第34話 裏路地の屋敷の当主

 そのまま俺たちは使用人に連れられて屋敷の奥まで進んだ。中はそれなりに広く、飾ってある装飾品も高価なものなんだと思う。

 貴族というのは、確かある程度の権力を持っている人間の肩書のようなものだったな。魔族領にそんなものはないから馴染みはないからよくわからないな。


(でも、ここの貴族って大して強くないな。魔力、かなり少ないしっぽいし)


 つまり人間領での権力は強さではなく別のもので決まるということなのだろう。

 ……よくわからないな。どうしてそこまで強くないものにここの人間や奴隷は従うのだろうか。殺して奪い取ればいいのに。


「しかしこんなところに貴族の屋敷があったとはな」

「知らなかったのか? お前、仮にもこの国の偉いやつなんだろ?」

「私はただの戦士だ。確かに貴族の1人ではあるが、政治関連には一切かかわっていない。よって他の貴族の顔は知らん」

「ホント脳筋なのな、お前」

「脳筋? なんだそれは?」

「気にすんな」


 しかし、屋敷を歩き続けて思ったのが、使用人などの数が少なすぎやしないだろうか。俺はてっきり、屋敷内には多くの人間がいるものだと思っていたのだが、実際はほんの数人しかいない。これが普通なのか?

 数年前に行った魔王様や上級魔族の屋敷には多くの部下や使用人がいた。それが権力を持つ存在の部下の数なのだと思っていた。

 しかしどうやら、人間の常識と魔族の常識は、こういう点でも異なるようだな。

 そうして進んで行くと、廊下の奥――大きなドアの前まで来た。


「お待たせいたしました。こちらがこの屋敷の当主様のお部屋です」

「ご苦労さん」


 つまりこの屋敷の当主である貴族が奴隷商人を兼業しているということなのだろう。まぁ、複数の職を持っているのは不思議なことじゃないな。

 使用人はドアを開き、俺とフレアを部屋の中へと進ませた。


「……へぇ」


 中は寝室というより、商談などをするための会議室のような雰囲気だった。絵画や壺などの装飾品は多いが、家具は大きな机とソファだけしかない。

 机を挟んだ向こう側に中年の男が座っており、俺とフレアを見て席を立った。


「お待ちしていましたよ、勇者のお二人。もっとも、フレア様がここに来るのは少々予想外でしたが」

「お前、私を知っているのか」

「当然です。あなたは大貴族であるブリンガー家のご息女なのですから、この国であなたを知らぬ者の方が少ないでしょう?」

「ふむ、そうか」

「お前と付き合ってく度に、お前ってやつは本当に世間知らずなんだなーってのがよくわかるな」

「そんなことはない」

「取り敢えず、自分の胸に手を当ててよーく考えてみな?」


 少し脱線してしまった。俺は咳払いを1つして改めて中年の男に話し掛ける。


「さて。早速だが、俺の目的は奴隷を買うことだ。候補を見せてくれ」

「その前に1つ。部下から君も勇者なのだと聞いたよ。一応、その証拠を私にも見せてくれないかな? なに、少々疑り深い性格でね」


 確かに、伝聞だけでは疑うのも仕方のないことだ。勇者はこの大陸に5人しかいないのだし、それが都合よくこの場に2人いるのが怪しいとでも言いたいのだろう。

 だから俺は眼帯を捲り、目に浮かんでいるであろう勇者の印を見せた。


「……ふむ、間違いないようだな。疑ってしまい、申し訳ない」

「それはいい。話を戻すけど、奴隷を買いたいんだ。候補を見せてくれ」

「その前にもう1つだけ聞かせてほしい。どのような理由で勇者が奴隷を買うのかな? 戦力という理由ならば勇者である君には必要ないだろうし、勇者である君は、王から好きなものを好きなだけもらえるだろう。金や食料はもちろん、頼めば兵士や武器なども都合してくれるはずだ」

「こっちにも色々あってな。まぁ率直に言えば表だって目立たない寝床が欲しいだけだ」

「なるほど。奴隷を買い、その寝床を使おうというわけですか」

「その通り。話が早くて助かる」


 どうやらこの男は中々に頭が回るらしい。それに話も分かるようだ。頭が固くないみたいだから、かなりやりやすい。


「そういうことでしたら、奴隷なぞ買わずとも、こちらで寝床を用意しますよ」

「いいのか?」

「もちろんです。勇者様の要望を断るわけにはいきませんからね」

「……お前はそれでいいのか?」

「と、申しますと?」


 中年の男は顔に笑顔を浮かべたまま、とぼけたように、俺の問いに問いで返した。

 多分、こいつは俺の質問の意図をしっかりと理解していながらも、問いで返したのだと思う。だったら俺は、敢えてその挑発まがいの言葉に乗ってやろう。


「お前は黒だ。大声で言えないことに手を出している。だから、国や軍にこの屋敷やお前自身を本気で調べられたらヤバイ」

「……」

「俺は勇者だ。俺がたった一言『調べろ』とでも言えば、国が動く。勇者ってのはそれほどの存在らしいからな」

「……仮に、君の言葉がすべて真実だとしよう。ならば私は君にできる限りの恩を売っておくべきだ。そうすれば、君が私を売らなくなる可能性が高くなるのだから」

「その通りだな。だから俺は聞いた。お前はこれでいいのか、と」

「意味がわかりませんね」


 あくまでも、この男はしらを切り通すつもりらしい。自分はただ勇者に恩を売りたいだけの小物だと、そう認識してほしいようだ。

 しかし、そうは問屋が下ろさない。


「なら単刀直入に言ってやる。お前は、奴隷を見られたくないんだ」

「……ほう?」

「お前の怪しさを1から全部言うのは疲れるし、その必要もないから単刀直入に言った。お前は頭がいいみたいだから、どうすればいいのかは、わかるよな?」


 貴族が裏路地のさらに奥、町はずれに屋敷を置く理由。この屋敷の人の少なさ。魔法で探知した、この屋敷にいるかなりの数の普通じゃない状態の人間。これらが示す答えはいくらかあるが、もっとも可能性があるのは人体実験だ。

 この答えに行きついた理由はただ1つ。フレアという、この国での人体実験の被験者の存在があるからだ。人体実験はたった1度だろうが、実際にあったことなんだ。それが2度あってもおかしくはない。

 

「さらにダメ押しだ。この場にはフレアがいる。これでいいか?」

「ん? 私がいるとなんなのだ?」

「気にすんな。こっちの話だ」

「そうか」


 中年の男は表情を一切崩さない。完全な無表情を貫いているが、段々と余裕がなくなっているのが雰囲気から見て取れる。

 やはり、十中八九この屋敷は人体実験になにかしら関与している。もしかしたらここで人体実験が行われているのかもしれない。

 それ自体はどうでもいいのだが、なんとなく隠し事をされるのが気に入らないんだ。それだけの理由で足を踏み入れるのはヤボかとも思ったが、相手は人間なのだから、別にいいだろう。


「さぁ、奴隷を見せてくれ」


 正しくは、実験材料だろうか。まだ生きているのかもしれないし、生きていないのかもしれない。面白い人間がいれば試しに買ってもいいかもな。


「……私の負けだ。いいだろう。君には奴隷を見せようじゃないか。ただし、フレア様にはここで待っていていただきたい」

「なんだ? 私は行ってはいけないのか?」

「できれば、ここで待っていていただきたいですね」

「悪いけどこいつに従ってくれるか? あとで好きなだけ飯おごってやるから、少し我慢してくれ」

「ふむ、そういうことならいいだろう。手短に頼むぞ」

「ああ」


 俺と中年の男は部屋にフレアを残し、共に部屋を出た。

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虐殺勇者 佐藤山田 @reidense

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