第32話 ユルベルグ

 グランドレアを出てちょうど1週間、ついに俺たちはユルベルグに辿り着いた。今俺たちがいるのはユルベルグの王都、トーパス。グランドレアと違って町は大きく、人の数は倍以上いるように見える。人間酔いしてしまいそうだ。


「おいクレイン、さっさとお前らの仲間のとこに連れてけ。それが無理なら人気のないとこに連れていけ。人間が多いと気持ち悪い」

「まずは宿舎に戻って荷物を置こうと思ってるんだけど……」

「俺の言うことが聞けないのか? ならここでさよならだ。いくぞフレア」

「うむ」

 

 俺はクレインとメルトに背を向けて歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! わかった! わかったから!」

「なら早くしろ。こっちは酔いそうなんだ」


 人間が大量にいるだけで殺意やら憎しみやら嫌悪感で頭がいっぱいなんだ。あまり物を考える余裕すらないから、いつも以上に殺気立ってる気がするな。もう少し落ち着かないとダメか。

 俺は何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせる。これで少しはマシになっただろう。


「それじゃぁ私が案内するわね。クレインは先に宿舎に戻って王様に報告を」

「わかった」

「ちょっと待て。片方はどこに行くんだよ?」

「僕たちは騎士団だ。任務から戻ったら報告しないといけない。それに今回は君を連れてこられたとはいえ、戦死者が多すぎる。まさかフレア様の姉上たちまで死んでしまうなんてね」


 ユルベルグの騎士やフレアの姉たちを殺したのは俺だが、まぁ言わなくてもいいだろう。どうせこいつらは俺が言わなくても勘付いているに決まってる。もし気付いていないんだとすれば、とんだマヌケだ。

 しかし、片方がいなくなるのは構わないがそれがクレインなのはいただけない。できるだけ奴を観察していたいからな。そして尻尾を出したその時は、拷問なりなんなりをすればいい。簡単な話だ。


「クレイン、お前が俺を案内しろ。報告にはメルトが行け」

「どうしてだい?」

「女が報告に行った方がいいだろ? 女なら上司の機嫌を取る選択肢が多いからな」

「わ、私はそんなことしないわよ!?」

「いいから行け」


 理由なんかどうでもいい。とにかくお前が代わりに行けばいいんだよ。


「わかったわよ……クレイン、代わるわ」

「了解。それじゃぁカイくん、フレア様。僕に付いて来て」


 始めから大人しくそうすればいいものを。手間を掛けさせるなよ面倒だから。まぁ人間に相手の気持ちを察することなんてできる訳ないか。高望みしたって仕方がないな。

 俺とフレアはクレインの後を付いて町を歩いていく。進む先は大通りから小通りへ。そして段々と人気がなくなっていき、ついに裏路地と呼べる場所にまで来た。

 ここはいわゆるスラム街だろう。ここを歩く人間の身なりは大通りにいた人間のそれとはかけ離れており、薄汚れている。顔つきも未来に希望を持っているとは到底思えず、どちらかと言えば他人の不幸を望んでいるように見える。

 よく見れば奴隷も多く、道はゴミや汚れた人間で溢れていた。

 奴隷などという文化があるのは聞いていたが、実際に見てみると滑稽どころか無様だな。力を持たないのなら搾取されるしかないのは魔族も同じだが、それにしたって魔族は弱者に敬意を払う。相手が負けを認めるのなら許すし、殺さないでと願うのなら殺さない。

 魔族は必ず弱者に手を差し伸べる。食事に困っているのなら自分のものを分けるし、学が足りないのなら知恵を貸してやる。

 人間は、そんな当たり前のことすら出できないということなのだろう。ああ、まったく度し難い。そんなんだから、魔族の足元にも及ばないんだ。


「着いたよ」


 スラム街もどきを進んだ先、辿り着いたのは一つの酒場だった。外観はお世辞にも綺麗とは呼べず、ボロボロの扉は店に入る気を無くさせる。とても商売をしているとは思えない。


「正気か?」

「うん。ここが反乱軍の集会所さ。集会の日じゃないからメンバー全員がいる訳じゃないけど、必ず連絡係の数人はいる。今日はその連絡係に君とフレア様のことを話すつもりさ」

「……なるほどな」


 連絡係をたまり場に置くというのはいい考えだ。それならば重要な案件を聞き漏らす心配もなし、複数いるなら誰かが死んでも生き残った者が伝えられるからな。

 俺たちはボロボロの扉をくぐって店の中に入った。

 その店はやはり外観どおりにボロボロで、閉店しているんじゃないかと疑うほどだ。中には俺たちを抜いて10人ほどの客がいたが、どの客も品がないし凶悪な面構えをしている。中には殺すことに慣れているやつもいるみたいだ。店の中に入った瞬間、鋭い殺気が飛んできたのがその証拠。


(どいつだ……?)

 

 俺は店の中を見渡して殺気を送った奴を探す。そいつは気配や自分の悪意を隠すのが上手いようで、俺はその正体を見つけることができなかった。

 クレインはそのままズカズカと進み、帽子を被ったタキシード姿の男の前に立った。その男はゆっくりと顔を上げ、クレインと俺たちを交互に見る。


「おや、クレインさん。フレアさんが戻って来たのですね? それと見慣れない顔の少年もいるようですが……?」

「こんにちは、ハットさん。この少年はカイくんって言いましてね、僕たちに強力してくれるんですよ!」

「ほう? それは良い報告ですね。して、その少年の実力は?」

「強いですよ。とても」

「それはそれは。是非見てみたいですね」

「わかった」

 

 俺は間髪入れずにハットと呼ばれた男の顔面を正面から殴った。


「がぷっ!?」


 ハットはそのまま吹き飛び、店の壁に当たって動かなくなる。


「ちょ、カイくん!?」

「実力を見たいって言ったから見せてやった」

「だからっていきなり顔面殴ること――」

「おい、いつまで寝てんだよ?」


 俺は説教でも始めかねないクレインを押しのけ、ハットに近付いていく。わかってるんだよ、お前が気を失っていないことはな。


「おやおや。気付かれていましたか」

「当たり前だ」

 

 隠すにしてももっとうまいやり方が山ほどある。呼吸を止めた程度で隠し通せるわけがないだろうが。

 しかも特殊な受け方でもしたのか殴った時の感触がおかしかった。見ればこいつの顔にある打撃痕は薄いし、大したダメージにはなっていないだろう。


「しかし、いきなり殴るなんてヒドイですよぉ。私はただの善良な一市民なんですけどねぇ」

「俺に殺気を飛ばす奴が悪いんだよ」


 そう、こいつこそこの店に入った俺に殺意を飛ばした人間だ。クレインから俺のことを聞いた後でもう一度放った殺気に、俺が気付かないとでも思ったのだろう。しかし、目の前で殺気を向けられればすぐにわかる。


「これはこれは。あなたは中々にお強いみたいですねぇ。これは期待できます。リーダーや幹部たちにはしっかりと伝えましょう。強力な助っ人が来た、とね」

「お願いします。それと、カイくんが失礼してすみませんでした!」

「いえいえ。子供は元気なのが一番ですよ。もっとも、実力は子供以上のようですが。では、私は一度失礼しますね」


 ハットはそのまま店を出て行った。


「……はぁ。一時はどうなることかと思った」

「俺を連れて来た時点でこうなることくらいは想定しておけ」

「まったく……ところでフレア様、なんだか静かですね」

「うむ。私の出番はなかったからな。余計なことを言わずにいるために黙っていたのだ」

「賢明な判断だ。やっぱりお前は他の人間と違ってしっかりしている」


 余計なことを言わない。これが簡単なようで実はそこそこ難しい。これは魔族にも言えることだが、言いたいことを言わずにいることは我慢し辛いことなのだ。フレアが何かを言いたがっているようには思えないが、意識せずに言ったことが余計なことである可能性もある。

 そう考えれば黙っているのは最適解だ。よくやったと言うべきだろう。


「それで、この後はどうするんだ?」

「明日、ここで集会がるんだ。だから明日の朝にここに来ることが次の目的だね。それまでは自由にしててもいいと思う」

「お前は城に戻るのか?」

「もちろん。宿舎に行って僕も報告に行くよ。明日になればまたここに来るから、ここに集合だね。メルトも同じくここに来ると思う」

「そうか。なら、さようならだな。また明日に会おう」


 俺はフレアと共に店を出た。


「そういえば、お前はどうするんだ? お前も城に帰るのか?」

「いや、私が帰れば面倒ごとが増えるだろう。私はこのままここにいるつもりだ」

「ここって、この裏路地にか?」

「そうだが?」


 確かに、正体を隠すのなら普通に大通りに行くよりかこの裏路地にいた方がいいだろう。だが、それでももう少し小奇麗な場所を選んでもいいと思うのだが。


「つーかここに宿とかあるのか?」

「奴隷を買えばその奴隷が住む部屋を使える。それで解決だ」

「奴隷を買うのか? お前が?」

「金はある」

「そうか。ところでその部屋ってどれくらいの大きさなんだ?」

「最低限生きることができるくらいなのだから、最大で人間が二人くらい入る大きさだろう」

「だったら半分の金出すから一緒に奴隷買おうぜ。バラバラに寝泊まりするより効率的だ」

「いいだろう」


 俺たちは奴隷商人を探すことにした。基本的には大通りにはおらず、こういった裏路地にいるのが常だ。奴隷はこの周りに山ほどいるみたいだし、適当なのを買えばいい。買ったらその奴隷は適当に放り出せばいいだろう。必要なのは宿代わりになる部屋だけなのだから。

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