第11話 死神襲来
キィと音がして屋上の扉が開かれた。それと時を同じくして琥珀と翡翠との和気藹々としたやり取りが急に止んだ。息を飲む。
そこには『僕』が立っていたからだ。
「お、おい。マジかよ」
エクソシストの転校手続きとかいう馬鹿みたいな理由での不在時にこれは無い。初遭遇が補助の琥珀と回復の翡翠という二人の使い魔だけしかいない今だなんてあんまりすぎる。寧ろ敵側はこの好機を窺っていたのかとも思われるほどの最悪のタイミングだ。
『僕』はゆらりと体を揺らして――エクソシストがこの時間軸では、契約者たる別の時間軸での『僕』は幽霊みたいなものだって言っていたけれど、その通りの動きだ――ゾンビのように手をこちらに伸ばして寄ってくる。
ひゅうと自分の喉奥から空気が漏れる音がするのが分かった。『僕』の影は『僕』の後ろに靄のように立ち上っていた。
「あれが……」
「死神です! マスター、下がってください!」
下がってろって言ったって屋上だ。恐怖でよろよろと後ろ歩きするものの、すぐにフェンスに背中が辿り付いてしまう。いや、フェンスがあって良かったのだ。もしこれが無かったら屋上から校庭に真っ逆さま。僕の死は名もない一高校生の衝動的な自殺とでも片付けられていただろう。奴らの狙い通りに。
『僕』の後ろで立ち上っていた黒い影は三つに分裂し、なおもゆらゆらと煙のように空気中に拡散して『僕』の身長以上にまで拡大していた。三本の黒い靄のうち、一本がうねりながら形を形成していく。
「マスター! 伏せてください!」
琥珀が言うが早いか、影を波紋の中心として渦巻きのような疾風が吹き抜けてくる。僕は両腕で顔を庇いながら反射的に地面へと伏せていた。真後ろでガシャンと派手な音がして、思わず振り向くとフェンスに大きな円状の穴が開いていた。
「なんだよこれ……!」
マジでやばい。本気で殺しに掛かって来ている。
「第二波、来ます! 琥珀、結界展開準備!」
この際、紙装甲でも何でもいい。無いよりましだ。さっきは馬鹿にして悪かった。今はこの小さい二人の使い魔に命を預けるしかないのだ。
琥珀は目を閉じると、両手で三角形を作り、呪文を唱え始める。
「金よ、我らが主を守るべく盾へと変異すべし!」
琥珀が唱えると、胸中のタリスマンがシャツの胸元を突き抜けて宙に浮かび始めた。そうか、タリスマンは金属で出来ている――。使い魔は何か媒体を用いて力を開放するのだろう。恐らくそれぞれの五行に対応する媒体。
よろよろと立ち上がると、タリスマンから青白い閃光が放たれ、円内に五芒星が填め込まれた、タリスマンと同型の平面型の光の結界が目の前に現れて高速回転する。――瞬間、第二の攻撃が仕掛けられ、僕は立ったまま結界の内側で大旋風を受けた。結界の内側と言ってもやはり守護専門でない琥珀の力には限界があるらしい。必死に踏ん張っているつもりでも、じりじりと脚が後退していく。そして――突き抜けたフェンスの大穴から僕は転落した――。
あ、死ぬ。
死ぬんだ。僕は空中を泳ぎながら何かに捕まろうとするも、当然何も掴めやしない。屋上の緑の柵が遠ざかっていくのがスローモーションに見える。
琥珀と翡翠が何か叫んでいるらしい。悪い、耳が聞こえないや。加速度が付いてるせいなのか、二人がもはや遠い存在になっているのか、どちらなのか分からない。
屋上を拡大しきった三本の影が支配しているのが見える。三本が糸を捩るように互いに絡み合いながら、勢いをつけてこちらに向かってくる。フェンス越しに見える『僕』はほくそ笑んでいるようだ。
嘘つけ、エクソシスト。守るって言ったじゃないか。もう今更文句も言えないのか。
女の子に囲まれて舞い上がっていた罰か。いや、そこはいいだろ。縁が無かったんだから許せ。いや、許さなくていい。許さなくていいから、誰でもいいから助けてくれよ。
僕はまだ、死にたくない。
ドッペルゲンガー 櫻田ミリ @koisurusakana
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