第22話 哀戦士に散る

 ここは 九州方面の はるか西にある 小さな市内。

 この市には 長之介という 一人の男が住んでいました。


 今は ただ 親に養われる身ですが。

 お金を貯めて 日本一の ゲーム屋になる。

 それが 長之介の夢だったのです。


 ゲーム屋、オモチャ屋、ゲームセンター。大人になったら、自分だけのゲームに携わる店を持つ夢を抱き、憧れたゲーム少年が全国にどれだけいるだろうか。


 幼かった当時、僕もその一人だった。お金の有無に関係なく、学校が終わって、暇があっては町中を自転車で駆け巡り、店内に並べられたゲームソフトたちを眺めていた。


 そこに存在する夢の世界が詰まったゲームソフトたちは、世間から高く評価された名作も厳しく叩かれた駄作も関係ない。そのどれもが宝物のように見えた。


 そして、頑張って貯めたお小遣いや親戚から貰ったお年玉を握り締めて、それらを買いに走ったあの頃の自分。体力も集中力も、普段の限界を何倍も超えていたであろう。懐かしくも交通道徳が頭から抜けた、危険極まりない弾丸のような迷惑者だったと思う。


 店ではどれを買うかで真剣に悩む。話題の新作を買うか、中古の安価を数本買って幅広く楽しむか。子供にとっては頭を痛めるも幸せな選択時間だった。


 レジでお目当ての物を店主から受け取った瞬間、胸から一気に湧き上がる、早く遊びたいという気持ち。叶うのであれば、店主に「ここで装備プレイしていくかい?」と言ってほしかったくらいだ。


 店を出た瞬間、加速時間ゼロで最高速度、それはまるで1キロメートルを3秒で駆け抜けるかの如くの速さで帰路を辿っていた。懐かしくも交通道徳が(省略)


 正直、時には後悔した買い物もあった。理想や想像と違ったゲーム性や完成度に困惑するとともに、ゲーム雑誌に書かれていた評価と異なることを恨み、情報不信に陥りそうになったこともあった。


 だが、どんなゲームだってお金を出して出会った以上は、可能な限り探求(研)心と努力で向き合い、面白く遊べる工夫に興じていた。


 特に一緒に遊ぶ仲間がいれば、思い入れがあれば、どんなゲームだってその内に愛着が沸き、共に過ごした時間と苦労だけ、人間同様、友情に近い感情と感謝の気持ちが芽生えたものだ。


 しかし、人間は嫌でも大人に向かって成長する。知識が身に付く。夢と現実を見るようになる。『ゲーム屋になりたい』という夢は、厳しい経済社会の現状や自分の裁量を思えば、いかにリスクが大きいかに気が付く。


 そして、ゲームに対しても、いつしかコストパフォーマンスを優先するようになっていた。値段相応の面白さ、感動、プレイ時間を算出するようになっていた。満足がいかないゲームや面白くないものは、駄作やクソゲーで短い言葉だけで片付けるようになっていた。いずれにしても、自分の中で損得が付き纏うようになっていたのだ。


 ゲームに対して純粋な気持ちが磨り減りつつも、それでも遊び続けるのは、やはり僕はゲームが大好きであり、生活…いや、人生の一部なのだ。

 

 どうかこのまま、いつかゲームを遊ぶこと自体に損得を考えるような大人にならないことを自分自身に願う。



 アドベンチャーゲームを漫然とプレイする中、新しい移動先や新展開のフラグが急に立った瞬間の喜び。新しい画面、もしくは見慣れた場所での新たな人物やこれからの進展にワクワクする。僕は今、それに近い感情を味わっていた。


 話は少し遡る。牛丼屋にて、デザートとともに鯨武さんがこだわる食文化についての話のあと、僕らはゲーム話で静かに盛り上がっていた。


 ひとつ嬉しかったのは、鯨武さんはゲームセンターでの僕のプレイをよく見ており、僕の得意ジャンルと苦手ジャンルを把握したうえで、他の様々なジャンルについて好みなどを聞いてくれた。


 結果、鯨武さんはRPG、シミュレーションRPG、アクションRPG、アドベンチャーなどで、かなり僕と好みや遊んだ作品が被っていることが判明したのだ。


 今までも屋上でWSでガンソルを遊ぶ際にも少しは話をしたことがあるが、ゲームに集中しながらだったので、大まかな部分しか把握していなかった。


 密な話から次々に判明する、僕らのゲーム歴と思い出が少しずつ照会されてゆく。【ドラグーンクエスト(DQ)】 【ファイナルファンタズム(FF)】 【フレイム・エンブレム(FE)】 【スーパーマルス・ブラザーズ(スーマリ)】などの超メジャーどころは、軽めながらもシリーズの多くをプレイ済とのことだ。


 その他、【クリーチャー・ハザード】や【ときめきコロシアム】など、近年話題の作品も中古の安価であれば、お店の人気、オススメの札などの情報を踏まえたうえで判断して押さえる傾向にあり、かなりフレックスなゲームライフを送っているようである。


「じゃあ、最近、ガンソル以外でハマッてるゲームってある?」

 僕の中から緊張感はほぼ消えていた。自然に、次々と彼女が返しやすそうな質問が頭に浮かんでくる気がした。


「ガンソル以外なら、今は桃ステのハッピーかな。実は凄く好きシリーズなの」

 鯨武さんは、水を得た魚のように一段と明るく答えた。


 【桃太郎ステーション】 ワドソン 1988年12月2日発売

 通称、桃ステ。日本のおとぎ話の代表作のひとつ、桃太郎を主人公に、世界中の名作童話などのキャラたちと鉄道業界の覇権を争うボードゲームである。その人気はFami-comの一作目以降、毎年新作がリリースされるほどで、毎年の風物詩とも言うべき作品だ。みんなで遊べば盛り上がること間違いなしのパーティーゲームである。


 鯨武さんが話した、桃ステ・ハッピーは、確かゲーム機種は、超Famiで発売されたシリーズ5、6作品目だったような気がする。


 このシリーズの素晴らしいところは、毎年の新作の度にゲーム性が進化するのではなく、若干のルールやゲームバランスが変更されることである。なのでシリーズ毎に好みや意見が分かれるところだが、マニア・ファン同士はそれらを語り合うのも楽しみの一つなのだとか。うーん、凄く分かるなその気持ち。


「でも一番好きな桃ステは、スーパー桃ステかな?かなり古いんだけどね。昔、よく親戚の従姉妹とよく遊んだ。また、いつか遊びたいな」

「スーパー桃ステって、Fami-comで出たやつかな?それだったら確か二週間くらい前に、ゲーム屋で500円くらいで見かけたと思う。曖昧な記憶だけど」


 僕はレトロゲームもそこそこ現役であり、昔は買えなかったソフトも安値であれば今でも買い集めている。中古屋も持て余しているのか、破格で投売りされていることも多いので、定期的にチェックしている。


 スーパー桃ステは確か、WSを買った店のFami-comコーナーで、たまたま目に留まったはずだ。ソフトの外見が派手なピンク色なので、少しばかり記憶に深く残っていたのだ。いつか機会があれば鯨武さんと遊んで…


「ねえ、それどこのお店で売ってたの?近くだったら今から一緒に行かない?」

「え?今から?」

 鯨武さんの突然のフィッシュオンに驚いた僕は、思わず聞き返してしまった。


 僕は馬鹿か。せっかくの鯨武さんからの、次のステージへのフラグを自らへし折るつもりか。正直、昼御飯の後は、またゲームセンターに行くか、雰囲気が良ければ公園にでも誘えればなと、適当なプランしか考えていなかっただろ。


 つまりこれは、千載一遇のチャンス、突破口なのである。無論、断る理由はない。僕は善は急げと言わんばかりに会計をちゃっちゃと済まして(お互いに譲り合ってほぼ割り勘)目的の店へと移動することにした。



 1999年7月10日(土) 午後2時11分

 僕らは市内にある、割と大型な中古ゲーム屋の店内片隅にあるバラエティーコーナーで、ワゴン内に乱雑に重ね混ぜられたソフトをガサゴソとやっていた。


 その空間には、Fami-comだけでなく、超Fami、芸夢BOY、ゲーム歯車、PCドライブなど、多機種のソフトが様々な状態で散りばめられていた。


 近年、CD-ROMによる大容量かつコストの安いゲームソフトの陰で、カートリッジの立場や居場所は徐々に失われつつあった。極わずかながら、超Famiの新作と一部の過去の名作に隙間のような需要があるだけで、お店にとって大半はお荷物のような扱いを受けていた。


 以前、店員に聞いたところ、古すぎるゲームや状態が悪すぎるゲームは、買い取り不可であるにも関わらず、無料でもいいからと置いていく客が多いらしい。


 滝のように次々と流れてくる新作ソフトの流通の波、置き場に困りつつも少しでも売り上げの足しになればと店に置かれるのは何とも物悲しいが、処分に来る客も、取り扱う店も、捨てないところを見ると、やはりゲームに対する思い入れや価値を心の奥底では意識しているのではないだろうか。


 以前、店のワゴンでレトロゲームを一本ずつ見ていたところ、ちょうど居合わせた同級生が、僕の姿を見て「お前、まだFami-comやってるのかよ?まるでゴミ漁りみたいだぞ」と小馬鹿にしたのは忘れられない一言である。


 ゴミの中から強力なアイテムが出るRPGだってあるんだぞ…。そんな懐かしのゲームについて良くも悪くも思い返していたその時、鯨武さんが一本のソフトを手に動きを止めた。もしかして、スーパー桃ステが見つかったのかなと思いきや。


「あ、これ懐かしい。家にまだあると思うだけど、どこにいったかな」

 鯨武さんは【デビルランド】というタイトルと、前の持ち主の名前がマジックでデカデカと書かれた青色のソフトを手に僕に話しかけてきた。


「うおお!懐かしいデビルランドだ!子供の頃、凄く遊んだよこれ!」

 僕の気分は一気に高揚する。これは一頭身の怪獣が主人公の見下ろし型アクションだ。壁をスクロールさせる悪魔の動きから逃げながら、画面の玉子を集めるゲームで、数あるFami-com黎明期の名作のひとつだ。しかし…


「でも、これ協力プレイで遊ぶと、大抵は喧嘩になるんだよね。これで壊れた友情もあるから、面白いけどロクな思い出がないな(笑)」

 僕はここぞとばかりに、本作をダシに自虐の武勇伝を語った。鯨武さんは少し苦笑いしているが、ウケているように思えた。


 続けて黙々とゲームソフトの山を探すも、先ほどのネタに少し味を占めた僕は、ソフトの中から話題になりそうなソフトを探していた。そして白色、とは言ってもかなり焼けたヤニ色だが【バブルファイト】と書かれたソフトを取り出す。


 背中にバブル(浮かぶ泡)を背負ったキャラクターが、空中を渡りながら、同じ格好をした敵の泡を割って墜落されるアクションゲームである。


「鯨武さん、これは知ってる?」

「あ、知ってる。それも凄く遊んだよ」

「これも友情崩壊ゲームだよね。ゲーム性は優れているけど、いつの間に互いの落とし合いに発展するから、最終的には取っ組み合いのファイトになって友情もバブルの如くパーンって弾ける(笑)。楽しかったけど、このゲームを恨んでいる人も世の中にはたくさんいると思うよ僕は。このゲームが世にもたらした影響は、功績と罪の表裏一体だよね(笑)」

 僕はとにかく、面白おかしいトーンでゲームの裏の魅力を語った。


 自虐に駆られた僕のレトロゲーム新喜劇はさらに加速した。そして次に発見したのは、Fami‐com初の本格推理アドベンチャーゲーム【ユートピア殺人事件】である。


「鯨武さん、これは遊んだことあるって言ってたよね?」

「うん…持ってる。小学生の時に買ってもらった。面白いよね…」


「犯人が助手のキヨシってのは、あまりに有名過ぎるよね。もうふざけるなと(笑)」

「そうなの?私、それクリアしていないから…」


「………」

「………」

 まさか、ユートピア殺人事件をプレイしていながら、犯人を知らない人がいるとは思わなかった。


 んん…なんだろう。僕は、少しばかり気まずい雰囲気を覚えた。このままでは、まずい予感がする。そんな焦燥感に駆られる中、鯨武さんが再び手を止めて一本の裸ソフトを笑顔で僕に差し出す。


「ねえねえ、これなんだけど」

「え?…あはっははははっははは!!」

 彼女が差し出したゲームを見て僕は、思わず大笑いする。


 それは、ゲームを嗜む者ならば知らない者はいないと言われる、伝説のクソゲーと呼ばれたFami-comソフト【ひろしの挑戦権】だった。少し消沈気味だった空気を変えるべく、鯨武さんは見事な爆発性引火物を僕に投げつけてくれた。


「で、で、出たぁああ!Fami-com史上、最悪の伝説クソゲーだよねそれ!」

「え…」


「ゲームのルールは意味不明だし、遊べば遊ぶほど、怒りと時間の無駄に苦しめられるだけだったよね(笑)」

「…」


「それを発売当時に買って遊んだ人が可愛そうだよ、まったく。僕が初めて遊んだのは、中学生になってから激安中古だったから良かったけど、噂どおりの酷い出来で、思わず壁にぶん投げてやったよ(笑)」 

「…………」


 僕のリアクション芸人が番組を盛り上げるかの如くのオーバーレビューに、鯨武さんの表情はすっかり曇って……おや? 彼女のようすが…


「……」

「……」

 突然、僕と鯨武さんがいる空間にだけ訪れた、静寂を通り越した重鈍な無音の空気。その時になって、初めて僕はその異変に気付く。その意識は冷静に、しかし、本能的に失態を告げるような感情が滲み出る。


 ゲーム屋の店内では、その店のテーマソングやキャンペーンを知らせる、明るい声色の放送が僕らの存在をかき消すように流れ続ける。そんな短いのか長いのかも分からない、麻痺した時間の感覚を打ち消すように、先に鯨武さんが口を開いた。


「百式君は…そんな風に人とのことをゲームのせいにしたり…そこまで悪く言ったり…壊して、傷めつけたりするような人だとは思わなかった…」


 静かに添えるような言葉を放つ鯨武さん。そこにはいつもの笑顔やクールながらも優しい物腰はなかった。


「それにそのゲーム(ヒロシの挑戦権)なんだけどね。子供の時だけど凄く好きなゲームだった。お父さんといつも、笑いながら遊んだゲームだった」


 続けるその言葉を受けて、僕は今の事象の原因がすべて繫がり把握するとともに、彼女が普段から見せてくれる魅力や考え方を思い出す。そして、後悔の念が一気に溢れ出してきた。


「え、いや、ちが、ちがちが、ちが…」

 いや、違うんだよ鯨武さん…。そう弁明したいのだが、この状況に小さく混乱する僕の頭は、上手く言葉に表すことができなかった。これじゃまるで、おびただしい流血に崩れ落ちる直前の英雄である。


「今日は…楽しかった。百式君とゲームで遊べて、お話できて。けど、ごめん。私、今日は帰るね」

 鯨武さんは僕にそう告げると、小さく、本当に小さく微笑みながら、その場から歩き去っていった。既に半放心状態の僕は、彼女のその少し前傾気味な背中を、見守るというにはあまりに頼りない表情をしていたと思う。


 鯨武さん…

 くじ・くじ・鯨武さん…

 鯨武さん…くじ・くじ・鯨武さん…

 鯨武さん・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 僕は虚ろに青ざめた心情で帰宅した。そこからのことはよく覚えていない。しかし、砂糖を入れた納豆は、革命的な美味しさだった。


     ◆


―――「僕は童貞より先にクソゲーという言葉を捨てた」

今でもはっきりと覚えている、自分の中で意識や考え方が変わった瞬間だった。


「深い言葉だとは思うけど、比較対象が凄いね」

「でも由美さん、本当にクソゲーの概念がないよね?何でもそれなりに遊ぶし」

 昔から、そして今でも常に感じる妻の魅力のひとつを僕は素直に告げた。


「まあ、せっかくだし、一度くらいはしばらく遊んでみるのも色々な発見や考え方も出てきて面白いよ。二度目はない場合もあるけど」

 特に自慢げでも嫌味も感じさせず、さらり自然と肯定意見を述べる妻。僕はその言葉と考え方にどれだけ救われて、どれだけ新しい発見があっただろうか。


 僕は今でもゲームや漫画など、極力は内容が微妙でもいきなりは投げ出さないように、そして世間の評価を鵜呑みにしないように注意している。


 必ず一呼吸おいて瞬時に否定と判断せず、長所を意識してそこを中心に楽しみ方の領域を広げるよう努めている。それは遠回りであり、徒労に終わる場合もあるが、決して悪くはない。僕をそんな風に変えてくれたのは、紛れもない妻だった。


(つづく)

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