第20話 けっきょく何曲、大演奏

 ゲームセンターはどんなときでも、ゲーマーや交流の場を求める者たちを楽しいひと時へといざなってくれる。嬉しかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、まさに喜怒哀楽が待ち受けるドラマの舞台である。


 僕がこの店に通い始めた小学生の頃は、まだ世間でいうゲームセンターは『不良の溜まり場』というイメージが拭い切れない時代だった。

 

 店内のゲームで遊んでいると、筐体という名の群像から奏でられる大合奏に混じり、時折り大きな喧騒や怒号が飛び交うことがあった。


 その度に僕はビクビクしながらも決して逃げることはせず、気配を消して自分だけの世界プレイに没頭していた。


 次は自分が巻き込まれるかもしれないリスクや恐怖に少し怯えながらも、それに勝る好奇心と探求(究)心が、僕をここへと通わせ続けた。


 僕が中学生になった頃、ゲームセンターが取り巻く環境やイメージは徐々に変化を見せた。


 アミューズメント健全な社交場として、明るいイメージが定着するとともに、ほぼゲーマー限定だった客層は、老若男女を問わずに踏み入りやすい場所になったのである。


 近年では、特にカップルや女子同士が遊び求めやすい景品獲得のプライズゲームやシール写真機器が店内に並ぶようになったことで、ゲームセンターはを得たといえよう。


 しかし、時代の変化や改善は世間にとっては良い方向へと導かれたとしても、それがすべての人にとって、最良とは限らない。


 まあ、迷惑という意味ではないのだが、店内に置かれたゲーム機の設置割合が、少しずつだがゲーマー向けではなくなってきているのだ。

 

 僕が通い続けるこの店では、今は格闘ゲームやリズムゲームなどが賑わっているが、伝統あるアクションやシューティングは少しずつその姿を消している。プライズゲームなどの一般人向けのマシンへと移り変わるとともに、生粋のゲーマーたちの居場所が少しずつ失われるのは、些か悲しいものである。



 1999年7月10日(土) 午前10時30分

 ……と、最近までは哀愁に酔いつつも、何だかんだで楽しくやっていた僕ですが、今日は違うのです。いつもの孤独を愛するゲーマーとはララバイなのですよ。しかも一緒にいるのはゲーム女子という、最高のパートナーとこの場に立っているのです。


 人生初のデートでいきなりであった、無言の『ながいたび』は終わり、僕と鯨武さんは、僕の通い慣れた店、ゲームセンター・ロッキーの前に立っていた。ここにさえ来れば、僕のステータスは通常の三倍(推測)となる。


 先ほどまでの僕とは打って変わり、自信に満ちた表情で『じゃあ、行こうか。こっちだよ』と言わんばかりに彼女をリードした。



「あ、導入してないですねー」

 『研修中』と書かれた札を胸につけた男性アルバイト店員は、事務的な話し方で帳簿を見ながら僕に告げた。


『 AC【 超銃兵 Super Gun-Soldier《スーパーガンソルジャー》 】全国で稼働中! 』

どうやらこの地域では、稼動する全国に含まれていなかったようです。


「鯨武さん!ここ、スーパーガンソルないんだって!」

「あ!そうなんだ!」

「……」

「……」


『残念!!あなたの冒険はこれで終わってしまった!』

 いきなり希望と出鼻を挫かれ、会話も途切れた僕の頭の中に流れ浮かぶ、昔、何度も見せられたアドベンチャーゲームのゲームオーバーメッセージ。


 気まずい…。ちょっと考えるか確認すれば分かることじゃないか。自分が注目するゲームだからって、必ず導入されているとは限らないってことぐらい。


 大体、今までファミトゥーに掲載されていた作品で僕が注目していたのは格闘ゲームの人気シリーズばかりなのだから、導入されるのが当然とも言うべき感覚が染み付いていたようだ。どうせここは地方ですよ。


「ご、ごめんよ!鯨武さん、期待させちゃって!」

「いいよ!気にしないで!面白そうなゲームは他にもたくさんありそうだし!」


 鯨武さんの優しさが眩しい。あまりに眩し過ぎて、僕はこのまま光の中に消え去りそうになった気がした。『お金にも経験値にもならない存在でごめんなさい』と心の中で謝りながら。


 僕らは少しの間、店内を歩き回る。何かお奨めのゲームでも誘えばいいだろうかとも考えたのだが、ここは鯨武さんの意見を優先するべく様子を窺うことにした。


 …嘘です。ゲームオーバーが怖くて次に取るべき行動が選べないだけの臆病者です。もう始まってからずっと一言、一行動のたびに好感度が下がる鐘の音が聞こえているような気がしてならないのです。


 そんな、直接言われたわけでもない被害妄想に脳内が白くなりかけたそのときだった。


「ねえ、百式君はあのゲームやったことあるかな!」

「あるよ!これで遊んでみよっか!」

 鯨武さんがひとつのゲームマシンと指差しながら小走りで一台の筐体の前で立ち止まった。ちなみに店内はそこまでうるさくはないのだが、鯨武さんは少し小声であり、僕はあまり近付きすぎないよう、実に微妙な距離を取っていたので、少々ばかり会話が大きくなっていた。


 AC【ポップン・レインボー】 KANOMI 1998年稼動

 通称ポプレ。家庭用ゲームからアーケード作品まで、ゲーム性はもちろんのこと、プレイヤーの心を深く揺さぶる名曲の数々で有名なKANOMI社から出た、リズムゲーム第2弾である。


 リズムゲーム第1弾の【ビート・オタク】こと、通称ビーオタは、リズムゲーム時代を幕開けさせるとともに、ゲームセンターの客層を大きく変えた。ゲームからは離れていた音楽ファン層や『女性にいいところ』を見せるためのツールに利用する男どもがゲームセンターに集うようになった(特に実害はなかったが)。


 僕も一時期はビート・オタクにハマッていたが、話題絶頂だった頃は、店内の狭い通路を防ぐほどの順番待ちと立ち見客に溢れており、落ち着いてプレイできなかったものだ。


 僕はポプレはあまり得意ではないが幸い、近頃は同社の足腰を使用したリズムゲーム第3弾【ダンシング・レボリューション】が、店内の一角を賑わせてパフォーマンスの注目とされているので、まじまじ眺められることはないだろう(見られたい気持ちもあるが)。


「百式君、どっちにする!」

「僕はどっちでもいいよ!」

 僕と鯨武さんは、ポプレの筐体の前で、左右どちらに立とうか声をかけあった。


 このゲームは、立ったままのスタイルでプレイするよう設計されており、およそ30インチのワイド液晶の手前に、七色(赤、オレンジ、黄、緑、水、青、紫)の手のひらサイズの押しボタンが、山谷のように横一列に並べられている。


 ゲームのルールは至ってシンプル。歌と音楽に合わせて七色の音符が画面の上から次々と降ってくるので、それを特定のライン上でタイミングよく同じ色のボタンを押して、良いリズムをキープして高得点を狙うものだ。


 元々はボタン数の多さから、複数人で楽しくプレイすることをコンセプトとしたゲームだったのだが、ソロで楽しむプレイヤーもかなり多く、中にはアシュラ超人のような動きとパフォーマンスでプレイする猛者も稀に見かける。


 近い…鯨武さんとの距離が凄く近く感じる。互いに譲り合いながらも、僕は筐体の右に、そして鯨武さんは左の位置をとったのだが、横幅わずか1メートル弱しかないそのゲーム空間は、必然的にちょっとしたことで体が触れ合いそうだった。


 その気になれば三人でもプレイできるゲームなので、少し互いに端に寄ればいいことなのだが、それだと相手を避けているようで、逆に不自然な感じがする。僕も彼女も動こうとはしなかった。


 そんな緊張は忘れようと、僕は1プレイ200円であるポプレに、二枚の硬貨を投入しようとした。すると鯨武さんも同じ動きをしており、投入口には四枚の硬貨が混雑する。僕は一瞬、戸惑ったが次の行動に移る。

 

「…じゃあ!100円ずつね!」

 少ない脳ミソながらも学んだのか、もうこれ以上は静かな間を作るのに悩むのは嫌になった僕は、鯨武さんに咄嗟に割り勘を提示。それが良い判断かは分からないが、彼女は頷いてくれた。そして互いの硬貨が筐体に吸い込まれる。


 クレジットの起動音が二回響くとともに、『ポップン・レインボ~~~!』という、大音量のタイトルコールが僕らの体に響き届く。


「鯨武さん、ポプレやったことあるの?」

「一度だけ、明日香と美鈴の三人で、遊びに行った先でやったことある!簡単な曲しかできないけど!だからボタン押しは、四つお願いしてもいいかな?」

 どうやら鯨武さんは初心者らしく、七つのボタンの過半数を僕に任せた。ゲームのことで頼られた気がして、嬉しくも責任重大である。


「どの曲にしよう?何か知ってる曲ある?」

 一般向けのゲームモードを選択した僕は、曲の一覧画面で一曲ずつスクロールさせながら、流れる曲のノリなどを鯨武さんに知らせる。


 ポプレはとにかく、タイトルどおりポップな曲が大半を占めているので、どれも明るく前向きなフィーリングで楽しめるのが特徴だ。


「あ、この曲、知ってる!」

 そう言いながら、鯨武さんがひとつの曲に反応した。


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闘気滅気ときめき

SKILL-LEVEL:★★☆☆☆☆☆

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 それは以外な選曲だった。これは同社が出している【ときめきコロシアム】の主題歌である。


 【ときめきコロシアム】 KANOMI 1994年5月27日発売

 古代ローマの剣闘士の養成所を舞台に、若者の男が3年間の訓練生活を送りながら、同じ養成所に通う、女戦士の訓練生アマゾネスたちとの出会いや恋愛を描いたシミュレーションアドベンチャーである。


 発売当初こそ大きな注目はされなかったが、その人気は徐々に高まり、ギャルゲーというジャンルを家庭用ゲーム業界に浸透させるとともに、そのキャラクターグッズは大きな経済効果を巻き起こした。


 当然、僕も一応はプレイ済みだが、どうして鯨武さんがこのゲームを知っているのか、そっちの方が気になって…あ、曲選択が時間切れになった。


 不思議だ。人は共通事項がひとつ増えるだけで、こんなに気分が良くなり、そして安心できるものなのか。


 僕らは初めてガンソル以外のゲームを遊ぶ。一瞬、ロード画面で暗転した液晶に映った鯨武さんは……とても表情がキラキラしていた。それは可愛いく、楽しみとワクワクに満ちた顔だった。



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SKILL-LEVEL:★★☆☆☆☆☆

【ときめきコロシアム】

主題歌:闘気滅気ときめき

作詞:SAPPOU 作曲:金属ユーキ

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隙とか 居合いとか

最初に繰り出したのは どちらなのかしら

賭けぬけて逝く(賭けぬけて逝く) 果たし状 コロシアム


今日もかたきの前で 構え研ぎ澄まして

真紅の血糊は 勝利の証ウィン・マーキング


突撃、死のコンボ


さ・さ・や・き(囁き…!)

き・ら・め・き(煌き…!)

と・き・と・き(闘気闘気…!)

飛び込み斬り!ダイブ・スウィング


穴だけになるまで どこ突いて欲しい?


(Take the Chance)

トドメは上突きじょうづき


(Break Your Heart)

殉じる豪剣


スキルと五感 血と汗に乗せ


(Spell Your Atacck)

報復の呪文


(Hell Your Dive)

唱えなおしたら 今日こそ逝けそう


Last Die me…

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 曲の終了後、小気味よいスコアのカウントアップ音とともに表示される、スコアとクリアメッセージ、そして何とも微妙なスキルランク。

 

 言い訳をすると、プレイ中に何度か僕らの肘同士が接触したのである。決してそれは痛かったり大きな妨げになったわけではないが、僕は凄くビクついてしまったのだ。

 

 たった肘がくっついただけだろと思うかもしれないが、僕にとっては一大センセーションだったのだ。


「あ、鯨武さん、う、腕ごめんね!」

「う、ううん気にしないで!次の曲、何か選んで!」


 僕らはしばらくの間、割り勘でポプレを遊び続けた。


     ◆


―――「肘だけでそんなにドキドキしたんだ?ふーん」

 妻はそう言いながら、僕の肩を肘で軽くグリグリと突いてくる。


「いや、ちょっ、やめ、いえ続けてください。もうちょっと右」

 当時は軽く触れるだけで、あれだけ高揚したのだ。これで手を握ったりさらにその先を経験した日には、ショック死するだろうと思ったほどである。

 

 今ではその時の感触の新鮮味や緊張の記憶は微塵もなく、もう二度と味わえることはないだろう。

 

 純粋だった、あの頃の自分に戻りたいと言うのは我儘かもしれないが、少し憧れもする。


(つづく)

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