第11話 帰ってきたつもりの軍人(誰や?)
小学生の頃、僕は『1999年7月に人類が滅亡する』という、なんとかダムスの予言を本気で信じていた。算数が苦手ながらまじめに計算して、「僕は高校2年生か3年生で地球と一緒に死んでしまうんだ」と恐怖したものだ。
1999年7月1日(木)
学校でも朝一番は「今日からついに七の月だぜ!」とかほんの一瞬だけ盛り上がったが、それ以降は話題にも上がらなかった。何というか「今日、13日の金曜日だぜ!」と同じくらい継続性に欠けるテーマである。
子供の頃は、一年を重ねる毎に死が近付くカウントアップ版の『死の宣告』とも受け止めていたが、成長するに連れてどうでもよくなるとともに、むしろ滅んでしまえと思った多感な時期も幾つか記憶している。
恐怖かどうかはともかく、今年の6月と7月は『大魔王復活』ともいうべき、大きな出来事と転機に見舞われている。それはもちろん、鯨武さんとゲーム友達になれたことである。
人類最後(?)の七月の第一日目。昨日、ガンソルのご教授をお願いした僕は、今日も屋上で鯨武さんとWSを楽しんでいた。
対戦は主に『スコアアタックモード』という、決められた制限時間内でより多くのスコアを稼ぐ、途中で終了しないモードで対戦をしていた。むしろこのモードでないと勝負があっと言う間に決してしまうので、必然的にこのモードしか選べないのが辛いところである。
まだまだ緊張はするが、以前に比べるとはるかに会話が自然と弾んだような気がする。先日、準備していた箇条書きの話題メモも大半は消化できた。
何より鯨武さんは聞き上手なのである。常に人の話を上手く次に繋げられるように相槌と返事を返してくれるのだ。本当ならば、僕が彼女の話を聞いてあげるべきなのだが、つい話しやすくて自分のターンで終わったことを反省する。しかし、この反省は先日の惨敗時の絶望的なものではなく、『明日はこうしよう』という前向きな目的に繋がっていた。
この数週間で少しは僕もたくましくなったつもりか、脳内で『レベルアップですぜ あんたも せいちょうしたもんだ』とファンファーレを流しつつ、少々図に乗ったりしてみる。
ちなみに先日、鯨武さんに好きな食べ物を聞いたら、少し照れながら『焼きそばの焦げ目がついたキャベツ』と答える姿に僕は危うく悶えそうになり、思わず結婚を申し込みそうになったのはここだけの話。
『OK!』『ナイス!』『グレイト!』
ガンソルから三連鎖が成立した音声が響く。それは鯨武さんではなく僕のプレイだった。
鯨武さんのテクニックと教え方は、独特ながらとても面白く分かりやすかった。連鎖しやすいパネルの設置方法や各パネルの効率的な分布場所など、僕に画面を見せながら専門用語で話すことなく、シンプルな表現でそれを伝えてくれるのだ。
「百式君は、パネルで画面が埋まることをピンチと勘違いしていると思う。だからそれを少しでも減らそうと思って、小さなコンボでパネルを片付けるようとするからチャンスにつながらないんじゃないかな?」
鯨武さんのアドバイスは続く。
「パネルだけど、全種類を無理に使用せずに、決めた半分だけにこだわってみて。コンボ準備の全体図が凄く見やすくなると思う。使わないパネルは、上か下のどちらか3列を不要パネル置き場として、そこに片付けてみたらいいと思う」
彼女の教授内容を僕は素直に実践した結果、このゲームのコツと魅力が思いもよらぬ形で掴めたのを実感した。
まず、現在の自分が置かれている状況の把握、つまりチャンスとピンチをはっきりと線引きするようになっていた。これにより、次にとるべき行動を判断できるのは大きかった。
次に『遊びやすくするための工夫』である。言われたとおり、パネルを自分の見やすい物と使いやすい物だけに選別することと、ゲーム中に動くフィールドの範囲を制限するだけで簡潔かつ効果的なゲームメイクとなるのだ。
最後にそれらをやることで、三連鎖を簡単に行えるようになった。それどころか四連鎖のチャンスと達成も、僅かながら常に視界に入るようになった。
「凄い…凄いよ鯨武さん。ガンソルが一気に面白くなった。教え方のプロだね」
「そんなことないよ」
少し大げさなテンションで話したかもしれないが、決してお世辞ではない僕の称賛を彼女は静かに小さく微笑みながら受け流す。でも彼女のおかげで、僕のガンソルの腕前、そして自信にも繫がる一石二鳥な結果を呼んだのは確かだった。
そのとき、僕の脳裏に「これならば、彼女にもしかしたら勝てるのではないだろうか?」と、そんな考えがよぎった。
これは僕のすぐ調子に乗る悪い癖だと自覚はあったが、何より身につけたテクニックを早速試したくて仕方がない気持ちも強かった。
「良かったらルートカット・バトルで対戦してくれないかな」
「それはいいけど、もう私に勝てる自信がついたってことかな?」
そんな僕の考えを一瞬で見抜きながらも鯨武さんは了承してくれた。
「少なくとも善戦、もしかしたらワンチャンスあるかも。もし結果がこの前みたいな惨敗だったら好きなジュース奢りますよ?」
それが僕の気持ちに余裕を生んだのか、さらに条件までも提示してしまった。
「面白いね。じゃあ受けて立ちますよー」
鯨武さんはもうすっかり、僕の師であると同時に明るいライバル的な雰囲気で返事をしてくれた。
【
REVENGE MATCH ― GAME START -
前回は経験値不足などでわずか5分足らずで二本先取されてしまい、僕のゲーム歴史における大敗を味わったが、今回は少しでも良い結果、願わくば勝利を得るべく全力を出すとともに、鯨武さんに敬意を払ったけどやっぱり5分程度で決着がついて大敗の歴史に1ページが追加された。
「参りました」
「どういたしまして」
僕が素直に敗北を認めるとともに、逆に彼女に敬意を払われた気がしたから『今日が僕らの挨拶記念日』などと、意味不明な歌集っぽく現実逃避をする。
いや、実感はあったのですよ。少なくとも攻撃面では、一回ずつですけど三連鎖と四連鎖が成立しました。これは僕にとって大きな進歩だと思っております。だけど鯨武さんの猛攻(連続コンボ)の前ではまさに焼け石に水でしたとも。
「それじゃ約束どおり、奢ってもらおうかな。私の好きなミッツサイダーね」
鯨武さんは大きな態度に出さずとも、ノリノリな気持ちで希望の飲み物を僕に告げた。初めて出会ったあの日から、ほぼ毎日のようにミッツサイダーを飲んでいるから当然のチョイスだろう。今日も彼女の傍らには、細長い250ml缶がまるで三角の影に支えられるかのように直立していた。
「じゃあ明日、この時間に持ってきてくれたらでいいよ」
そして彼女は両手を後ろにつきながら僕に微笑みながらそう指示する。
「わかった。じゃあ明日」
これほど嬉しい奢りの約束が今まであっただろうか。まだまだ僕にはリベンジのチャンスとコンテニューが残されていた。
◆
―――「あの頃は若かったねー」
「確かに恥ずかしいくらい青春してたよね」
少しだけ眉間にシワを寄せながら話す妻に僕は、ほんのちょっぴり追い打ちをかけてみた。
「いや違う違う。私が若いと思ったのは摂取量のことだよ」
「どういうこと?」
少しばかり生じた会話のデッドボールに僕がその心を求める。
「ミッツサイダーって、あの小さな缶で角砂糖が約9個入ってるの知ってた?私はあれを毎日飲んでいたんだよ」
確かに妻の言うとおり、あの手の飲み物に含まれている糖分は洒落にならないことが一時期テレビ番組でやたらと話題視されていた気がする。
妻は今でもミッツサイダーを愛飲しているが、それでも量は週に缶1本程度である。流石に全盛期のような飲み方は将来の健康を考えると恐ろしい。
「確かにあの頃は若かったね」
僕も少し眉間にシワを寄せながら妻に答えた。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます