第30話 フレアという少女

 ユルベルグに向かう為にグランドレアを出た俺たちはそのまま道を進んだ。俺はアンバーの背中に乗って。フレア、メルト、クレインの3人はモンスターに引かせた荷台に乗って。

 そして今日はグランドレアを出てから1日目の夕方だ。俺とフレアは野宿するからこのまま進もうと言ったのだが、残る2人が野宿を拒否したので仕方なく近くの村で宿を取ることにしたのだ。

 いっそメルトとクレインを殺してフレアと2人で行こうかと思ったのだが、飯の話題に喰いついたフレアが村での宿を望んだので、仕方なく俺も宿を取ることにした。

 そして夕食を食べ終わった今、俺はフレアと少し話そうと思ってフレアの部屋の前に来たのだ。


「フレア、いるか?」


 俺はドアをノックしてフレアを呼ぶ。するとすぐにドアが開いて中からフレアが出て来た。


「ぬ? カイか。どうしたのだ?」

「少し話そうと思ってな。いいか?」

「構わんぞ。入れ」


 俺はフレアの部屋に入り、部屋に置いてある椅子に座る。そしてフレアは俺の前にあったもう1つの椅子に座り、口を開いた。


「それで、話とは何だ?」

「まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に聞くぞ。お前は人間か?」

「人間だ」


 会話終了。これで俺の疑問は解消され……る訳がない。


「んな訳ねぇだろ。お前が普通の人間なら他の奴なんてゴミ以下だ」

「しかし私は人間だぞ?」

「んー……でもさ、仮にお前が普通の人間だとして、おかしいことがいくつかあるんだよ」

「フム、おかしいこととはなんだ?」


 俺は記憶の中にあるフレアの異常性を思い出しながら言う。


「まずはお前の身体能力だけど……これはまぁいいや。そういう人間もいるのかもしれないし」

「うむ」

「んで、次にお前の性格っていうか、考え方っていうのかな。それが人間よりも俺たちに近い」

「む?」


 フレアはよく分からないようだ。困惑の表情をしている。


「つまりだ。お前は魔族なんじゃないのかってことだよ」

「フム。私は人間だが……何故そう思うのだ?」

「今言ったようにお前の考え方とかもそうだけど、一番はお前の魔法に対する耐久力にある」


 そう。考え方や身体能力だけならば俺もこのように考えることはなかっただろう。しかしグランドレアでのフレアとその姉たちの戦い。それが俺にとっては衝撃であり、同時にフレアが魔族なのではないかと考え始める理由となった。


「あの時、お前とお前の姉たちが戦った時だ。俺の眼が間違ってたとは思えないから言うけど、お前は魔法の直撃を受けたはずだ。何で無傷でいられた? その答えとして行き着いたのが、お前は魔族なんじゃないのかってことだよ」


 無論、魔族は尻尾や翼、特徴的な耳や肌などといった人間と違う身体的な特徴を持つのだが、魔法で視覚を誤魔化しているとなれば問題にはならない。

 そういった幻惑系統の魔法は高等だが、使える者は少なからずいるのだ。フレアが使えたっておかしくはない。


「……フム。言われてみれば確かにそうだな」


 フレアは納得したように首肯する。


「じゃぁやっぱりお前は魔族――」

「違うぞ?」


 どうやらフレアは意地でも自分が魔族であると認めたくないらしい。そんなこと、俺の前で気にすることではないというのに。


「大丈夫だ、俺にとって魔族は仲間であり守るべき者たちだ。お前が魔族であろうが対応とかは変わらないし、安心していい」

「いやそうではない。本当に私は人間なのだ」

「人間が魔法の直撃受けて無傷でいられる訳ないだろ。特定の魔族が持つ魔法に耐性がある皮膚を持つとかじゃない限り、少なからず傷を受ける筈だろ?」

「フム。そういえばお前には言っていなかったな」


 フレアが思い出したように両手を合わせて言う。一体、何を言っていなかったのだろうか。


「私はな、人間ではあるが普通の人間ではない」

「どういう意味だよ?」


 俺にはフレアが何を言いたいのかがよく分からない。普通でない人間とはどういう意味だ? そもそも、勇者なのだから普通でないことぐらいもう分かっているのに。

 それとも俺と同じように魔族に育てられたか、魔族に教えを乞うたことがあるから普通じゃないとでも言うのか? それならば少しは理解できるが。


「そうだな。簡単に言うと、私は体中を弄られた人間なのだ」


 俺は、フレアの発した言葉をよく理解できないでいた。たった今フレアが言った『体中を弄られた』という言葉。それをそのまま受け取るならば、フレアは誰かに体を勝手に変えられたということになる。


「それによって私の体は魔法に強い耐性を持つようになった。そして副産物? といったかな。私の嗅覚と聴覚が鋭くなったらしいぞ」


 それは確かにまごうことなき強化だ。何せ普通の人間には得られぬ物ばかりなのだから。

 フレアの言うことはおそらく真実なのだろう。特定の人間の居場所を遠くからでも察知できる理由はその驚異的な嗅覚と聴覚にあったらしい。そして魔法をある種、無効化できたのもその体を弄られたおかげのようだ。


「でもユルベルグの騎士たちは普通に俺の魔法を受けてたような気がするんだけどな……」

「ああ、体を弄られたのは私だけだからな。おそらく姉上たちもユルベルグの騎士や兵士たちも体を弄られてはいないぞ?」


 しかし、何かが俺の頭の中で引っ掛かる。それ程までに人間が強くなるのなら、誰にでも行うのが普通だ。どうしてフレアの姉たちやユルベルグの騎士たちはその強化を受けていないのだ?

 考えられる可能性の1つ、それは副作用。つまり何かしらの欠点がある筈だ。そうでなければフレアだけがその恩恵を受けている筈がない。


「なぁフレア、それって何か体に悪影響はないのか?」

「フム。知らん。そもそも弄られたのはかなり昔のことでな。その時のことも、体を弄られる前はどのような感覚だったのかもよく覚えておらん」

「そうか……」


 だとすれば体を弄られる前と後での比較も出来ないか。まぁ魔法に耐性があって、聴覚と嗅覚が鋭敏になっているのならば得の方が多いだろうが。


「しかし……そうだな。クレインならば何かしら知っているかもしれぬぞ。確か、以前は私の体を弄った城の宰相の近衛騎士をしていたからな」

「へぇ。ちなみにその宰相ってのは今もいるのか?」

「ウム。王のもとで経済を担当していると思うぞ」

「そっか……。うん、ありがとな。知りたいことは知れたよ」

「それはよかった」

「ああ。おやすみ」

「おやすみだ」


 俺はフレアの部屋を出る。

 このままクレインに色々と聞きに行くのもいいが、もう少し様子を見よう。そうだな……ユルベルグに着くほんの少し前までは泳がせておくか。

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