番外編 ライブ・アンド・ライブ
30代半ばを前にして、人生の半分を好きな人と過ごせていることは、とても恵まれていると思う。
自分で自分のことを、愛妻家と言うのは変だと自覚している。自称することは、恥ずかしいかもしれないが、妻に一生を捧げることを誓った身としては、少しはそれを誇りに思っている…つもりである。
無論、それを妻に押し付けているつもりはない。万一、これはあくまで万一だが、妻が別の男性と過ちを犯したとき、自分に愛想を尽かしたとき、そのときが来た場合は潔く身を引く覚悟はしているつもりだ。少し自信はないけど。
相思相愛が続くことに越したことはないが、決して見返りは求めてはいけない。その時は一人でも生きる。あまり自信はないけど。
ある日ふと、妻にそのことを話してみた。別に『嫌になったら別れてもいいからね』とか『浮気されても許すからね』とか言った訳ではない。世間話や夫婦の会話に交えて、それとなく伝えただけである。
え、『もし、私の身に何かあったら、あなたは一人で生きていける?』だって?
それはつまり『先立たれても大丈夫?』という意味でだろうか。
いつかは別れは訪れる。永遠の命はない。それまでにどれだけ時間と思い出を積み重ねるかが大事であり…え、『今日や明日に死んだとしたら』だって?
絶対とは言い切れないが、それはあまりに極端ではないだろうか。いつ死ぬかなんて考え出したらきりがない。え、『それでもとにかく想像してほしい』だって?
どうしたんだろう。今日の妻はいつもより、ねばり強い気がする。分かった。
じゃあ、考えてみるよ。明日、君が不慮の事故で亡くなったと仮定する。
時間にして、僅か二分足らずだったと思う。
君が急に居なくなった世界は真っ暗で、辛くて、悲しい毎日しかなかった。
よく世間では『私の分まで生きて』とか『時間がきっと解決してくれる』などの言葉が溢れているが、あれを貫きとおすことは並大抵のことではない。
正直、今の自分には無理かもしれない。妻の身に何かあったら、生きていけないかもしれない。でも気が小さい自分は、自ら命を絶つこともできないだろう。自暴自棄と無気力で長い時間を過ごすことになりそうだ。
え、『それなら多分、大丈夫だろう』だって?君の言っていることの意味が分からない。そんな謎掛けや気休めはやめてほしい。どうしてそんな……
え、『それだけ想像力があれば、私の身に何かあっても、一人でも前向きに生きる未来もきっと想像できる』だって?
え、『だから、自分の人生は、自分のために捧げることも忘れないでほしい』か…。
冒頭の言葉を少し訂正する。
30代半ばを前にして、人生の半分を好きな人と、そして残りの人生を自分とお互いのために考えながら過ごせることは、とても恵まれていると思う。
(終)
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