第17話 W・I・N・N・E・R(後編)
ゲームで遊んでいると、自分の腕前では、普段は絶対に勝てないほどの強敵が登場する場合がある。しかし、ごく稀に何かのタイミングかバグか。ありえないチャンスが巡ってきてクリアできることもある。
たとえば格闘ゲームであれば、極悪な動きやスピード、技のラッシュで隙すら与えてくれないボスがいるとする。しかし、もののはずみでパターンにハマりあっさり倒せることがあるのだ。
格闘ゲームに限らず、アクション、RPG、SLG、スポーツなど、ジャンルを問わず、その千載一遇のチャンスは起こり得る。今の僕がまさにその状況なのかもしれない。
僕と鯨武さんは紙コップでミッツサイダーを乾杯してから、静かな空気の中で黙々とガンソルをプレイしていた。
鯨武さんはあれ以降、特に変わった様子はないように思えるが、僕の方は気持ちが大きく揺れ動いていた。
この屋上で出会って二週間、そして一緒にWSを遊び始めて五日目、まだまだ短い期間ではあるが、僕の中でひとつの行動、選択肢が芽生えてしまった。
好きですと告白しますか? ⇒はい いいえ
それは二人の関係を始めるか終わらせるか、究極の選択肢である。
下手に傷つくより、友達のまま卒業まで過ごしす方がよいのではないか?
卒業近くまで控えて、最後に潔く告白するべきではないか?
正しい答えや時期があるかも分からない、様々な選択肢や覚悟。少し前に葛藤したばかりである。何より先日、鯨武さんの友人、明日香さんと美鈴さんが話していたことも僕の背中を無駄に後押ししていた。
『最近、由美とても楽しそうだよね』
『あの子、ゲーム好きだけどじっくり遊んでくれる友達はいなかったから』
『というわけで、百式君。君にはチャンスがあるかも』
確証ある言葉でないことは重々承知している。期待などしてはいけないと分かっていても僕はその可能性を都合よく、前向きに捉えようとしていた。
「あのさ、鯨武さん…」
僕らはしばらく、ガンソルのスコアアタックモードを無言で遊んでいたが、遂に痺れを切らしてしまった僕は、一瞬だけ彼女の方を見て声をかけた。
「ん、何?」
鯨武さんは、先ほどまでの動揺が嘘のようにいつもの調子で、落ち着いていた様子で返事をしてくれた。
「……」
しかし、僕から次の言葉は出なかった。頭の中ではゲームの選択肢のように『告白しますか?』と表示されている。そして僕は『はい』を選択する。だけど何が僕をそうさせるのか、頭の中で『本当に告白しますか?』という選択肢が現れるのだ。何度『はい』を選んでも、何度『はい』を選んでも、何度『はい』を選んでも、次の言葉が出てこない、次の展開へと進まないのだ。
「今日はブレイクモードで対戦しない?そろそろ一本は取れそうな気がするんだ」
いつもどおり対戦の申し込みをする僕に鯨武さんは、「うん」という、小さな声で縦に頷く。そして僕はさらに言葉を続ける。
「そ、それでさ、もし僕が一本でも取れたら…なんだけど…」
僕は自分の持っている限りのMPをすべて振り絞り、最強呪文を唱えるべく気合を入れる。そして…
「こ、今度の土曜か日曜日に、一緒にゲームセンターとか行かない?」
僕はどんな顔をしていたか分からない。もしかすると気合が入り過ぎて赤面していたかもしれないし、緊張のあまりにやけていたかもしれない。
今の僕には、まだ告白する覚悟も勇気もなかった。だけど、このままでは終わりたくない。次へと進むための行動からだけは逃げたくなかった。
それは高校三年生という少ない時間の焦り、童貞がゆえの勢いや下心もあるさ。でも僕は鯨武さんが好きだ。丁寧には説明できないが、彼女と友達以上になりたいと思い直した。
僕の一世一代の(現段階での)申し出に鯨武さんはキョトンとしている。きっと彼女にとっても予想外の提案だったのだろう。もしかすると、僕はとんでもないことを言ってしまったのではないかと、今更ながら後悔しそうになる。
「うん。分かった。じゃあ、今日は……手加減してあげようかな?」
鯨武さんの微笑混じりの返事に、次は僕の方がキョトンとしてしまった。えっと、それってつまり。つまりはそういうことだよね?僕は彼女のその心と解釈を何度も頭の中で答え合わせしなおした。
そして、僕の今後の運命(?)を決める【
学校の屋上…といっても、校舎の一部が突出した部分で面積はわずか十数メートル四方。その片隅だけに響き流れる二台のWSから流れる軽快なBGMとSE、そして僕と鯨武さんの操作キーを弾く音。誰にも聞かれたくない、そして見られたくない僕たちだけの真剣勝負。そんな約8分間はあっと言う間に過ぎ去った。
……………………………………
「参りました!やっぱり強いな、鯨武さんは」
僕は清々しい声で言う。以前は対戦で4分程度しか持たなかったが、今回は倍近くの時間を善戦することができた。しかし、結果は残念なものに終わった。
鯨武さんは手加減すると言っていたが、明らかにそのプレイは全力を出していた。でも僕は、特にそのことに憤りや不満は感じない。仮に手加減されて勝っても、ゲーマーとしては不本意であったことに遅まきながら気が付いた。
「ねえ、百式君。私が勝ったから、ひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」
WSの電源を切った鯨武さんが僕の方を向く。なんだろう。彼女の表情は、今まで見たことがない、笑ってはいるけど少し上目遣いで小意地悪な表情に見えた。
そして鯨武さんは、軽く咳払いしてこう僕に告げた。
「今度の土曜日、ゲームセンター連れて行ってくれない?」
勝者の言うことに誰が逆らおうか。僕は彼女にしてやられたと思った。
◆
―――「あの演出も友人たちの入れ知恵だったの?」
僕はあの時の逆デートの誘いについて妻に質問する。
「いや、あれはその場の勢いで考えた私のアイデアだったかな。急に意地悪っぽいことがしたくなった」
妻は少し笑いながら、だけど頬を軽く掻きながら照れつつ話した。
「ある意味、質の悪いシナリオだったと思うよ」
僕は正直、全力で叩き潰された瞬間、最初は気を持たしておきながら途中で『やっぱりこの人とは出かけたくない』と気が変わったのだと本気で思った。
「でもその分、嬉しさも倍増だったでしょう?」
妻は得意気に言う。でも確かに、あの意地悪は今でも忘れられない思い出の一つである。
「ついでに聞くけど、もしあの時にデートの誘いじゃなくて、ストレートに告白していたら、OKだった?僕のことをそういう対象で見てくれていたの?」
僕はここぞとばかりに妻に聞いた。
「………どうだろうね?」
妻はあの時のような、小意地悪な笑顔で質問をはぐらかした。
(つづく)
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