第33話 奴隷商人の居場所

 奴隷制度と呼ばれるものが人間の社会の中にあることは知っている。本で読んだだけなので詳しく知っているわけではないのだが、概要を知っていれば充分だと思う。

 一言で奴隷制度と言っても地域や国ごとに違いがあるらしく、このユルベルグにおいての奴隷の扱いは他の国と比べるといくらかマシだ。

 たとえばルパルタという国では、奴隷の価値など家畜以下。住処は草原の一部を柵で囲っただけであり、食事は日に一度、最低限の物だけ。そこそこ手練れの見張りがいるので当然ながら逃走はできないらしい。

 だがこのユルベルグでは、奴隷の価値はそこまで低くない。ある程度の人権や権利は保障されているようだ。その理由とは、単純にこの国が人間領での戦争に勝ち続けている強国だからだろう。余裕があるから、奴隷を無理にこき使うことはしないのだと思う。

 

(ま、そうは言っても奴隷制度なんか存在させてる時点でどこの国も同罪だがな。本当に人の権利や価値をおもんばかるなら奴隷制度なんてはじめから存在してない)


 だが、奴隷が人間である以上、どうなろうが構わない。俺とフレアはスラム街の裏路地をしばらく歩き、奴隷商人を探した。


「つーかフレア、もうかれこれ結構な時間この辺りを歩いてるけど、一向に奴隷商人に出会わないのはどうしてだ?」


 俺はてっきり、どこにでもいるものだと思っていた。だから方向音痴のフレアに任せてもどこかで出会えるだろうから大丈夫だと思っていたのだが。


「フム、おかしいな。いつもならこれだけ歩けば数人の奴隷商人に出会えるのだが……今日はどこも店じまいなのか?」

「さすがに全員が店じまいってことはないだろ。全員の休みが重なる方がおかしい」

「だが見つからないのは事実だ。どうしたものか……」


 確かに、このまま見つからないのは少々困る。俺だけなら町の宿に泊まればいいだけだが、フレアの場合はそれができない。

 この裏路地には宿なんて無いだろうし、泊まれる場所や施設は少ないと思う。仮に泊まれたとしても厄介なことになる可能性は否定できない。だから奴隷の住処を使うのが最適なんだ。

 仕方がない、こうなれば魔法を使うしかないだろう。使うべきは探索系統の魔法だろうが、対象が限定されていないのは問題だ。


(でも、やりようはある)


 奴隷商人は必ず複数の奴隷を扱う。稀に少数を扱う証人もいるだろうが、この際そういった例は無視することにする。

 だから俺は多くの人間が集まっている場所を探すことにした。どの人間にも必ずある”もの”を探知すればあまり時間を掛けずに見つけられるだろう。


「探るかの手はいずこから。取らうかの音はかしこから。《ニューロアクセス》」


 俺は魔法を使って広範囲の反応を探る。この魔法により俺はある”もの”を探知し、読み取る力を得た。その”もの”とは、人の心の声だ。

 つまりこの魔法は端的に言えば人が考えていることを読み取る魔法。心の内を読めるのでかなり便利と言えるが、詳しく読むには対象が術者に心を開いていなければならない。そうしなければ、聞こえるのは言葉にしにくいただの雑音だけ。

 しかし今はそれでもいい。俺はただ単に多くの人間がいる場所を知りたいだけなのだから。俺は耳に神経を集中させて音を拾う。そして、見つけた。


「行くぞフレア。奴隷商人の場所がわかった」

「本当か?」

「ああ。サッサと行くぞ」

「うむ!」


 俺はそのまま走りだし、目的の場所へと急ぐ。当然ながらフレアは俺の後を付いて走る。途中で何度かはぐれそうになったが、その度に俺が手を引いたので大した問題にはならなかった。

 そうしてスラム街の奥に進んだ俺たちは、1つの屋敷に辿り着く。見るからに豪華な屋敷だが、スラム街なんてところにある以上は普通の屋敷じゃないだろう。いや、住んでいる者が普通でないだけか。

 俺とフレアは屋敷の入口まで行き、入口の扉を叩いた。すると中から小奇麗な格好をした男が出て来る。


「どちらさまですか?」

「単刀直入に聞く。ここに奴隷商人がいるな?」

「なんのことでしょうか?」

「とぼけるな。ここに多くの人間がいるだろ? そいつらの大半は奴隷の筈だ」

「ここは貴族様の屋敷です。確かに多くの人間がいますが、全員が使用人や料理人などですよ。ここの貴族様は大変お優しい方で、奴隷などを使ってはいませんから」


 その男はあくまで白を切り通すつもりらしい。だが俺の《ニューロアクセス》は、たとえ俺に心を開いていなくても心の声の種類だけならわかる。俺が聞き取ったこの屋敷の声の大半は、空っぽだった。

 感じたのが憎しみや怒りなどの感情であるならば、使用人と言われて納得したかもしれない。だが、空っぽの人間となると話は別だ。

 基本的に生きていれば心が空っぽになる瞬間など睡眠時以外にはない。けれども奴隷は常に無理難題をやらされる身。断れはしないし、そもそも将来や未来を考える余裕さえないだろう。奴隷として生きる以上、何もかも肯定しなければならないのだから。

 そうなれば、生きて行くための最適解は心を殺すことになる。なにも感じず、なにも思わない。そうしていれば少なくとも絶望はしないのだから。


「もう一度聞く。ここに奴隷がたくさんいるな?」

「繰り返しますが、この屋敷に奴隷などいません。申し訳ありませんが、お帰り願えますか?」

「金ならあるから気にしなくていい」

「ですから――」

「お前、ちょっと俺の目を見な」


 俺は眼帯をめくり、普段は隠している片目をこの男に見せた。俺の目には勇者の証である紋章が浮かんでいる。これを見せればこいつは俺がどういう存在なのかを理解するだろう。

 最初にこいつが俺たちを見た時、フレアを見ても驚いていなかった。つまりは勇者の顔を知らないということ。ならばこいつはここに最近来たばかりのよそ者か、世情に疎い奴隷の可能性が高い。

 だがそのいずれかだろうが勇者である証拠を見せれば黙ったままではいない筈だ。勇者である俺に逆らったらどうなるかも理解できると思う。

 別にこの男の命などはどうでもいいが、面倒ごとは少ない方がいい。特に、これから反乱を起こそうとしている今、大事は少ない方がいい。


「っ! ゆ、勇者……!」

「そういうことだ。理解したな? なら、なにをすればいいのかもわかるよな?」

「……少々お待ちください。ご主人様に確認を取って来ますので」

「それでいい。別にこのまま逃げてもいいけど、そうするとこの屋敷とお前がどうなるのかも、わかるよな?」

「は、はい!」


 男は一旦屋敷の中へ戻った。急いで走る音が聞こえたので、おそらく屋敷の主人の元へ行ったのだろう。殺気を込めて脅しもしたのでこのままだんまりということもない筈だ。

 そして少し経った後、ぜえぜえと息切れしている男は屋敷の入口に戻ってくる。かなり急いだのだろう。全身汗まみれだ。


「待ってたぞ。それで、返答は?」

「……ご主人様の元へご案内します」

「それでいい」


 男は俺とフレアを屋敷の中へと通した。



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