第1話失意のパーティ

雨が降っていた。


冷たい墓石を、雨粒が静かに濡らしている。

墓石には、こう書かれていた。

「偉大な勇者、ここに眠る」

その文字を、じっと見つめている少年がいる。

歳は成人前といったところか。端正な顔立ちだが、まだ少し幼さが残っている。

だが、その目は暗く沈んでいる。

暗く沈んだ目で、ただただ墓石を見つめている。

傘も刺さず、長いことその場に立ち尽くしていることを、濡れきった衣服が表している。


少年は、動かない。

まるで世界の終わりが来るまで、そこを動かないかのように、微動だにしなかった。

だが……

「代わりに……」

小さくそうつぶやくと、ゆっくりと少年は動き出す。

「僕が、代わりに……」

ふらふらと宙に浮いたような足取りで、少年は雨の中歩き出した。

街がある方ではない。

森や山しかないような、人里離れた場所しかないような方向だった。


少年は、一度だけ振り返った。

唇を、血が滲むほど噛み締めていた。

また少年は、歩きだす。

もう、振り返ることはなかった。

雫が数滴落ちた。

それが雨以外のものだったことを、少年以外知ることはない……






海洋都市・ダイン。

貿易で賑わっている、世界トップクラスの商業国家である。

大規模な港には、冒険者を乗せた船も数多く到着する。

中心部の酒場は、彼らが情報交換や武勇伝の披露に勤しむ場だった。


「いつまでそうしてるんだい?」

酒場の店主は、店の端のテーブルで飲んでいる一団にそう声をかける。

本来書き入れ時であるはずの時間でも他に客はいないため、店主がカウンターから声をかけても、充分に届くくらい店は閑散としていた。

「……世界が、終わるまで」

そう答えたのは、いかにも魔法使いです、と主張するような帽子を被っている女性だ。名前であろう、「ニナ」という文字が、可愛らしく書かれている。

帽子から出ている緑色の髪は、この国では珍しい。整った目鼻立ちをしているが、どこか世捨て人のような空気を出していた。


「じゃあ、もうすぐだな」

そういったのは、向かいに座っていた、屈強な戦士だった。鋼のように鍛え上げられた肉体が、衣服越しにも存在を主張している。


ニナはジロッと、向かいに座っている仲間・レオンを睨んだ。

やれやれとレオンは肩をすくめ、それ以上何も言わなかった。


店の店主は、そのやり取りを見て、少しため息をつくとカウンターの奥に引っ込んだ。

沈黙が、店内を包む。


「みんな、私たちにまだ、期待してるのかな……」

ニナがボソッと呟く。

レオンは

「多分な」

そう短く返した。


また、沈黙が訪れる。

「無理だよ……」

絞り出すかのような声だった。

レオンは何も言わず、テーブルの上に残っていた麦酒を一口飲んだ。


彼らは、勇者のパーティーだった。

世界中を、勇者とともに周り、共に戦った歴戦の戦士。

ニナも、レオンも、勇者のために命を使うことを決意していた。

勇者より後に、死ぬつもりは無かった。


「なんで、あのとき、私達を逃したの……」

ニナは、勇者が死んだ一年前を何度も思い出す。

敗北が決定的ななった瞬間、勇者はニナたちを強制的に転移させた。

自らを犠牲にし、仲間たちを救ったのだ。


ニナたちは、敵わないならば、勇者と共に戦って死にたかった。

命を捨てる覚悟はできていた。

だが、ニナたちは残されてしまった。

勇者のいない世界に、残されてしまった。


世界は、ニナたちが魔王と戦うことを期待している。

だが、戦った彼らだから分かるのだ。

「勇者」無しに、魔王は倒せないことが。


勇者が死んだ日から、1年。

ニナとレオンは、勇者と出会ったこの酒場にいる。

そこにいれば、出会った日のように、あの優しい笑顔で店に入ってくるんじゃないか。

そんな淡い期待を、二人は持っていた。

ありえないことと、理解してなお、思わずにはいられなかった。


ふいに、ドアが開く音がする。

ニナとレオンは、扉の方に目を向ける。わずかな期待をこめて。


だが、そこにいたのは勇者ではなかった。

銀色の髪に、わずかに黒が走っているのが目につく。青年というよりは、少年というべきか。


少年は、真っ直ぐニナたちの方に向かってきた。

「何か用かい?」

レオンは、面倒だということを隠さない態度で、少年にそう尋ねる。

「……」

少年は答えない。

すでに少年に興味を失っていたニナだが、ここでもう一度少年に視線を向けた。


目が、あった。

(似ている……?)

容姿的には似ている要素は無いのに、ニナはなぜか勇者に似ていると感じていた。

雰囲気が、そんな曖昧な理由しか答えられないが、ニナは確かにそう感じていた。


レオンも同じなのだろう。驚きを持って、少年の顔を見つめている。


二人の視線が自分に集まっていることを確認して、少年は口を開く。


「魔王を倒したい。力を貸してくれ」


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勇者のいない世界で @hosome252

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