第31話 仲間との会話

 あれから3日が経った。今日も変わらず村の宿に泊まる羽目になったので夜は移動できそうにない。大きく時間を無駄にしてしまうがこればかりは仕方がないと諦めるしかないだろう。

 3日前にフレアと話したことでその体に何か秘密があることが分かった。とは言っても魔法に耐性を持ち、聴覚と嗅覚が鋭くなっただけだ。たいしたことじゃない。そういう魔族は多いし、俺も見慣れているからな。

 そしてフレアの体を弄ったのがユルベルグの宰相の1人であることと、その近衛騎士団だった奴が俺たちと共に行動をしているクレインだということも知れた。この情報についてはまだ隠しておくつもりだ。

 少し考えてみると、フレアはこの話題の中でメルトの名を出さなかったな。つまりメルトが何かを知っている可能性は低いのかもしれない。一応メルトの為人を知る為に少し話をしようと思っていた俺は、都合がいいのでこの話題についての確認も兼ねてメルトの部屋の前に来た。


「メルト、俺だ。カイだ」


 俺はドアをノックしてメルトに声を掛ける。おそらくは部屋の中にいると思うのだが。


「カイ君なのね。入ってもいいわよ」


 中からメルトの声が響く。数日共に行動しているからか最初に会った時よりも言葉が砕けており、敬語は完全に消えた。まぁそれは別に構わないが。

 俺は言われた通り部屋に入る。部屋には椅子に座って本を読んでいたメルトの姿があった。


「どうしたの?」

「少し話をしようと思ってな。いいか?」

「ええ。どんな話?」


 俺は慎重に言葉を選ぶ。もしメルトが何かを知っているのならば、俺がそれを探っていると知られたくないからだ。


「本、好きなのか?」

「そうねぇ。好きと言えば好きだけど、普段は読まないわ。時と場所を考えた結果として読書しているだけよ。普段は訓練ばかりしているわ」

「そうか。訓練って何をしてるんだ?」


 メルトは思い出すように指を顎に当てて考え始める。


「う~ん、やっぱり剣の訓練が主かしらね。私は騎士なのだし、剣が強くなくちゃ話にならないわ」

「魔法についてはどうだ? お前も他の奴らと同じように使うんだろ?」

「勿論使うわよ? でも魔法の訓練なんてしたことないわねぇ。そもそも魔法に訓練って必要なの?」


 これは驚くべき答えが返ってきたな。まさかここまで魔族と人間の価値観に差があったとは、驚きだ。

 魔法とは神聖であり邪悪なモノ。誰でも使えるモノじゃないし、使えていいモノじゃない。

 魔法を使える魔族は少なくないが、大多数の魔族が使える魔法の数は精々5つだ。未成熟な子供ともなれば1つか2つ使えればいい方だし、大人でも3-5個の魔法を使えれば立派と言われる。

 中には100以上使える魔族もいるが、それはごく一部だけだ。俺は人間ながらも100以上の魔法を使える1人だが、ここに至るまでにかなりの苦労をしたし、死ぬ思いの修行を物心ついた時から続けてる。

 魔法を使える者と使えない者の差は、精霊との対話にあることを多くの者は知らない。そしてそれを知ったとしても、精霊と会話できるかどうかは個々人に大きな差がある。

 魔法とは世界との契約することで起きる現象だ。しかし世界と契約するなんて行為は魔族、ましてや人間などが簡単に行えるものではない。だからこそ、契約の仲介役が必要だ。その仲介役こそが、精霊。

 つまり、魔法を使うには個々の精霊と意志疎通出来なくてはならないということだ。そうしなければ精霊に世界との仲介役になって貰えないからな。

 だからこそ魔法の使用は難しいのだが、人間はただ発動というだけで多種の魔法が使えている。無論、魔族や俺が使う魔法と比べて出力がかなり弱いが、使えているのだ。

 しかし契約せずに行う魔法など魔法ではない。そんなのはただの強制だ。許せるものではないだろう。


「カイ君?」

「……なんだ?」

「いえ、急に黙り込んじゃったからどうしたのかと思って……」

「なんでもない。ところで、お前たちは魔法をどうやって覚えてるんだ?」

「そうねぇ……基本的には図書館でその名前と能力を知って試すって形が一般的でしょうね」

「……そっか」


 やはり人間にとっての魔法という力はただの便利なものだという認識のようだ。間違いではないが、そこに感謝や理念が無いというのは頂けない。

 しかしこれが人間にとっての常識と言われればそれまでだ。簡単に常識を変えることなど出来ないのだから。


「んじゃ、話は変わるんだけどさ、フレアのことはどう思ってる?」

「フレア様? う~ん……変わったお方だけど優しい人よ。それにすごく強い」

「他には?」

「他に……基本的に無表情だから考えが分からない時が多いかしらねぇ。説明を求めてもしっかりとした答えが返ってくるのは稀だから、分からないままの方が多かったわ」


 それは俺にも理解出来る。ほんの少しの間だけだったが、行動を共にしていた間はフレアの行動が理解できなかった時の方が多かったからだ。


「でも、ちゃんと私たちのことを考えてくれてる人だと思うわ」


 それも理解出来る。何だかんだでフレアはよく人を見ているし、皆に幸せでいて欲しいと願える人物だ。

 まぁ全員に対してそう思える博愛主義者でもないだろうがな。俺と同じで親しい人物のみを愛するタイプの人間だろう。


「あ、そういえばこんなことがあってね――」


 メルトは次々にフレアとの思い出話を始めた。語る内容はどれもよくある経験ばかりだが、そこには確かな愛があった。

 話している間、メルトはとても幸せそうに笑い、その心は優しさで溢れていたと言える。母親のような存在と言えるのかもしれないな。俺に母親はいないから完全にそうと言えるわけでもないが。

 しかしこれで分かった。メルトはフレアを愛しているし、フレアのことをよく考えている。これなら俺が何をしなくてもいいだろうし、こいつを守るのもやぶさかじゃない。

 こうして夜は更けていった。


◆◇◆


 メルトと話した次の日の夜、ユルベルグには明日には着くだろうこの夜に、俺はクレインと話すことに決めた。

 グランドレアを出てから明日で1週間経つ訳だが、やはりここでクレインのことも少し探っておくべきだろう。

 フレアの体を弄った宰相の件もあるし、出会った時から本性を見せないこいつはハッキリ言ってメルトとは比べ物にならない程に黒い。

 クレインは何故心に壁を作っているのか? フレアとメルトは気付いていないだろうが、こいつは何故俺に殺気を送らずにフレアとメルトに殺気を送っているのか? 

 疑問に思うのはこの2つだろうか。それらや他の小さな謎も踏まえてクレインと話すべきという判断は正しい筈だろう。

 だからこそ俺はクレインの部屋に来たのだ。


「クレイン、いるか?」


 俺は例に倣ってクレインの部屋のドアをノックする。少し遅れて返ってきた返事により俺は部屋の中に入った。

 部屋の中で剣の手入れをしていたクレインは口を開く。


「何の用だい?」

「いや、少し話そうと思ってな。いいか?」

「勿論さ。何でも話そうじゃないか!」


 クレインはいつも通りに笑顔で言う。表情だけを見るなら好青年といった具合だが、心の中は真っ黒だ。これでは騙される者も多いのではないだろうか。

 まぁいいだろう。俺は俺のやるべきことをやろう。


「まず聞きたいのはお前が俺をどう思っているかだ。正直なところを聞かせろ」

「カイ君のことをどう思っているかって? 15歳なのにそんなに強いなんてびっくりだっていうのが第一印象かな。それに僕たちとは魔法に関する知識だとかが違うっていうのも印象深いね」


 おそらくそれは正直な言葉だろう。脈も最初と変わりないし心音も穏やかだ。目もしっかりと俺を見ているし、揺らいでいない。


「魔法に関しては俺の方が驚いたよ。だって俺が常識としてたことがこっちでは誰も知らないんだからな」

「ああ、君は魔族領近くの辺境の村出身だったか」


 クレインとメルトには俺が魔族領の村出身だということも、俺が魔族に育てられたことも伏せてある。

 人間にとって魔族が敵であることを考えて結果、そうした方がいいと判断したのだ。それを話せる相手には話すことに決めているが、クレインはその相手ではない。


「だから君はところどころ知らないことも多いんだったね」


 この1週間で俺はいくつもの人間領に置いての常識を知った。それに関してはこいつにも感謝している。


「その節は助かった」

「気にしないでよ。共に旅をする仲間として当然のことさ」


 今、こいつの心に陰りが生じた。やはりこいつは俺のことを仲間だとは思っていないらしい。まぁ分かっていたことだが。


「メルトとフレアの2人とは付き合いが少し長いんだったよな? 2人のことはどう思ってるんだ?」

「2人ともいい人だと思うよ。昔から優しくて強い、素晴らしい仲間だよ」


 また、陰りが生まれた。クレインは隠せているつもりだろうが俺には隠せない。どうやらこいつはメルトやフレアのこともあまり良く思っていないらしいな。

 それならばもう少し深く追求してみるとしよう。


「そりゃあいい答えだ。ところでお前はフレアの体のことは知ってるか?」

「フレア様の体?」

「魔法の耐性のことだよ。あいつに魔法が効きにくいことぐらい知ってんだろ?」

「ああ、知っているよ。フレア様は昔からそうでね。その特性とフレア様自身の強さもあったから、勇者に選ばれた時は別段驚かなかったかな」


 昔からなのか。だとすればフレアの言う通りだし、これは真実だな。


「それって生まれ持ったものなんかね? だとしたらうらやましい限りだ」

「多分そうだろうね。僕もそういう特性を持って生まれたかったな」


 成程、嘘か。やはりこいつはフレアが体を弄られてああなったことを知っているのだな。

 仮に真相を知らなかったならば偽の心で口を開いたのだろうが、こうまで自信満々に嘘を言うのならば間違いない。

 やはりこいつは信用ならないか。


「まぁ今日はもう遅いしそろそろ部屋に戻る。話し相手になってくれて助かったぜ」

「構わないよカイ君。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 俺はクレインの部屋を出て自分の部屋に戻った。部屋に戻った俺はベッドに横になって頭を働かせる。

 考えるのは明日からのこと。明日にはユルベルグに着く訳だが、すぐに反乱を起こすとは考えにくい。数日の間は作戦会議や準備に使う筈だ。

 そうなれば俺も参加することになるだろうが、反乱に参加する人間全員を信用する必要は無い。使える人間の選別さえすればいいか。

 俺にとっては人間を知ることが最優先事項だというのを忘れてはならないだろう。つまり、律儀に反乱に付き合う必要もない。

 他にはフレアの体を弄った宰相にも会う必要があるだろう。何をしたのか、何が起きたのか。それを知ることで何かを得られるかもしれない。

 なにはともあれまずは様子見、だな。大人しく明日を待つとしよう。どんな人間がいるのか、どんなことを知れるのか。楽しみになって来たな。

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