族とは真逆になっているそうだ。

 悪魔はその性質上、性に奔放なものが多い。離婚や重婚、不倫も桁違いに多い。出生率が極めて低い事も関係しているかもしれない(悪魔を蔑む一部の妖精達によれば、彼らの出生率が低いのは気兼ねなく性の悦びを楽しむためなのだとか)。永遠の命(自ら絶ってしまうとしても)を持っているせいか子孫を残す事にもあまり執着がない。

 そのため、結婚式でなされる会話はこうだ。

「ずいぶん、急だったな」

「ああ、まさか奴がこんな事になるなんて」

「だが、恨まれる相手は山ほど居るだろうが、幸い奴に子供は居ない」

「不幸中の幸いだな」

 祝いの言葉を述べるものなどほとんど居ない。

 それに引き替え、葬式の晴れやかさと言ったら。

「いいなあ、憧れちまうよ」

「なんだよ、お前もさっさとすればいいだろ」

「何言ってんだ、俺はまだ駄目だ。うちの息子はまだ小さくて」

「そうか、さすがに息子が成人しないうちはな」

「死の契約をしてからじゃないと、心配で。そういうお前はどうなんだ?」

「俺か? 俺はまだそんな齢じゃねえよ」

「そんな事言って、もう手筈は整えてるんじゃないのか?」

「やめろよ、からかうなよ」

「おい、見ろよ、奥さんのあの嬉しそうな顔……」

 これらは極端な例かもしれないが、実際の会話とさして大きく変わるわけではない。

 性に奔放な悪魔は恋のお相手を種族で選んだりはしない。もっと言ってしまうと、同性だろうが異性だろうが、子供だろうが老人だろうが、友人の妻だろうが、自分の父親だろうが母親だろうが、兄弟姉妹だろうが、子供だろうが、彼らの枷にはならない。

 美しい容姿も手伝ってか、彼らが異種族の恋人に不自由する事は少ないが、やはり結婚となると悪魔同志でする場合が多い。悪魔の側が他の種族の伴侶を嫌がるのではない。他の種族では、よほどの物好きでなければ、悪魔の習慣や物の考え方について行けないからだ。


 これほどまでに異質な彼らが、なぜ人族とは(生物学的には)交配に支障を来さないのか。

 これに関しては諸説あるが、最も有名なのは一人の人族の女と異界の魔物の伝承だろう。


 あるところに一人の人族の女が居た。怪しげな魔術を行う彼女は魔女として忌み嫌われ、たった独りで暮らしていた。当然、彼女に触れようとする男は居なかった。

 孤独に耐えかねた彼女は異界から魔物を呼び出した。子種を分けてもらい子を作り、孤独を癒そうとしたのだ。

 呼び出した魔物は強かった。強過ぎるがゆえに死ぬ術を持たず、永い時を無為に生きてきた。


 もうこんなのはうんざりだ、俺は死にたい。


 そんな魔物を女は哀れに思い、魔物に契約によって死ぬ方法を教えてやった。子種と引き換えに『死の契約』を授けられた魔物は、喜んだ。

 やがて女は身籠り子を産んだ。

 魔物はその子が成人し、女が死ぬのを見届けるとひっそりと静かに息絶えた。

 生まれた子供の子孫が悪魔だと言われている。

 神代の昔の伝承に過ぎない。真偽のほどは定かではない。しかし、契約以外の何物にも縛られない悪魔達が唯一信仰しているのがこの伝説上の人族の女だ。

 自分たちの祖、そして死の恩寵を授けた女として。

 この人族の女にはその他にもたくさんの伝説が残されている。慈悲深い彼女は異界の技術、火の使い方や車輪の原理などを広め、人の世を豊かにした。人類で初めての魔法機械工が人族だとされているのはこのためだ。悪魔達が、根本的に異質な精神構造も持ちながらも、なんとか他の種族と共存し、子供を生み育て、その卓越した能力で世に貢献しようとするのは彼女の血が入っているからだと言われている。

 今日も彼らは異常なほどの美しさやその異質さに畏怖を抱かれながらも、陽気に笑い、この世界の一員として生きている。

 その悪魔のうちでも最も悪魔らしい悪魔と呼ばれる男、エンリケ・バジェステロスは今、悪魔の常に倣って、陽気に笑い転げていた。


「あはははははは! 忌々しいけど思惑通りだ! 僕もそろそろ準備を始めなきゃなあ」


 華美ではないが贅を凝らした広い室内に重厚な黒いテーブルがある。

 彼は鏡の様に完璧に磨かれたそれに、靴を履いたままの長い脚を持て余すようにして載せた。桜貝色の艶やかな美しい髪は特徴的な三本の三つ編みにしてあり、その奇抜な髪型も天上の物のような完璧な美貌を損なう事はない。真紅の瞳は禍々しく輝いて、どこか別の場所を見ているように、うっとりと細められている。

 彼は真珠色の美しい手で、黒い脚付きの皿に盛られた真っ白な苺を一粒摘まんだ。水が滴り落ちそうなほどに潤った唇にそれを運ぶ。

「いつ見ても気持ち悪いわね、そんな物良く食べる気になるわ……」

 部屋の隅には象牙色の髪を一つにまとめ、臙脂色の地味な服を几帳面に着こなす女が居た。

 人工的に作った異形の白い果実を食べる男を心底嫌そうに横目で見る。

 眼鏡の奥の瞳は濃いショッキングピンク、目を疑うような美しい顔は悪魔の証だ。

「急に呼び出してどういうつもり?」

「ああ、ラミラ、来ていたのかい? 君はいつも陰気で存在感がないから分からなかったよ。君も食べる? 美味しいよ? と言いたいところだけどやめておくよ」


 自分で呼び出しておいてこの言いぐさ。


 女の悪魔、ラミラ・バハモンテは悔しさに歯ぎしりする。

 傍系なので姓は違うものの、ラミラは悪魔の名家バジェステロス家の一員、そしてエンリケはそのバジェステロス家の若き当主である。

 しかし、他の種族に比べて血縁関係への拘りが極端に少ない彼らには当主だからと言って何かの権力が付与されているわけではない。エンリケの招集にラミラが応じる義務はない。まさしく言葉通り、急に呼び出された、のだ。召喚術を使って無理やりに。

「家で休んでいる人を召喚しておいてなんなのよ。しかも、ドロテアって、何を視ているの? あんたいい加減にしなさい、この変態野郎!」

 ラミラは召喚術士だ。それもかなり優秀な部類の。その彼女をもってしても、魔法機械が専門のはずのエンリケの強引な召喚を回避出来なかった。

 悪魔の中の悪魔と呼ばれるこの男には不可能はないと言ってもいい。

「従姉弟に向って酷いじゃない」

 大仰な仕草で嘆いて見せるエンリケにラミラは詰め寄った。

「要件は何!? 私はドロテアの味方よ! あんたがどうやって私を脅そうとね!」

 エンリケの実力は圧倒的だ。だからこそ媚びへつらっても仕方がない。召喚術士の自分を強引に自宅に招き寄せる事の出来る男に下手な小細工は無用だ。

「これからだって、あんたがあの子の邪魔をするなら、あの子と一緒にあんたと戦うわ!」

 これにもエンリケは涼しい顔だ。

「勇ましいなあ。僕は君のそういうところ嫌いじゃないよ」

「私はあんたが大嫌いよ!」

「そいつは心が躍る。でも、やっぱり君は馬鹿だよ」

「何よ!」

「僕が君を呼ぶ理由なんて一つだ」

「なんですって……?」

 静かなエンリケの声にラミラは身構えた。嫌な予感しかしない。

「利用するためさ」

 そう言うとエンリケは優雅に手を一振りした。手品の様に高級な羊皮紙が一枚現れる。

 仰け反るラミラの目の前にそれを突き出す。わざわざ、読ませるように。


 まずい、読んではいけない。


 ラミラは咄嗟に目を背けた。しかし、悪魔の素晴らしく高性能な目と脳味噌は刹那の間にその羊皮紙の正体と書かれた内容を正確に読み取る。


「……なんなの、これは……」


 ラミラの声が震えた。


「あ、そうか、君はまだ『死の契約』をしていないんだったっけ。ごめんごめん、配慮が足りなかったね。分からなかったかな? これは僕の……」

「馬鹿にしないで! そのくらい知ってるわ!」

 泣き出さんばかりに激昂し、ラミラは耐えきれず、ふらふらと部屋の隅に行くと大きな長椅子に倒れるように腰かけた。


「……こんなの、狂ってる!」


「そうかな? 僕には契約条件をグラスを頭に載せる、だとか、鳩の羽を一枚飲み込むだとか、そんな下らない事にする奴らの方が、よっぽど狂っていると思うけど」

 エンリケは静かにラミラに近付き、まるで労わる様に彼女の肩に手を置いた。

「どうして……どうして、私にこんなものを見せるの!?」

 悪魔の死に直接関わるそれを他人に見せる事はめったにない。それが、例え近しい間柄であったも。


「どうしってって、分かるだろ?」


 分かる。嫌になるほどよく分かってしまう。


「酷い……、あなたドロテアをどうしたいのよ?」

 それには答えず、エンリケはどこか遠くを見つめながら静かに話し始める。まるで、独り言のように。

「僕らの祖先、始祖よりもさらに前の異界の魔物達は誘惑者と呼ばれている。何かを得ようとする時に、僕はそれと同じぐらい大切な何かを失う覚悟をしてから動くことにしているんだ。僕は賭け事はするけど強盗はしないよ」

「え……?」

「他人から見たら、どんなに馬鹿げていても、僕にとっては常に等価なのさ」

「どういう事?」

「この間、僕がドロテアにした事を君は狡いと思うかい?」

「当たり前でしょ! あんなの卑怯よ」

 呪いのリボンの話は後からドロテアに聞いた。

「でも、僕の中ではそうじゃないんだよ。全く正当な手続きを踏んだ上でなされた事だ」

「あんたが勝手にそう思っているだけよ!」

「そうか、そうかもしれないね」

 エンリケが寂しげに笑った。彼を知る者が見れば目を疑うような真摯な表情だった。

「僕が何を得ようとして何を失ったのか教えて欲しい?」

「……結構よ」

「そう、残念だ」

「なんとなく、分かるから……」

 ラミラは手で顔を覆った。


 こんなのは酷過ぎる。


「ふふふ、さすがは僕のたった一人の従姉弟殿だ」

「最悪だわ」

「昔から僕はどうして君が悪魔らしくない悪魔と言われるのか不思議だった。貞淑で誠実で、僕と君はこんなにもよく似ているのに」

「気味の悪い事を言わないでよ」

 だがしかし、ラミラの声には力がない。どこかでそれを事実と認めているからだ。

「周りの大人達が僕を悪魔の中の悪魔だという理由も分からなかったよ。僕自身は僕の事とこれ以上にないくらいに悪魔らしい悪魔だと思っているけれど、彼らが僕をそう思う理由はたぶん違っているからね」

「……」

「僕も馬鹿にしたけれど、君はいい年をして『死の契約』をしていない事を恥じる必要なんかまるでないよ。あの契約は、もっと厳かに行われるべきだ。シャンパンを開ける口実なんかに使われるべきじゃない」

 冷めた調子でエンリケは同族をこき下ろす。

「僕と似ている君はきっと、そのうち素晴らしい『死の契約』をするだろう」

 エンリケはにこっと邪気のない笑みを浮かべた。

「そう、僕らの始祖、気高い彼らに恥じないような」

 まるで自分を籠絡でもしようとするかのような様子のエンリケにラミラは弱々しい抵抗を試みた。

「私はドロテアに何も言わないわ!」

「どうかな」

「言わないわ! 絶対にね!」

「そう、まあ、それはそれで面白いけどね」

 エンリケはどこまでも楽しげに美しく笑った。

 窓の外では晴れた夕闇の空が不吉な鮮やかさを見せていた。

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