番外編 イチゴの国とママと姫
今から話すことは物語というよりも、親の反省を綴った、お願いに近い出来事だと思う。どうか、この文章を見た人がいたら、自分の関係でも知り合いでいいから、このことを少しでも記憶の片隅に入れるか、世間話で伝えてほしい。
僕と妻には現在、5歳になる娘がいる。親馬鹿だとは思うが、それは可愛くて仕方がない、大事な一人娘だ。
ちょうど一年くらい前の休日の昼下がりのこと、自室で読書をしていたら、何やら微かに娘の泣き声が聞こえてくる。
何か悪戯をしたか、ママのいうことを聞かなかったのかな?と思いつつ、もしかして怪我でもしたのかと気になったので、自室を出て家内をうろついていたら、台所でグスグスと泣いている娘と……妻を発見した。
不思議な光景だった。娘だけなら分かるが、妻も我慢するように、鼻からグシュグシュと咽ぶような音を出して、しゃがんで娘を抱きしめながら泣いていた。
妻の傍ら、床には一本の小瓶が置かれていた。一瞬、何の瓶か分からなかったのだが、どうやらゴマ瓶のようだ。
とりあえず状況がよくわからない。僕は妻に何があったか訊ねたら妻はこう言った。「節子が台所からゴマ瓶を持ち出して、庭に撒いていたから注意した」と。
なるほど。ちょっとした可愛い悪戯みたいなものだが、それを妻が注意するのは当然だと思う。だが、どうして妻も泣くのだろうか。僕にはその答えが結びつかない。そんなに泣いて悔しがるような高級品じゃないよなこれ。
僕は、とりあえず娘にも「どうして庭にゴマを撒いたの?」と聞いてみた。もう妻が注意しているので、僕までもが叱る必要はない。理由を優しく聞いた。
すると娘は目に涙を浮かべながら、こう言った。「あのね。お庭をイチゴ畑にしてね。パパとママと一緒にね。食べたかったの。この前、イチゴが食べたいって言ってたから」
しばらく前のことだ。家族と晩御飯を食べながらテレビを見ていたら、食べ物の特集で美味しそうなイチゴが映し出されていた。確か、僕らはその真っ赤な宝玉のようなイチゴを芸能人が美味しそうに食べる映像を見て「うわぁ、美味そうなイチゴだな」と言ったのを覚えている。
そうか、そういうことか。すべてが繫がった。娘はただ、僕と妻にイチゴをたくさん食べてもらいたくて、それで庭にイチゴ畑を作ろうとしていただけなのだ。
そして妻は、その理由を聞く前に軽くながら叱責してしまったらしい。そのことの反省と娘の思いやりに、思わず泣いてしまったようだ。
もちろんゴマを蒔いてもイチゴにはならない。でも、娘はゴマをイチゴの種と思って、僕らを内緒で喜ばそうと考えてくれたのだ。
妻は何よりも、子供の好奇心と優しさを大人の目線で無下にしたことを後悔しながら、そして感謝しながら「ごめんね」と「ありがとう」の気持ちを精いっぱい伝えていた。
もし僕が先に娘のこの行為を目撃したら、妻と同じように叱っていたと思う。ただ、それはもう少しで、娘の心に大きな傷を負わせていたかもしれない。
小さな子供と接する親や大人たちへお願いしたい。幼い子供の行動には必ず背景がある。何かを傷付け、危険な行為は時に理屈抜きで叱る必要もあるかもしれない。でも良識や感情だけで蔑ろにしないでほしい。
何気ない対応、何気ない一言が、子供の可能性を閉ざすかもしれない。どうか、将来の芽を見守り、育む気持ちを持ってほしいと僕ら夫婦は願う。
ゴマはイチゴの種じゃないけど、パパとママの胸には娘の優しさで、幸せがたくさん実ったよ。
(終)
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