番外編 十年目くえすと
先日、二十七歳の誕生日を迎えた男は、付き合って十年目になる彼女と秋暮れの公園内を肩を並べて歩いていた。
歩数を重ねながら感じる夕方の風が少し涼しすぎるも、男の胸の内では抑えきれそうにない感情の熱が上昇していた。男は結婚の決意を彼女に伝える決心をしていた。
彼は事前に「今日は大事な話があるんだ」と彼女に告げていた。男女たるもの、十年も同じ時間を過ごせば今日の目的と内容くらいは言わずとも、相手は既に察しているだろう。現に彼女の方は、すべてを見透かしたような面持ちで男の言葉を待っているように思えた。そして男は一世一代の行動に移った。
「色々と言葉を考えたけど直球で言う。きっと幸せにするから結婚しよう」
男は演出を気どることもなく、ただ素直に静かな声で想いを告げると、彼女はほんの少しだけ表情を落としながら口を開いた。
「それじゃ結婚は難しい…かな?」
予想外の返答に男は少し戸惑ったが、彼女は言葉を続ける。
「幸せにするより、確実にできる小さな約束の方が安心できる」
その謎かけとも捉えられる彼女の言葉に男は少し考えたが、確かに『幸せにする』というのは、人が想像するより遥かに重い言葉であり、いつかその責任に押し潰されかねない、儚い口約束かもしれない。
「不幸にしないでほしい」
「え?」
「私も、あなたも、そしてこれから増える家族も含めて、1年365日、不幸にしないことだけを一生懸命考えてほしい」
男はその言葉に、これから一生背負わなければならない人生のノルマと肩の荷が一気に軽くなったような気がした。いや、それなら絶対に出来ると確信した。
「不幸にはしない自信だったら絶対にある。だから結婚してほしい」
男が先ほど告げた約束は『きっと』から『絶対』へと変わっていた。
「はい。よろしくお願いします」
彼女は身も心も大きな安心とともに、男に一生を預ける決意をした。
(終)
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