第21話 究極のメニュー三本紹介

 ジャンルによって意味合いは異なるが、ゲームの遊び始めにおいて、キャラクターやステージ選びは生命線とモチベーションを左右する最重要事項である。


 格闘ゲームであれば、相性の良いキャラクターをいち早く見極め、集い来るライバルや猛者たちより少しでも前へと進むべく、自己研鑽に励まなければならない。

 

 RPGでは、最初のキャラクターメイクやアイテム、パラメーターの振り分けがエンディング到達の可否に大きく影響する場合がある。

 

 かつて、『夜一人では遊ばないでね』と言われたRPGで、ゴリ押しによる序盤の使いやすさと活躍が嘘のように、後半以降に無能と化した仲間キャラがいた。入れ替えもできず、そいつを連れて冒険をすることの苦行に耐えられなくなった僕は、泣く泣くそのゲームをやり直した。


 他にも個人的に言えば、どのゲームも火の属性は序盤向きであり、中盤以降は苦戦を強いられるイメージがあるのは気のせいだろうか。


 今でこそ、ちょっぴり余裕はあるが、小学生の頃にとってゲームセンターで遊ぶ100円玉がいかに貴重だったことか。

 

 難しいアクションやシューティングに挑み、わずか二分足らずで終了して、有価の儚さを思い知らされたときの絶望感と後悔は今でも忘れられない。まさに貨幣は命より重いであり、いかに長く楽しく遊ぶかに情熱を燃やしていた。

 

 それは人生における進路や今後を左右する岐路でも同じことであり、行動する勇気も大事だが、入念なリサーチが必要なのである。


「お待たせいたしました。こちら牛丼の大盛りと、牛丼と味噌汁のセットです」

 と、いうわけで僕と鯨武さんは今、牛丼屋で昼食をとっています。

 

 事の成り行きは十数分前に遡る。


 僕らはポップン・レインボーで互いに数百円分ほどプレイしたあと、店内のゲームを次々と遊んだ。どんなゲームにも興味を示す鯨武さんはとても明朗快活であり、普段の控えめな態度が嘘のようだった。


 次に僕らが遊んだのは【スーパー・ストレートファイターⅡ】だった。通称、スパⅡと呼ばれるこの作品は、対戦格闘ゲームの基礎を築いたシリーズものである。


 本作を皮切りに各メーカーがこぞって派生作品を生み出し、世は格ゲー戦国時代となったのである。


 さて、対戦してみると鯨武さんの腕前は正直微妙だった。基本はボタン連打系の技と溜め技しか使えないようであり、コマンド技は『↓ ↘ →』による簡単な飛び道具が限界だった。


 僕は手加減しつつも遠慮なく勝たせて頂いたのだが、それなりの接待プレイ(?)を楽しんではもらえたのではないだろうか。


 何より途中で『翔竜拳が出せない』と言っていた鯨武さんに、僕は『歩きながら覇道拳(↓ ↘ →)を出すつもりでコマンドを入力してみなよ』と教えた。すると、それにより翔竜拳の出し方のコツを掴めたようで、それをとても喜んでもらえたことが、僕は嬉しかった。


 その後、次々と襲い来るゾンビを迎え撃つガンシューティング【スウィートハウス・デッド】や、今では落ち物パズルの王様である【ぷにょぷにょ】などを遊ぶ。それらと鯨武さんのこれまでの話しを踏まえて、彼女の得意、苦手なゲームの特徴が概ね理解できた。


 鯨武さんは基本、派手なアクションやシューティング、格闘ゲームなどは苦手なこと。やはり、パズルゲームやリズムゲーム、協力プレイで盛り上がれるジャンルにとても興味津々だった。

 

「あの、鯨武さん」

 ひと通りゲームを遊んだ僕らは、休憩がてらに店内のベンチに腰を下ろす。少しして最初に口を開いたのは僕だった。


「ん、何?」

 とても上機嫌そうに答える鯨武さん。彼女の手には、もはや生命源とも思えるミッツサイダーが握られており、飲みながら僕の方を振り返る。


「こ、このあとだけど、良かったら昼御飯でも食べに…いかない?」

 たくさんのゲームを遊んだことで、緊張は殆どほぐれてはいたが、僕はほんの少しだけ勇気を出して鯨武さんを次のステージへと誘った。


 正直、調子にのっていると思われる不安もあったが、少しばかり自信が付いたことも事実である自分がいた。女子に対する苦手意識をここまで克服させてくれた彼女には、感謝しきれない。


「うん、いいよ」

 特に深く考えることもなく、鯨武さんはOKの返事をしてくれた。


 よっしゃあああああああああああああああ!!!!

 僕の心の中では、サッカーゲームでゴールネットを突き破ったような勢いと歓声が挙がっていた。よし、そうと決まれば次の作戦である。


 拒否されなかったことに大喜びの僕は、一気にお調子者へと気持ちが切り替わる。さて、問題は昼御飯をどこに連れて行くかである。


 嬉しくもこれは大きなミッションだった。高校生の財力では、行ける店は限られているが、かと言って定食屋や駄菓子屋へと誘うのは、当然ナンセンスである。これは今まで数々の恋愛経験ゲームで培った知識だが、さすがに間違いではないだろう。


 こんなこともあろうかと、僕は幾つかの食べ物屋を数日前からピックアップしていた。無難なチェーン店ではあるが、【モスドナルドのハンバーガー】【ミセス・ドーナツ】やファミレスはもちろんのこと、お手ごろな値段でパスタが食べられる喫茶店、念のためにうどん・蕎麦屋、少し流行の小洒落たお店など、幅広く情報を収集していた。


「何か食べたい物、行きたいところある?」

「…えっと、じゃあ前から一度、行ってみたかったところがあるの」

 僕はいつでも、こちらからも提案できるような構えで、鯨武さんにリクエストを尋ねると、彼女は意気揚々と返事をしてくれた。



 1999年7月10日(土) 午後12時40分

 とまあ、鯨武さんに誘われて、僕らはゲームセンターから自転車で3分ばかりの牛丼屋(古野屋)のカウンターで肩を並べて座っていた。


 土曜日のお昼時ということもあり、店内は先ほどまで遊んでいたゲームセンターほどではないが、客で賑わっていた。


 ここもまあ、流行の店......かな。店内の壁にはデカデカとポスターで、食欲のそそる新メニューの写真や『100円割引キャンペーン!』の文字と期間が掲載されていた。これらの最新情報は、先日、テレビCMでも見たことあるので時代の流れと情報に乗った店ではある…だが、何かが違うような気もする。


 鯨武さんが臆することなく『牛丼屋に行ってみたい』と僕に告げた時、正直、ほんの一瞬、頭の中がこんがらがって目が『↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → 』に泳いだと思うが、そのあと、逆に気持ちに余裕と落ち着きが生まれた。


 高校生男子ともなれば、近場に牛丼屋があれば行ったことがない者は少ないと思われる。僕も月に1、2回は、同級生や後輩との社交場の一つとして出掛けており、そこはゲームセンター同様、もはや通い慣れた食卓であった。


 初めて入る店であれば緊張もするが、鯨武さんが一緒とはいえ、僕の気持ちはかなりリラックスしていた。でも、誰か知り合いに見られた時はどう説明しようかなと、そんな気持ちの方が強かったりもする。


「鯨武さん、ここにはよく食べに来るの?」

 互いにメニューを注文した直後の待ち時間。僕は質問をする。


「ううん。来るのは初めてだよ。前から一度、店内で食べてみたかったの」

 鯨武さんは楽しそうに語る。その口元は明らかに笑っており、楽しさに満ち溢れていた。


「だって、女の子だけでお店に食べに来るって勇気が要るかなって。明日香や美鈴たちとも、挑戦しようと思ったことはあったんだけど、やっぱり…ね?」

 笑いながらも少し眉をしかめるように僕に語りかけた。


 確かに言われてみればそうかもしれない。

 あまり意識したことないが、店内は家族連れはよく見掛けても、女性ひとり、まして中高生ともなると場違いと言うのは失礼かもしれないが、少しもの珍しいかもしれない。


 仮に僕が自分一人で、ケーキバイキングや女性客の賑わうカフェに行ったと想像すると、その疎外感や不安感も納得できる。


 はく はく…はく はく はく…はく はく はく はく はく……。

 互いの注文の品が届いてから、僕と鯨武さんは無言で目の前の料理を口に運んでいた。


 緊張はしているが、決して会話の話題がないわけではない。食べながら下手に口を開けないだけだった。

 

 ほら、口をモゴモゴしたり、意図せずもクチャクチャと音がしたり、ご飯粒がプイっと出たりしたら…ねぇ?多分、鯨武さんも同じようなことを思っているような気がした。


 僕らはその後、約10分間にも及ぶ『たがいに スキを うかがっている』状態へと突入した。

 


「ねえ、鯨武さんって好きな食べ物って他に何かある?」

 食事も落ち着き、二人でデザートに注文したアイスを食べながら僕は聞く。

 

 以前、少し照れながら『焼きそばの焦げ目がついたキャベツ』と答えた鯨武さん。友達関係とはいえ、若き男女の初めての出掛け先に牛丼屋をリクエストするその度胸、そして毎日のように愛飲するミッツサイダー。


 もはや僕の彼女への興味は、ゲームよりも食生活になびいていた。


「うーんっと…」

 鯨武さんは少し目線を斜めに落としながら考えている。まあ、この質問は一つに絞るのが難しいので、いくつか挙がるだろう。


「あ。百式君って、納豆には何入れる?」

 僕の質問をカウンターでこちらへと切り返す。

 

 まさか急に納豆に入れる物を聞かれるとは思わなかった。そんなの『蝋を溶かした画材の名前の幼稚園児』が登場するアニメでしか聞いたことない。


「えっと…基本は醤油と練りカラシかな。鯨武さんは?」

 少し咄嗟に返すことは出来なかったが、僕は自分の普段の食べ方と併せて、彼女の好みを尋ねた。鯨武さんが納豆が好きなことは、まず間違いない。


「私はね。醤油と砂糖をよく入れるの」

「え?砂糖?砂糖って砂糖?」

 僕は思わず三回繰り返す。いや、納豆に砂糖って明らかに危険な香りがするが、鯨武さんがいうには、粘り気と甘味が増して美味しくなるらしいので、ぜひとも試してほしいと強く推奨した。


 僕にはどう考えても、実戦空手と飛び道具の組み合わせによる、まったく新しい格闘技のようなイメージしか浮かばなかった。


「あと、百式君は、ラッキョウってどうやって食べる?」

 先ほどの納豆の食べ方でさえ、まだ整理しきれていない僕の脳内に次の質問が飛び込んでくる。


「え、ラッキョウに食べ方なんてあるの?味付けとかじゃなくて?」

 僕は質問の意図を確認しつつ、聞き返した。なんだかもう、オラわくわくしてきたぞ。


「あのね。私はラッキョウは、皮を一枚ずつ食べるのが好きなの」

「ほ、ほう。皮を一枚ずつ」

 鯨武さんの謎は、もはやアトランティスの何かより興味深い。以下、彼女の説明を要約すると、このようなことらしい。


 ラッキョウとは、タマネギと同じような皮構造の塊で形成された食べ物である。まず、口の中に入れたラッキョウを、舌の上で横向きに寝かす。


 そして次に、それを歯で、皮一枚分にだけ裂け目を入れる。その裂け目を前歯で軽く挟むように引っ掛けて、舌をくるりと回すことで皮一枚だけが捲り取れる。


 これで準備はOK。あとは残った部分は口の中でキープしつつ、捲り取られた皮だけを吟味するのだ。それの繰り返しである。


 …………その可愛い食べ方を想像するだけで失神しそうだ。僕は、もう何度目かも覚えていない恋心を彼女に抱いた。何気ない振りをしているが、それはもっと、Dang Dang 気になり、心に隠しきれずに、切なく、淋しく…。好きだよ?って言えたら、いいのにね…。


     ◆


―――「納豆に砂糖って、東北地方では普通の食べ方なんだよね」

 僕は、あの時の衝撃を思い返す。


「昔、秋田の親戚の叔母さんに教えてもらったけど、私も最初は驚いたよ」

 由美さんもやはり、最初は僕と同じ感想だったようである。


「ところで、最後数行のトレンディドラマの主題歌みたいな文は何?」

「昔、好きだった、料理で親子喧嘩をするアニメの歌をもじってみた」

 本編にはまったく触れず、そこを気にするのか。


「今日はもう夜遅いし、明日の昼にでも、見直してみるといいよ。編集禁止ね」

 妻は笑いながら、僕に時間を指定して再読を促した。


 ―――後日、僕は足をバタバタさせながら後悔した。


(つづく)

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