不確かな記憶

 プールを後にした子どもたちは近くのコンビニエンスストアの駐車場でアイスを買い食いしていた。

 この日の気温はすでに三十度以上に達しており、彼らは熱した鉄板のようになったアスファルトを避けるように身を寄せあって建物の陰へと集まり、ひっきりなしにやってくる軽乗用車に駐車スペースをゆずっている。

 先ほどの施設内にもアイスの買える自動販売機がないわけでもなかったのだが、田舎の公共施設の自販機の品ぞろえというのは往々にしてセンスがなく、帰りがけの利用なら極力避けるべきであることを彼らはとうに知っていた。

「まったく、あんたたちの魂胆なんて最初からお見通しだっていうのよ」

 香枝が食べ終わったアイスの棒で恭輔を指した。表情は不満げなふくれ面である。

 総勢十名にもなる子どもたちであったが、すでに誰ひとり彼女の挑発に耳を傾けるものなどいなかった。香枝は勝気で強がりで、ともすれば嫌みな少女でさえあったが、こう何度も失神しては介抱されを繰り返すこの少女から、いまさら何を言われたところでもはや気にさえ止まらない。

 彼らから少し離れたところでは長距離トラックの運転手が車内のエアコンをかけたままグースカ寝息を立てており、背後では縞々の制服を着た店員がレジ後ろの小窓から子どもたちの様子をちらちらうかがう。

 無視されて気を悪くした香枝はふんと鼻を鳴らした。

「み、みんなもっと仲良くしようよ」みづきが見かねて言う。

「別にあたしはこいつらと仲良くしたいなんて言ってないんですけど」

「そんなこと言わないで、ほら、今晩お祭り行ったらさ、みんなで記念写真撮ろう」

 みづきが大事なカメラを持ちあげてレンズを覗き込むジェスチャーをしてみせた。

「待って、あたしはまだ一緒に行くとは言ってないわよ」

「まあそう言いなさんな、ぜ~んぶ恭ちゃんのおごりだよ」

 そう言ったのは芽依である。

「全部!?本当に?」

「おい待て、そこまでは言ってねぇ」

 恭輔はたまらず会話を遮る。

「おい恭輔」

 いまだ紹介の機会さえ与えられていない不幸なモブキャラ三人が恭輔の耳を引っ張って自分たちの方へ引き寄せると、いっせいに彼へと向かって詰め寄った。

「なんだよお前ら」

「お前本気で女子と遊ぶつもりか?」

 戸惑った様子の恭輔に三人のうちの一人が小声でささやくように言う。

「文句あんのか」

「大有りだ」三人は綺麗に口をそろえた。

「とにかく女子と遊ぶなら俺たちとは別行動だ」

「ガキかよお前ら」

 異性としての女子を意識し始めるのはこの年代の子どもにとって自然なことだ。私も彼らと同じくらいの年代の頃には女の子と一緒にいるだけで照れくさいやら気恥ずかしいやら、なんとはなしにもやもやした気持ちになったものだ。もしクラスの誰かに見られでもしたらと考えただけでも恐ろしかっただろう。

「リセは行くだろ?」

「行く」

 二つ返事で答える利正。恭輔について行けばまた意中のみづきと一緒にいられるのだ。

「赤澤は?」

「俺も別行動だ。お前に付き合うとろくな目に遭わない」

 赤澤はTシャツの袖から片方の手を入れて二の腕をコリコリとやりながらもしっかりと嫌みを言った。

「てめぇ、言ってくれるじゃんかよ」

 恭輔は喧嘩を買おうと言わんばかりに力を入れたが、今度は背後から香枝に引っ張られて無理やり視線を別方向へと向けさせられた。

「ねえねえちょっとあれ見てよ」

 恭輔が目を向けるとコンビニの前の道路の反対側の道を二人の大人の男女が楽しげに談笑しながら通過していくところだった。男の方は彼にも見覚えがある。

「あれ先生だ」

「ええ!!」

 一同が身を乗り出して私ともう一人の女性に目をやる。

「一緒にいる女は?」

「若い」

「うそ!」

「援交?」

「不倫か」

 反応はそれぞれである。驚いているもの、面白がっているもの、不安に思っているもの、怖いとさえ感じているもの。

(あれ?)

 子供たちの中で利正は密かに首をひねっていた。

(どっかで見たことある)

 彼らの多くはその光景を自分たちの担任である私を基点に眺めていたが、利正はむしろ相手の若い女の方を見てそう思った。

「おいお前写真撮っとけ」

「え…」

 恭輔は完全に面白がっており、カメラを持っているみづきに証拠を取るよう指図する。

 ところがみづきはひどく動揺した様子でうろたえているばかりでシャッターを切る様子が無い。体も震えているようだった。

「ちょっと命令しないでよ。あんたが撮ればいいじゃない」

 みづきの異常に気がついた香枝が助け船を出すつもりで言う。

「携帯持ってねぇんだよ」

「それ自業自得だから」

「待って、どっかに行っちゃうよ」芽依が興味深々な様子で言う。

「追いかけましょう」

「追いかけようぜ」

 香枝と恭輔が先陣を切って飛び出そうとするとそれを制止しようとする声が上がる。

「やめろよぉ、止した方がいいよ」と言ったのは男子の内の一人。

「そうだよ、先生にもプライバシーがあるよ」

 山内美桜もそう言って香枝たちを通せんぼうして説得しようと試みる。

「何言ってんのよあんたたち。面白いのはこれからじゃない」

 香枝はもう気になって気になってうずうずしている。案外恭輔と香枝は気が合うというか、相性がいいのかもしれない。

「のろ子は行くだろ?」恭輔が尋ねる。

「もち」

「のろちゃんも行くんだから、ね?」

 美桜を説得し始める香枝。

「嫌だ嫌だ、私絶対に行かない」

 美桜はほとんど泣き出しそうな顔になっている。

「俺も帰るぜ」

 赤澤も乗り出した姿勢を元に戻した。いつものように深入りはしない主義を通すつもりだ。去り際に彼は恭輔の耳元へと口を近づけた。

「ろ・く・な・め・に・あ・わ・な・い」

「てめえ、いちいちつっかかんなよ!」

 声を荒げる恭輔。

「じゃあ俺たちも、なあ」

 三人の男子たちも赤澤にならって別行動を示し合わせた。

「行くんだよ!来ねぇとマジでお前らぶっ飛ばすぞ」

「もぉ行きたい人だけでいいでしょ。ほらもう行っちゃうから!」

「恭ちゃん早く」

「くそ、お前ら覚えてろよ」

 香枝と芽依がせかすので、恭輔はしぶしぶ捨て台詞を吐いて尾行を開始する。

「リセ!」

 恭輔が呼ぶと利正はうなずいて、まだ行動を選択していないみづきを見る。

「花谷さんは?」

「あ…、あたしはいいや」

 みづきの言葉を聞いた利正は、内心残念に思いながらも彼女に背を向けて走り出した。




 彼らの通う市立槇志野小学校の高学年の児童で「花谷みづき」という名前に心当たりのない者を探すのは一苦労だろう。

 それというのも去年の夏休み、この小さな片田舎の町を騒然とさせた、あの忌まわしい脱線事故の影響だ。

 その当時、とりたてて大きなニュースが無かったこととも相まって、たった一人の犠牲者しか出さなかったこの不幸な事故は、一週間にもわたって新聞やワイドショーの一面を飾った。

 繰り返しになるがこれは夏休み中の出来事だ。塾の夏期講習にでも行っていれば話は別だが、一般的に休みの期間中には子どもたちは暇をしていてテレビのニュースに触れる機会も多い。また、大勢の記者たちが町を訪れ、同じ小学校に通っているという理由でたくさんの児童が彼らから質問攻めにあったと聞いている。

 さらにそんなひと夏の喧騒が終わっていざ二学期になってみれば、今度は始業式の場を借りて「花谷みづきさん」のための追悼式まで開かれて、彼らの中には人生で初めて黙とうを経験したという子も多かっただろう。

 それだけ印象的なニュースであったにもかかわらず、今この場にいる子供たち全員が、この「花谷みづき」なんていう覚えやすい名前をたった一年の間に忘れてしまうはずが無い。

 いつか私が芽依に「花谷と一緒に帰ったのか」と尋ねたときにも、彼女は花谷のことを「去年死んじゃった子」と表現した。それは少なくともこの樫谷芽依については「去年死んじゃった子」のことを覚えているという証拠に他ならず、「花谷さん」、「みづきちゃん」などという固有名詞が飛び交っている現在の状況は芽依にとっては通常不自然で、不気味なものであるはずだ。

 芽依に何らかの記憶障害があるという仮説を捨てるとすれば、彼女はやはり「終業式の幽霊」の霊的エネルギーによって記憶に混乱をきたしていると考えてよいだろう。もう一つ可能性があるとすれば、それは芽依が本物の間抜けであるという線なのだ。

 芽依以外の子どもたちにも同様に霊的エネルギーの影響が及んでおり、記憶が混濁しているのだと考えれば、これは彼らのクラス担任である私にとって大きな問題であると言える。なぜならこの「終業式の幽霊」のうわさとは、子どもたちをあの世に連れて行ってしまうという内容のうわさなのだから。


―もしその子に写真を撮られてしまったら、その子の思い出にされちゃうんだって。思い出にされて、その子と一緒に〝あっちの世界〟に連れて行かれちゃうんだって―。


 終業式に日の夕方、芽依と私がはじめてみづきを目撃したあの日、私は芽依を見殺しにした。あの子はみづきに写真を撮られ、文字通り連れて行かれたのだ。結局芽依が絶命することはなかったが、その理由はまだはっきりしておらず、これからそうならないという保証もない。

 私はあのときどうして何もできなかったのだろう。私はあの晩、芽依が連れて行かれたあの晩に感じた後悔を決して忘れない。だからもし今度同じことが起こったら必ず子どもたちをあの悪霊の魔の手から救ってみせる。私はそう決意していた。

 たとえどんないたいけな、可哀そうな子どもの霊だったとしても、私の生徒をきっとあの晩殺すつもりだったあの少女の霊を、教師として、そして一人の人間として、私は決して許してはいけないのだ。

 夏休みに入った今、どうして再びみづきが現れたのか、そんなことはこの際どうだって良い。現にあの憎むべき悪霊が私の生徒に手を出している。ぬけぬけと友達を装って彼らに近づき、きっとこれから殺すつもりに違いない。

 私は焦っていた。




「先生、あれ教え子さんじゃないですか?」

 背後から子供たちが四人一列に並んでついてくる。相手の女性が指摘するので、ちらりと横目をやるとそのうち一人が芽依だとわかる。あの子はシルエットが独特なのだ。

「気がつかないふりをしましょう」

「ええ!?」

「ほら、振り向かないでまっすぐ歩いてください。たとえ目があっても相手にしちゃダメです」

 私と女性が早足になる。すると後方で「気付かれた」とか「逃がすもんですか」などという声が聞えてくる。私と女性が駆け足になった。

「リセ、プランAだ」

「知らん」

「恭ちゃんが毎時100キロに加速して回り込む」

「あんたそんなに足速いの?」

「それほどでもないぜ」

 恭輔は短距離走なら学年一のスピードを誇る。突然加速した恭輔があっという間に運動不足の大人二人を追い越して、私たちの前で仁王立ちしてみせた。

「もお、何なんだよお前たちは。夏休みなんだからお前らとは赤の他人だぞ」

 私が息を切らしていると女の子二人が詰め寄ってくる。

「ダメ~。今だけ登校日だよ~ん」

「先生、私は見過ごすことができません。これは明らかな犯罪行為です」

「俺が何をしたっていうんだ」

「不純異性交遊ですよ。それとも援助交際ですか?不倫関係ですか?」

 そう言って香枝が私の腕に絡みつく。もちろん相手の女性は成人しているし、私自身も独身だ。それから念のため断っておけば、私とこの女性が交際関係にあるという事実も今のところ存在しない。

「放せ、これから大事な用があるんだ」

「はっ!もしかしてこれから心中するんですか」

「どうして俺が死ななきゃならない」

 香枝をどうにか振り払う。

「あはははは、あーおかしい」

 相手の女性が笑い出し、四人の子供たちが女性の方に向き直る。

 二十代後半くらいと思しきその女性は右目をこすると「んん?」などとつぶやいて腰をかがめた。視線は恭輔と利正を向いている。

「ああ!君たちはこの間の!!」

 女性が大口を開けて男子二人を指差す。すると利正が思い出したように女性に指をさした。

「あー!本屋で会った」

 恭輔と利正は肝試しの日の昼過ぎ、繁華街の書店でこの女性に出会っていた。もっとも恭輔の方はあまり覚えていないらしく「誰だ誰だ」と利正に小声で聞いている。

「誰だとは失礼な」

「ほら、この間の、ツンデレの」

「!?あのときのツンデレか!」

 ようやく思い出しだ恭輔がそう叫ぶと女子二人は訳がわからないという面持ちで顔を合わせた。

「なんだその覚え方はー」

 女性は恭輔の頭をスパンと叩いてこほんと咳払いする。

「あたしの名前は花谷はなたに土佐尾とさお。職業は一応カメラマン。といっても仕事はほとんどないけどね」

「花谷?」

 利正がもしやと思って復唱すると、芽依はニヤニヤしながら「みづきちゃんと一緒だね」と言った。

「あれ君たち、みづきのお友達?」

「はい…、えっ、じゃあひょっとして…!?」

「みづきはあたしの娘だよ」

「ええ!?」

 どうも面倒なことになったな、私はそう思った。




 花谷みづきという少女は昨年の夏に亡くなった。だが、というのも妙な話なのだが、彼女の両親は今も健在である。もっとも両親は既に離婚しており、父親は都会の商社に勤めているという話だが。

 実は私はこの日、子供たちを脅かしている悪霊、花谷みづきの調査のため、彼女の母親である彼女に連絡をつけて、みづきに関する事情を根掘り葉掘り聞いていた。

 敵を倒すためにはまず敵を知ることだ。娘が亡くなって間もない母親にこんなことを頼むのは正直気が引けたのだが、実際に会ってみると彼女は非常に気さくな人柄で、聞いてもいないようなことを自分からほいほい話してくれさえした。察するに彼女は悲しみにふさぎ込むタイプというのではなく、楽しかった思い出を誰かに聞いてもらいたいというタイプのようだった。

 もちろん私もその話を「亡くなった娘さんの話」として聞いていた。というよりもそうせざるを得ない。霊的エネルギーの影響を受けていない彼女にとってみづきはすでに亡くなった娘でしかない。

 それだけに花谷みづきを「生きた人間」だと思っている芽依たちの登場は、この場にはふさわしくない。話がこじれてしまう。

 私は焦った。

「おい加賀」

「はい」

 私が肩を怒らせて言うので普段ため口の恭輔もシャキッと返事をする。

「お前も懲りない奴だな。まだ柚木さんにちょっかい出しているのか」

 私は話をそらすため、恭輔に対してこのように指摘した。だがこの話題の切り替えは流石に不自然だったらしく、土佐尾が間を取り持った。

「まあまあ先生、事情は知りませんけどせっかくの夏休みなんだから、無礼講無礼講。ほら、赤の他人なんですよね?」

「いえ、赤の担任です」

 変な間が開いた。

(ほら~、香枝たんがお邪魔するから先生怒って変になっちゃったよ~)

(あたし?のろちゃんだっておっかけようって言わなかったっけ?)

(言ってないよ~)

 女子二人がひそひそと責任のなすりつけ合いをはじめたが、すぐに香枝が心を決めたように力を込めて私に立ち向かってきた。

「先生、私たちあれからちゃんと仲直りしたんです。確かに肝試しのときは悪ふざけが過ぎましたけど、あの失敗を経験して、私たち、友情を育んだんです」

「すぐばれるうそをつくな」

「今晩だってみんなで夏祭りに行く約束なんですよ」

「夜遊びは感心しないな」

「心配すんなって。門限の九時は守るからさ」

 香枝の意図をくみ取って恭輔が調子を合わせて言った。香枝の意図とはつまり、こんなつまらない説教など早く打ち切って先生の色恋沙汰へと話を戻したい、という意図だ。

「待て、保護者が一緒じゃないなら門限は七時半だぞ」

「は?」

「去年中学生のカツアゲがあったから早く帰るようにって、ホームルームでちゃんと言っただろ」

「そうだったっけ?」

「ちょっと、なに墓穴掘ってんのよ」

「普段から俺の話をちゃんと聞いてないから忘れるんだろ?注意力散漫なんだよ、お前は」

 私はここぞとばかりに攻め立てる。

 このままこちらのペースにしてこの場で全員解散させてやる。

「もー、どんくさいな少年。じゃあ、あたしが付き添ってあげるよ。それなら門限は九時でいいんでしょ?」

「え?」

 なぜか土佐尾が急に怒ってそう言ったので私は不意を突かれてしまった。

「い、いや決まりは決まりなんで」

「だから、保護者がいればいいんでしょ?」

「まあ…そうですね」

「じゃ、決まりだね」

 中腰になった土佐尾が子どもたちに微笑む。

「いいんですか?」

 香枝が目を輝かせて言った。これで今晩祭りに行けば私と土佐尾の恋中(?)について、いくらでも聞くことができるのだ。

(ラッキー、たなぼたたなぼた)

(馬鹿ね、あたしの誘導が上手かったのよ)

(濡れ手に粟だ~)

(おいのろ子、そのお祭りって花谷さんも誘うよな?)

 子どもたちは何かひそひそやったあと、土佐尾と待ち合わせの約束をして解散していった。こうなってはもう私には手の出しようが無い。

 まったく、面倒なことになった。




 恭輔と利正の二人が待ち合わせ場所である東出の交差点に到着したのは約束の十五分前だった。女子たちは支度に手間取っているのかまだ誰も到着していない。

 代わりに二人が鉢合わせになったのは昼間けんか別れになった他の四人のメンバーだった。

「呼んでねえよ」

「こちらこそ」

 誰とはなしにそう言った。

 とはいえ彼らがこの場所で出会うことはほとんど必然で、それというのもこの交差点は槇志野小の校区のほぼ中央付近にあって、遊びに出かける際には大抵の子どもたちがこの近辺で待ち合わせをするためである。現に彼らの周囲には浴衣姿の小学生がたくさん集まっていて、ここで待ち合わせをしていたのが彼らだけではないことを物語っていた。

「ところで加賀君たちもここで待ち合わせなのぉ?」

「お前なめてんのかぶっ飛ばすぞ」

「おーこわ」

「あれ?鮎川君、愛しのみづきちゃんはまだ来てないの?ひょっとしてふられちゃったのかなぁ?」

「ムカつくなあ」

 昼間別れてから何があったのか知らないが、その他三名が強烈にうざいキャラクターを発揮し始めたので、恭輔と利正は口元をぴくぴくさせながら対応する。

「お前らが女子とつるんでるうちは俺たち絶好だからな」

「お前らがガキなだけだろ」

 絶好と言う言葉が出て、恭輔も少しムキになって答えた。

「ガキで結構。女と遊ぶなんて考えられねえよ。ねえ、塔子さん」

「塔子さん?」

 利正が言ってふと眼をやると、赤澤あかざわ塔子とうこがスニーカーのつま先をアスファルトにコツコツあてており、彼女の自慢のツインテールが腰上でぴょこんぴょこんと跳ねていた。

「そうだな」

 塔子は興味なさそうに冷たい視線を利正に向けた。

 塔子は髪の毛は長いくせに服装はボーイッシュで、他の女子のように浴衣などは着用せず、カジュアルなスタイルでバス停の影に突っ立っている。

「それより集合したんだから早く出発しよう」

「それもそうだな」

 塔子が切り出すと仲間の一人が応じる。

「じゃあな恭輔、リセ。先に行ってるよ」

 塔子はそういうと他の三人を従えるようにしてずんずん先頭を切って進んで行った。

 残された恭輔と利正は四人が神社の方へ向かう背中をしばらく眺めていたが、ややあって利正が首をかしげた。

「あれ?」

 利正は釈然としない様子で、悩ましげに続ける。

「なあ、赤澤って女の子だったっけ?」

 その言葉を受けて恭輔も多少渋い表情をつくる。

「そう、俺も思った」

 それからしばらくの沈黙があって、恭輔が続ける。

「でもまあいいんじゃねえか、細かいことは。ていうか、あいつらも女子と遊んでるしな」

「そうだよな、矛盾してるよな」

 矛盾などしていない。

 なぜなら赤澤は本当は男の子なのだから。

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