ツインテールの少女

「なんで俺たちがおどかす係りなんだよ」

 赤澤が竹林の中でぶつくさ言っている。

 間伐のいきとどいた竹林は大きな天窓のようになって昼下がりの陽光を集め、柔らかな地表からはむっとしたいきれが上がっている。

「誰かやらねえとまずいだろ」

「どうせ何にも出ないんだからさ」

 合宿が終わって解散した男子六人は、竹林の中でのおどかし役と女子たちの誘導役にわかれて行動している。恭輔と利正が誘導役を買ってでたので、赤澤たち四人はおどかし役として先に現地入りし、肝試しの最中に身をひそめておく場所を探していた。

 おどかし役といっても夕方肝試しにやって来た女子たちの前に白いシーツの一枚でもかぶって出て行ってやれば済むのだから楽な仕事である。もともと乗り気ではなかった赤澤からすればその方が断然マシだったし、木陰で涼めることを思えば一石二鳥であるかにも思えた。

「暑い…」

 当てを外してぶり返したイライラを抑えるように赤澤は力なくつぶやく。

「大体な、あいつはやることがいつも強引なんだよ。昨日のことだってそうだ」

 抑えきれない苛立ちに、彼は恭輔に対する不満を漏らし始める。

「あれはリセが火に油を注ぐようなことするから」

「最初に言いだしたのは恭輔だろ?そのせいで携帯も取られた」

「そりゃそうだけど」

「リセもリセだ。女に色目使って安請け合いしやがって。これ終わったら絶対蹴りいれてやる」

「あいつは見え見えだからね」

「蹴りだけじゃ足りねぇ。パンチもだ」

 利正はグループの中では特殊な立ち位置に置かれている。六人はもともと恭輔と赤澤のツートップを中心に集まったグループであり、本来グループ内での他四名の地位は等しい。ところが利正は特に恭輔と仲が良いことからしばしばサブリーダーないしいたずらの実行役を任されることがあって、それが他のメンバーにとってはあまり面白くない。つまりリーダーの身内びいきのせいでうとまれているのである。

「ってかさあ、何でまた俺たちのろ子と組んでんの?」

 仲間の一人が便乗して疑問を呈する。

 樫谷芽依も恭輔と仲が良いことで六人とつるむことがあるが、これも同様に評判が良くない。だがこの発言に対して赤澤は否定的だった。

「バカ、のろ子には十分利用価値があるだろ」

 芽依の利用価値とは、子どもたちを震え上がらせる〝交差点の幽霊〟の呪いによって裏打ちされた、彼女の怪談話の信憑性に他ならない。

「確かに。あいつの呪いの力は洒落にならねえからな。あいつがいるだけでフインキは十分出る」

「いまでもときどき〝入れかわってる〟らしいよ」

「本当かよ」

「どこに〝しるし〟があるんだろうね」

 子供たちの間では、芽依の体に刻まれているという呪いのあざのことは〝しるし〟という言葉で表現されている。

 交差点の幽霊は狙いをつけた子どもを見失ってしまわないように目印をつけておき、適当な時期が到来するまで生かしておくのだそうだ。

「誰も見たことないからな、服で隠れてる部分だろ?」

「ケツか」

「胸だ」

「いいやケツだ」

 馬鹿なことを言っていると不意に一人が立ち止まって前方を指差した。

「おい」

 見ると前方50メートルほどのところに少女のシルエットが見えた。腰のあたりまであるツインテールの少女だ。

 四人は息をのんだ。

 それもそのはず。このツインテールという髪型はこの町ではいわくつきのスタイルなのだ。

 子どもたちのうわさによると、交差点の幽霊と呼ばれる少女の霊も、長い髪を両肩に掛けた姿で語られている。

 うわさの幽霊と同じ髪型ということで、当初は悪ふざけでわざわざツインテールをして学校へやってくる女子児童もいたのだが、本気で怖がる子がいるという理由から、いつの頃からかここいらの小学校には自然発生的に「ツインテール禁止協定」という紳士協約が結ばれ、ツインテールという髪型自体がタブーとなっていた。

 だから通常この近辺でツインテールの少女を見かけることはめったになく、ときどき事情を知らない遠方の子どもが長い髪を二つに結んでいてひどい迫害を受けたという事案が教育委員会にも報告されている。

「ま、まさか本物の幽霊じゃ…」

「バカ、髪型がかぶってるってだけだろ」

 交差点の幽霊を恐れるのは悪ガキたちであっても例外ではなく、四人は前方の少女を警戒しながら注視する。すると向こうも四人に気がついたようで、直立してじっとこちらを見つめ返した。

 相手は身じろぎひとつしない。

 遠巻きではあったが四人はその視線に何かなみなみならないものを感じていた。表情さえ判別はついていないはずなのにどうしてか向こうが冷たく微笑を浮かべているのが分かる。

「逃げよう」

 顔に油をためながら赤澤が言った。彼の第六感がそう告げているのだ。

 このままここにいれば確実に何かされる。その前に逃げるのだ。

「いいか、背中を向けるなよ。ゆっくり後ろに下がれ」

 四人がザザっと後ろの土を踏んだまさにその刹那、一陣の風が吹き砂埃が宙を舞った。

 反射的に四人は目をつむる。そして目を開けた時にはすでに少女の姿はなかった。

「き、消えた…」

「うそだろ…」

 四人の周囲に不穏な空気が立ちこめ、全員がごくんと唾をのんで口をつぐんだ。

 四人以外にもう一人この場に誰かいるような気配がして、それぞれが警戒してあたりを見回す。気配はだんだん近づいてきて背後で何者かが土を踏んだ。背筋に悪寒が走り、ぎょっとして振り返ると突然大きな影が四人を覆う。

「わあああああああああああああ」

 四人の絶叫が竹林に響いた。




 そのころ恭輔と利正は繁華街の書店にいた。

 この辺りでは比較的大きな書店で、店内は床に使われている木目の色を基調とした落ち着いた雰囲気で、大胆にとられたガラス窓と天蓋から取り込まれる激しい日差しを柔らかな印象に変えている。

 二人は自動ドアのすぐ横にある雑誌コーナーでオカルト系の雑誌を物色していた。建物は二棟構造で別棟はCDとレンタルDVDショップになっており、二棟の間を激しく人が往来するため自動ドアがひっきりなしに開閉している。その度に空調のいきとどいた店内にぬるく湿気を含んだ空気が入り込み、行き来する客たちの気配が二人の脇を通り過ぎていく。

 女子たちを驚かすための予習のつもりでオカルト雑誌を立ち読みにきた二人だったが、いつの間にか夢中になって雑誌にかじりついていた。ときどき通り過ぎざまに店員がこほんと咳払いをしていたのだが、それにもどうやら気のついていなかったらしい二人は、とある若い女性の声によって本の世界から現実に引き戻された。

「少年、幽霊が怖いか?」

 二人が顔を上げると彼らの右隣で二十代後半くらいの女性が二人と同じ雑誌を開いて立っていた。顔はこちらに向けてはおらず、視線も雑誌に落としたままだが、立ち読みしているという風ではなく、ページが五、六枚ほどの間隔でパタリパタリと続けざまにめくれていく。

 服装はブラウスに紺のジーパン、そしてこの書店の制服である緑色のエプロンをつけている。

「いいねー、お化け。夏だし、ちょうどいいや」

 おそらく本気で言ってはいないのだろう。彼女の口調は坦々として、重たげなまぶたは睡眠不足を連想させた。

「おばさん、店の人?」

 利正が尋ねる。

「ううん、あたしはね、アルバイト。あはは、怒られるかと思った?」

「なんだ、無職か」

 恭輔は女性の顔を一瞥し、吐き捨てるように言った。

「失礼な。本業はちゃんとあるの」

「じゃあ本当は何やってんの?」

 女性はパタリと雑誌を閉じてから棚に戻し、体を二人の方へ向け直して腰に両手をやる。

「人に聞くならまず自分からだろ?」

 大人にそう言われたので二人は一瞬固まったが、何か確認し合うように顔を合わせて、また女性の方を向いた。

「槇志野小学校五年三組、加賀恭輔」

「同じく、鮎川利正」

 怪しい女だったが、正直に答えたところを見ると、自分たちにとって害はないと判断したようだ。聞いた女性はオーバーに目を丸くしてリアクションしてから言葉を返す。

「げぇ~、呪いの学校かよ」

 槇志野小は幽霊の出る学校だという悪評は校内だけでなく市中でもよく知られている。特に昨年夏に花谷みづきが事故死した際には全国ネットの情報番組でも事故の詳細が取り上げられ、幽霊の呪いではないかと市内は一時騒然となった。

「びびってんなよ」

「だって去年も女の子が一人死んじゃったでしょ?」

「よくあるよくある。うちの学校、呪われてるから」

 女性の反応に得意になった利正は調子に乗って不謹慎におどけて見せる。

「交差点の幽霊のたたりだぜ」

 恭輔も調子を合わせて言う。

 みづきの事故と交差点の幽霊については直接の関係はないのだが、こういう場合とりあえず交差点の幽霊の名前を出しておくのが彼らなりのリップサービスだった。

「おーこわ」女性が言う。

「何?知ってんの?」

「ツインテールの女の子が待ってるっていうアレだろ」

 そう言うと女性は急に難しい表情をつくってまぶたを閉じ「うーん、うーん」と声に出して悩み始めたが、ややあって突然切り出した。

「ツインテールってことは…、ツンデレなのかな」

「なんだそりゃ」

 二人は思わず噴き出した。女性は天然っ気があるらしい。

「あれ?ジェネレーションギャップ?ツンデレはツインテールだろ」

「そうとは限らねぇよ」恭輔が答える。

「いや、ツンデレはツインテールに限るね」

「あんたの好みじゃねぇか」

 そんなやり取りをしていると、三人の後方の通路で白髪交じりの短髪の店員が首を長くしてこちらをうかがい始めた。

「やばっ、あたし仕事戻るわ」

 女性は仕事をさぼっていたらしく、取り繕って棚に散らかった雑誌の整理をするふりをしながら二人から遠ざかろうとしている。

「それで結局あんた何やってる人?」

「あたしはね」

 女性は背を丸めて棚に手を伸ばしながらも二人に視線を戻す。

「カメラマンやってるんだ」




 夕方5時過ぎ、私はまだ学校に残っていた。子どもたちが解散してから保護者達とはじめた後片づけが予想に反して難航したためだ。

 片づけを終えて保護者達を自宅へ帰したあと、教師たちだけで残って備品の数をチェックしていると、まだ校内に残っていた保護者の一人が引き返してきて「職員室の電話、鳴ってます」とだけ私に言ってまたすぐにいなくなった。

 私が職員室に戻るとまだコールは続いていた。

「はい槇志野小学校です」

 ガタリと受話器を取ってそう言うと、相手はひどく怒った様子で「赤澤」という名前を出した。

「…はい、赤澤君は確かにうちの生徒ですが。…はい…はい、申すわけありません。すぐそちらに向かいますので」

 大まかに事情を聴いたところで話を打ち切った私は受話器を置いて嘆息する。

 日没にはまだ時間があるが、少し雲が出ていたこともあり多少うす暗く、職員室の冷たい壁が不気味な雰囲気を演出している。先日幽霊を目撃してしまったことで弱気になっていた私は他の先生の残っている部屋へと戻ろうと振り返った。

「ばあ」

「わっ!」

 振り返ると樫谷芽依が背後に立っており、私は不覚にも声を上げて驚いてしまった。

「やった~、おどろいた~」

 私を驚かせた芽依は万歳の姿勢で喜んでいる。

「誰か来るまでずっとここで待ってたのか?」

 私は悔しくて負け惜しみを言った。

「う~ん、でも三時間くらいだよ」

「他にやることないのかよ」また溜息をつく。

「途中でね、もうみんな帰っちゃったのかと思ってひとしきり泣いた」

「可哀そうに」

 私がそう言いながら職員室を出ると芽依も一緒について出た。芽依はそのまま他の先生の残っている方へ歩き出したので私は彼女を呼び止めて言う。

「ちょっと俺出てくるから、油谷先生に伝えといてくれるか?」

「えっ、ふけちゃうの?」

「そんなわけないだろ」

 どこでそんな言葉を覚えてくるのだろうか。

「それから、お前たちの肝試しだけどな、今日はもう中止にするから」

「なんで!?」

「まあ、お前らが幽霊幽霊って大騒ぎするもんだから、迷惑してる人もいるってことだな」

 私は説教ついでに事の顛末を芽依に話してやることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る