第19話 ながいたびが はじまる..

『ごめん、待った?』

『いや。今、来たところだよ』


 誰もが一度(特に男)は憧れるであろう、デートなどの待ち合わせで交わしたい会話、栄えある第一位だと僕は思うのです。


 1999年7月10日(土)

 この世に生を受けて17年。僕の人生にも、ついにこの台詞を言えるチャンスが巡ってきた。もちろん今回のお出かけは、一緒にゲームセンターに遊びに行くという、友達としての付き合いであり、僕と鯨武さんは恋人同士の間柄ではない。だが、あえて言おう!やっぱり無理であると!


 理由を説明しよう。本日のデートの待ち合わせ場所だが、僕は鯨武さんの家からそれなりの距離で、互いに知っている場所として、駅前の人通りがまあまあな場所をチョイスした。


 そこは僕の家からは目的地の反対方向であり、はっきり言って結構な遠回りとなるのだが、一緒に移動する時間を稼ぎたかった。


 待ち合わせの約束は11時。僕は早めに家を出て自転車で待ち合わせ場所へと向かい、スタンバイする予定だった。そして、やって来た鯨武さんと憧れの会話が叶うか否か、そんな緊張を味わいながらヤキモキしたり、待ち合わせの瞬間を周囲の人に見せびらかして(見ているかどうかは問題ではない)、優越感に浸ったりしたかった。しかし…。


 現在、時計の時刻は10時10分、待ち合わせの約束の50分前。

 彼女は既にそこにいた。


 ええ、僕は何度も時計を見直しましたよ。時計が遅れたりしていないか、もしかして約束は10時だったと勘違いしていないか、記憶をわざわざセピア色の映像にして回想しましたよ。

 

「えっと、あ、ごめん、待った?約束、11時だと思ってたんだけど…」

「今、来たところだよ。聞き間違いで10時だったら悪いと思って、早く来たの」

 ビビりながら声を掛ける僕。なんか理想と違うけど、夢が叶いました。


 初めて見る鯨武さんの私服姿はとても新鮮だった。濃色のデニムパンツと爽やかなカラーのポロシャツという、実にカジュアルな格好であり、黒髪のショートカットと相成って、見方によっては中性的で青少年に見えなくもない。


 正直、最初はゴスロリや派手なギャルファッションなど、イメージとかけ離れた服装で現れたらどうしようと思ったが、自分の服装を心配する方が大事である。

 

 『一緒にいて、周りの人に噂とか(同類に)されると恥ずかしいし…』と思われて、待ち合わせ場所と合流からそのまま解散の流れとなっては元も子もない。

 

 幸い、僕も鯨武さんとは似たような服装であり、むしろ僕もこんな服しか持っていないので、バランスは吊り合っていると思う。


 それにしても、当初の予定より一時間近くも早く一緒に出かけられることになった、いきなりのイレギュラーな展開に僕は戸惑ってしまったが、考えてみればそれだけ長く一緒に居られるのだから喜ぶべきだ。


 さて…えっと…。何からどう切り出せばいいのだろうか。デート開始前から最大のピンチが訪れた。

 

 そうだった。僕は、鯨武さんとはいつも『屋上で会う』⇒『サイダーを渡す』⇒『WSでガンソルを遊ぶ』+『雑談』という、一部を除けばそんなルーチンライフしか送ったことがなかった。

 

「あ、今日はよろしくお願いします」

「え…?あ、こちらこそ」

 僕の唐突な挨拶に答えるように、彼女も釣られながら僕らは互いに軽くお辞儀をした。


 傍から見れば、それは『こいつら、今から何かでも始めるのか?』という不可思議な光景だったと思う。と、とにかく何かを話さないといけない。


「こ、今度というか、今もう全国のゲームセンターで、ガンソルの新作でスーパーガンソルが稼動しているらしいよ」

「そうなんだ。ガンソルの新作が出るんだ。今日、行く所にもあるといいね」

 僕はデート開始30秒でいきなり、会話の切り札を放ってしまった。それはシューティングで開始早々に、うっかりボムをすべて使い切ってしまうような愚かな所業である。


「とりあえず…行こうか?」

「そ、そうだね。行こうか」

 鯨武さんは、そんな僕を気遣ってくれたのか、この場を離れることをリードしてくれた。僕らは互いに乗ってきた自転車で移動を開始した。

 

 僕は昔から、二つのことが同時にできない不器用な男だった。それどころかゲーム以外では、一つのことだって集中できないくらい落ち着きがない。


 対戦ゲームの盛り上がりで声を挙げたり、タイミングよければちょっとした話題をふったり、ふられたりして会話するのが精一杯だった。


 さて、そんな僕が自転車を運転するとどうなるだろうか。正解は『ほぼ無言』になるである。


 自転車を運転中、僕と鯨武さんは終始ほとんど静かだった。時折り、鯨武さんの方から『昨日はよく眠れた?』とか『今日はいい天気だね』など話しかけてくれるのだが、僕は生返事しかできなかった。


 これがもっと馴れ親しんだ間柄だったら、それなりに応答する余裕はあるのだが、ゲームを通じての会話という、偏った条件でしか適応していない僕は、大苦戦を強いられた。

 

 また、ゲームセンターから反対方向の場所を待ち合わせにしたことで、二人が過ごす寡黙な時間と空間はさらに延長してしまった。


     ◆


―――「あの時の空気の重さは、今でもよく覚えている」

 妻は笑いを堪えながら思い出していた。


 確かに、デートプランがいきなり自分でも重々承知している短所で裏目に出たのだから、もはや自滅願望と言われても仕方がなかったと思う。


「でも、あの時はきっと、自然と普通の会話ができるだろうと信じていたんだよ」

 僕は自分の考えが甘かったことは認めつつも弁明する。


「分かるよ。私だってあの時は、きっと何とか話は弾むだろうって、根拠のない自信があったから」

 妻も同じ気持ちであったことを話した。


 お互いに人生の初デートでの失敗談が、今ではこうして笑い話になっているのだから、まさに失敗は成功のなんとやら、だろうか。いや、何度も物語の中で話してきたことだが、由美さんの寛容な人間性のおかげであろう。


(つづく)

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