第18話 少しは強くなったようですね
「他にも出るだろ!それくらいできないの!?」
まだ幼い小学生の頃、そんなツッコミを入れながら遊んだ格闘ゲームがあった。
その作品は、青年が天下一の武道家を目指して旅に出るRPGで、敵との戦闘は対戦格闘なのだが、壮大な目的を持っておりながら、主人公は最初は、相手の胸を目掛けた突きしか放つことができなかった。しゃがんでの突きや顔面に向けての突き、それどころか蹴りすらできないのである。
各地に散らばる道場で、修行して苦労して、ようやく覚えるしゃがみ突きや中段蹴り。なんで修行しないと、とび蹴りひとつもできないのか?このゲームに限ったことではないが、本作は特にそのモヤモヤの傾向が強かったと思う。
次々と現れる相手は豊富な技で主人公を打ちのめす。その度に主人公は実家に戻り、母親に労いの言葉をかけてもらい、こつこつと修行を重ねて強くなるのだ。
それは、気付くか気付かないか、微々たる角度だが、主人公は確実に修行と成長を繰り返してスパイラルアップをしていく。
主人公のそんな姿にいつしか僕は自分を重ねるようになっていた。新しい技や動きを得るたびに、自分のことのように喜ぶようになっていた。
強引な解釈だが、今の自分にも同じことが言えるかもしれない。ほんの数週間前まで僕は、女子と会話することすらできなかった。仮に声をかけられたとしても、「う、うん」や「お、おう」くらいしか返事が出来なかった。
もしも、自分が恋愛ゲームの主人公だとする。そして女子に「昨日のドラマ見たことある?」という会話パートが発生して、選択肢に「うん」と「いや」しかなく、どちらを選んでも会話がそこで終了したら、プレイヤーはきっと「他に言うことあるだろ!そんなこともできないの!?」とツッコミを入れるに違いない。
今になって、色んな事情や気持ちが分かるような気がした。
女子に対する恐怖心や苦手意識、自身のコンプレックスを少しずつ克服することで小さな積み重ねで成果を得ることができたと実感していた。
と、言ってもそれは鯨武さんのあまりに完成された人間性のおかげであり、少しでも僕をあからさまに拒否したり嫌う態度の女子だったら、今の僕はないだろう。
1999年7月9日(金) 午後6時12分
僕は自室の床に寝転がりつつ、学校帰りに立ち寄った書店で購入したゲーム雑誌を読みながら、上機嫌で過ごしていた。
今の僕ならば、MPが足りなくても舌をペロッと出しながら笑顔で最強の爆発系呪文を出せるかもしれない。そんな根拠のない自信に溢れていた。
上機嫌の理由は言うまでもない。明日、鯨武さんとゲームセンターへ遊びに行くという約束である。
【約束=Promise / プロミス】英訳すると、普段の僕であれば、将来お世話になりたくない『金利が附随する組織』を彷彿とさせる言葉にしか思えないのだが、今はまるで青春を研ぎ澄ましてくれる素晴らしい武具の素材(ミスリルやオリハルコン的な)のように思えた。
先日の屋上での
相変わらず昼休みにWSでガンソルを遊びながら、漫画やゲーム、テレビ番組などの趣味話をする関係が続き、最後のシメに対戦による実力テスト(挑戦)が行われていた。
残念ながらファンタスティック(五連鎖)は、初めての成功以来、僕はなかなか出せずにいた。エクセレント(四連鎖)は、まあまあ出せるようになったのだが、正直、鯨武さんに勝つには、まだまだ火力不足だった。
それにしても、もう結構な本数、ミッツサイダーを奢った気がするな。
僕が対戦モード(三本勝負)で一本も取れなかった場合、鯨武さんにミッツサイダーを翌日に奢るという、不思議なルールが定着化しつつあった。
決して奢るのが嫌という訳でもないし、むしろWSに次いで、僕らの明日を繋ぐ重要事項になりつつあった。
僕は鯨武さんに惚れている(96%)。しかし、ガンソルプレイヤーとして、いつか越えたい目標(2%)でもあり、そしてそれを教えてくれる先生(2%)なのだ。
ちなみに()内のパーセンテージは、僕の彼女に対する思いの割合です。誰にも出すつもりはないが、テストの出題範囲ですので覚えておくように。
僕と鯨武さんの関係は今、どの位置なのだろう。出会ってから日を追うごとに、彼女の気持ちばかりを考えてしまう。
焦ってはいけないし、自惚れてもいけない。だけど、『微々たるも友達以上』な間柄になりつつあると信じたかった。
恋愛シミュレーションみたいに、視界の隅にマルチウィンドウとともに顔マーク、メーター、数値など何でも良いので好感度が表示されれば、どれだけ恋愛は楽だろうか。
世界にはきっと、僕と同じシステムの誕生を願う小心者が、二億四千万人はいるだろう。そして、その開発に挑む八人の狼たち。
しばらく頭の中で、身近な人にはあまり理解してもらえないゲームネタ劇場を繰り返しつつ、ゲーム雑誌を流し読みしていたその時、視界に飛び込んだ一つの記事が、僕を一気に現実へと引き戻した。
【週刊Fami-Too】(ファミトゥー)
1986年に創刊された総合ゲーム情報誌。もう十年以上も愛読している雑誌である。
最新ゲームの情報や攻略記事、業界の動向はもちろんのこと、個性あふれる編集部の面々による、真面目な考察や馬鹿馬鹿しい企画などが盛りだくさん。
他にも総合情報誌と銘打つだけあり、流行の音楽や映画、漫画やアニメ、さらにアイドルやお菓子など、様々な文化や流行を幅広く取扱い、それらを絞ったポイントで掲載していた。
もちろん時と必要に応じては、他のゲーム雑誌も不定期ながら購読しており、それぞれの雑誌が持つ魅力や特徴を楽しんでいるが、毎号ほとんど欠かさないのはファミトゥーだけだった。
…みんなで回し読みをして喜びを共有した、大作ゲームの速報や特集記事。
…わくわくして試した、今ならバグの一言で片付けられそうな些細な裏技。
…息は合っていなくても、傍らで読みながら操作や行動を指示した攻略記事。
楽しい思い出、辛かった思い出、ファミトゥーはどんな時もゲームとともに僕を支えてくれた相棒であり、同じ時間を刻みながら、ふと当時を思い出させてくれる日記帳でもある。
さて、少し思い出に浸り過ぎたが、今、手元にあるファミトゥーの今週号に掲載されている、最新アーケードゲームの紹介ページに、僕の興味と集中力は一気に注がれた。
AC【 超
シンプルだけど奥深い、ワンダ・スワンで大人気のあの中毒性の高い戦争パズルが、早くもアーケードに登場だ!!
大画面による興奮と迫力はモチのロン(古い)。ルールやゲーム性も装い賑やかにパワーアップして帰ってきたんだ!
これまでの対戦ルールに加えて、新たに搭載された協力プレイモードでは、二つのカーソルを同一画面で操作して、パートナーと一緒に様々なピンチを乗り越えてスペシャルコンボを決めよう!この夏は家でも外でも街中でも、繋いで消しまくっちゃおう! (紹介文:ボンタコス矢吹)
ファミトゥー編集者によって、ノリノリで書かれたガンソルの新作情報記事を見て、僕の興奮はしばらく収まらなかった。
アーケードの新作紹介でパズルゲームの記事にこれほど熱狂したのは初めてかもしれない。元々、僕はパズルゲームは苦手なので、格闘ゲームやアクション、シューティング以外の記事に興味を持つことは珍しかった。
何より、注目すべき点はふたつあった。
一つはもちろん、ガンソルの新作ということだ。鯨武さんが大好きな作品であり、僕もハマッていること。これだけでも僕らの楽しみと共通話題として、会話の幅を広げてくれることは間違いなかった。
そしてもう一つは、記事の一番右上に書かれた『全国で稼働中!』の文字だ。
もしかしたら、明日一緒に出掛けるゲームセンターに、もう置かれているかもしれない。それならば二人で一緒に遊べるかもしれない。
机に向かった僕は、引き出しから『人生初デートプラン』と書かれた用紙を取り出して、急遽予定を編集し直した。
ここ数日、僕はない知恵を振り絞り、待ち合わせ先からゲームセンターへ向かう途中までのルートや会話の題(箇条書き)、遊んだあとの昼食(お手ごろ価格なパスタ店や喫茶店)、そして運と偶然とタイミング、そして奇跡とチャンスがあれば、こ、こ、告白とかできるかも?と考えていた(告白以上の展開は、かなりの妄想につき割愛)。
とにかく明日が楽しみだ。僕は思いがけない吉報に感謝と期待を込める。どうか明日の僕に勇気と結果をくださいと祈りながら、その夜は何度も新作ガンソルの記事を読み返した。
―――『ちなみに由美さんは、デートの前日はどんな気分だった?』
当時の心躍りのを意気揚々と語りながら僕は、当時の心境を妻に訊ねた。
「うーん、正直、重かったかな?初めてのデートだったし、今でもよく覚えてる」
妻は静かに、視線を斜めに落とすように語った。
意外な言葉だった。確かに誰もがワクワクするとは限らないし、緊張やプレッシャーで一杯だったのかもしれない。
僕の好意に気付いており、それが自身の責任として、重く圧し掛かっていたのだろうか。僕はそこに触れてしまったことを少し後悔する。
「二日目だったのだよ」
「え?」
再び口を開いた妻に思わず僕は聞き返す。
「実はね。デートの前日の夕方に生理がきてね。つまりデート当日は、最も辛い二日目だったのだよ」
………僕は妻の言葉に放心する。女性というのは、一般的に一ヶ月の内、四分の一近くはその現象を過ごさなければならない生き物であり、男性には分からぬ苦労と義務を背負っている。
妻はよく、生理をボクシングに例える。
本人曰く、初日はライト級だが、二日目は一気に階級が上がりヘビー級になるとのこと。その重さと破壊力は多種多様な意味で『一撃K.O』らしい。
そこから日ごとに階級は下がり、最終日にはグラスジョー、そしてリングを去る運びとなるが、翌月にはまた、三角の荒野に帰ってくるという話を聞いて以来、僕は女性の偉大さに頭が下がる一方である。
「つまりデート前日と当日ともに、私は心身ともに凄かったのだよ」
「お、お疲れ様でした」
当時の妻を思うと、僕は敬意を払うことしかできなかった。
「それに、凄く楽しみだったし…さ」
妻は僕を一瞬だけ見て、ポツリと呟き目をそらした。
(つづく)
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