第4話 半熟にすらなれない英雄
『千里の道も一歩から』とは言うが、その一歩を踏み出すのが難しい。踏み出してからも難しい。踏み出し続けるのは至難である。ハード、ハーダー、ハーディスト…。英語でカッコ良く言っても、苦労は同じである。
最近、散歩が趣味なのです(昼休み限定、下心含む)。今までの自分の人生の中でゲームやアニメ以外の趣味を人に堂々と話せたことがあっただろうか。せいぜい「
何より、僕の今の大きな課題は、鯨武さんに声をかけるための経験値とレベルアップである。
修行1:授業中、隣席の女子から消しゴムを借りる。
修行2:教室への出入り時、すれ違う女子に「おすっ」「じゃあ」と挨拶する。
修行3:用事がなくても女子に「あいつどこに行ったか知らない?」と聞く。
日 課:屋上を散歩して、あの娘の近くを通る(最重要)。
これらの3つの修行と日課を積極的にこなす。要するに自分の最大の課題『女子との接近、免疫』 をつけること。苦手意識を克服することから始めることにした。
それは決して誰かに教わったとか、アダルトなハウツー本を読んで導き出したのではなく、あえて言うならば、アイドルや同級生、下級生(上級生や教師を含む)との恋愛や触れ合い、これまで経験してきた大人の階段を登らずともシンデレラになった自分の二次元オタク歴と体験を、三次元に
当然、今まで母親と売店のオバちゃん以外の三次元の女性と、まともに面と向き合わなかった
意外なことに、堂々と接すれば女子は僕のことを邪険にしたり、あからさまに気持ち悪がる態度をとらなかった。それが救いとなり、自信に繋がったのだと思う。
昼休み、屋上へ上がると鯨武さんはいつもと同じ場所で、いつもと同じ様子で、同じジュースを飲みながらWSを遊んでいる。そして僕は、ほぼ決まった時刻に屋上をぐるりと一周しながら最後に彼女の側(とは言っても戦略SLGの2マス分くらいの距離は確保しつつ)をごく自然に通る。
◆
―――「ごく自然というにはあまりに不自然だったと思う」
のちに妻は、『決まった時間に訪れる挙動不審な男の子が今日も来ている』くらいに思っていたと聞かされた。
◆
女子に対する
「鯨武さんに声をかけたい」そう、彼女と話がしたい。
女子に声をかける行為自体は、日々の修行が実を結び(?)不安や緊張も解れつつあった。むしろ特に意識していない女子であれば、一言二言くらいならば自然と話せるようになっていた(と思う)。
数日前まで、自分は女性となんか一生まともに会話できずにひっそりと末代で終えると思っていたのだが、RPGの絶望的に強い敵キャラに『ダメージをあたえられない』から常に『1ダメージをあたえた』くらいにはパワーアップしたと思う。
だけど肝心の鯨武さんには、どのような言葉をどんなキッカケで話しかければ良いか分からなかった。彼女とは授業や教室などの関係で、休み時間や移動時間に会うこともなければ放課後も近付けるチャンスがなかったのだ。
そもそも自分は恋愛に挑む資格なんかあるのだろうか。失敗に終わったら周りの奴らに何を言われるだろうか。腕前すら未熟なのに、格闘ゲームにおいて、難易度の高い隠しキャラ出現コマンドに失敗して、色違いのあいつをギャラリーにお披露目する確率の方が高いのだ。
何日目の屋上散歩だったかは覚えていないが、彼女の側を通ったときに僕の耳に軽快なBGMとともに『OK!』『ナイス』という小さな音声が届いた。それが彼女がWSで遊ぶゲームタイトルと詳細を知るキッカケとなり、大きな転機を呼ぶ。
確か、あの音声は僕がよく行くゲーム屋にある、WSの試遊機のソフトから流れるものと同じはずだ。
自分の中で何人もの自分が一堂に会する。俗に言う自分会議が脳内で閃きと歓声に変わる。誰かもよくわからない自分に勲章と昇進の名誉を与えるあたり、僕は悩むふりをしながら今を楽しんでいるのだと感じた。
◆
―――「いつの間にか、ゲーム以外の方法で自分を変えようと思っていた。一度決めたら、自分ルールを押し通すのがA型オタクの特徴って奴なのですよ」
「確かにしばらくは、私の前を通るだけだったよね」
妻は静かに微笑みながら答えた。
(つづく)
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