第一章 足の長い少女

お泊まり会

【うわさ②】


 四中の向こう側にいまはもう廃墟になってる病院があるでしょ。あそこがまだやってた頃、もう二十年以上前のことらしいんだけど、そこに四中の生徒が一人入院してたんだって。

―男?女?

 女の子。その子、重い心臓の病気だったらしいんだけど、学校にもほとんど通えてなくて、ほとんど友達もいなかったんだって。だから誰もお見舞いに来てくれなくて、週に一回だけ、お父さんがお見舞いに来てくれるのを楽しみにしてたんだって。

―お母さんは?

 両親が離婚して、父子家庭だったって。でね、そのお父さん、いつも仕事が終わった後、決まった時間にお見舞いに来てくれてたんだけど、ある日、たった一日だけ仕事が長引いてお見舞いに行くことができなかったんだって。だからその子、さみしくなってその夜病院を抜け出して家にいるお父さんに会いに行ったの。

 四中の裏門からこっちの方へ続いてて、国道に出る長い竹藪があるでしょ?その子の家、四中のこっち側にあって、あの竹藪の小道を抜けようとしたんだって。

―あの道けっこう距離あるよね。

 うん。歩いても歩いても国道に抜けられなくて、それでちょうど竹藪の真ん中のとこまで来たところで急に胸が苦しくなって倒れちゃったんだって。

―うそ、どうなったの?

 そのまま死んじゃったって、心臓の発作で。

 それからしばらくしてね、四中の生徒が夜、学校に忘れ物を取りに行ったんだって。その子の家も四中のこっち側にあったから、国道の方から竹藪に入ったんだけど、竹藪の中間まで来たところでね、向こうの方から長くて白く透き通った棒みたいなものが二本こっちへ向かってくるのが見えたんだって。

―棒?

 それがね、よく見ると棒じゃなくて、とんでもなく長い人間の足だったんだって。それがこっちに向かってくるから逃げようとしたんだけど、ものすごく歩幅が広いからすぐ追い抜かれちゃったんだって。あの竹藪を二、三歩で抜けて、そのまま消えちゃったんだって。

―何それ。

 それが何回か目撃されて、きっとその子の幽霊だろうってうわさが広まっちゃって、それで四中の裏門のところに小さなほこらがつくられたんだって。




「そういえば何かお地蔵さまみたいなの見たことあるかも」

 布団の上で頬杖をついていた少女がごろんと寝がえりを打って天井の蛍光灯に向かってつぶやいた。

「でしょ、でしょ?」

 嬉々として反応したのは芽依である。自分の話に友人からの裏付けを得たことが悦に入っらしい。

「その幽霊、足が長過ぎて見上げても顔が分からないんだって」

「じゃあその子かどうかも分かんないじゃん」

「あはは、うける」

 数日前、私と芽依が終業式の幽霊を目撃したこの五年三組の教室にはいま、二十組ほどの布団が所狭しと敷き詰められている。

 時計が午後八時を指しているにもかかわらず、五年生の各教室には煌々と電灯が灯っていて、電気の消された廊下ではパジャマ姿の女子生徒がキャッキャとはしゃぎながら裸足で駆けまわっている。

 我が校では例年、夏休みの前半に学校で一泊二日の「お泊まり会」がとりおこなわれている。

 これは五年生の学年行事で、集団生活を通して生徒たちの自主性やコミュニケーション能力をはぐくむという意図で行われるイベントなのだが、実際その中身はというと、夕方自宅で風呂を済ませてから学校に集合し、何をするわけでもなく布団を敷いて就寝。翌日全員でカレーをつくって昼ごろ解散するという、要するに惰性で行われているあまり意義のない集まりである。

 レクリエーションの時間も何もない退屈な合宿なのだが、それでも子どもたちにとっては夜学校に泊まるというだけでなんだかそわそわする経験であり、思い出作りにはちょうど良い。

 さすがに寝床は男女別になっており、女子は各教室、男子は体育館で就寝することになっている。だからいまこの場にいるのは女子児童だけだ。

 女の子というのは簡単なもので、どのクラスを覗いてみても数人が布団の上で唐傘のようになって寝そべって、その中心に顔を集めている。好きな男子の話でもしていればいいものを、あろうことか話題の中心は女の子にあるまじき心霊トーク一色なのである。

 我々教師陣の間では、この一連のお化けブームも「終業式の幽霊」という一大イベントを終えて次第に終息していくものだという意見が大勢だ。どんなにお化けが流行っていても、この小さな町の中で起こる怪奇現象などたかが知れている。つまりネタ切れのときは近いのだ。

 この第四中学校の「足の長い少女」のうわさにしたって、もう二十年以上前の比較的古い部類の怪談話であって、小学生の彼女たちなら知らずとも、この町に住む中高生以上の人間ならば大抵知っている埃をかぶったうわさなのだ。そんなうわさが担ぎ出されてきている点で、やはりこの流行もしりすぼまりと言ってよい。

 夏休みが明けて二学期の中旬にもなれば、みんなお化けのことなんて忘れてこれまで通りのほほんとしているに違いないのだ。 

 すなわち問題の焦点はすでにお化け騒ぎの解決には無く、如何にしてこの夏を平穏に乗り切るかという点に移行している。

「…」

 へらへらと笑いながらおしゃべりしている女子たちの中で、一人の少女が神妙な面持ちで口をつぐんでいる。

「香枝、どうしたん?」

 となりに寝そべっていた少女が、だんまりを続けている柚木ゆずき香枝かえの顔を覗き込んだ。

「…てかめちゃくちゃ怖いんですけど」

「うっそ、マジ!?」

「うける」

 周りの女子たちが間髪容れずに笑い出し、香枝は枕に突っ伏した。

「もう最悪、あたし夏休み中こっちいるんですけど」

 香枝はこの学校の児童ではない。この合宿は学内行事でありながら事前に申請さえすれば他校の児童も参加することが可能なのだ。ちなみに彼女は私のクラスに在籍する山内やまうち美桜みおという生徒のいとこにあたり、この夏休みを利用して山内家に泊まりにきていた。

「のろ子ぉ~、いい鴨できたじゃん」

 女子たちの中の一人が芽依を肘で小突いた。

「うん。私たちいい友達になれそうだね」

「もう、やめてよのろちゃん」

 にっこり笑った芽依に香枝は少々引き気味である。


 ガタン


 突然ブレーカーが落ちて二階の教室の照明がいっせいに消えた。視界が一気に失われ、各教室で女子たちが口々に「きゃっ」という声を上げた。

 パニックに陥ったのは香枝である。照明が落ちた瞬間、彼女は文章にはおこせない声で悲鳴を上げ、となりに寝転がっていた少女の頬を張り手のようにして押しのけ廊下へと飛び出した。

 廊下に飛び出すと、香枝は三組の教室の前で待ち構えていた何者かに衝突して尻もちをついた。ちょうどその瞬間灯りが戻って彼女の眼前に数名の人影が出現する。香枝は両目をギュッとつむって、今度ははっきり「きゃー」と聞き取れる声で悲鳴を上げた。目一杯に開ききった口には大人のこぶしもおさまるだろう。


 カシャッ。


 そこには香枝を見下ろすようにして携帯電話を手にした男子五人が立っていた。

「撮れたぞ!」

 そう言ったのは私のクラスに在籍する赤澤という男子生徒だった。香枝は事情が飲み込めず、半ベソをかいた顔をきょとんとさせている。

「っしゃあ!」

 横一列に並んだ男子たちの中央で、ガキ大将の加賀かが恭輔きょうすけが左手を握りしめる。

 この間照明の復旧した教室内では女子生徒たちが眉を寄せながら立ちあがって、不快感を表明するようにひそひそとささやき合っていた。

 この男子五人にもう一人を加えた六人組はどうしようもない悪ガキたちで、ときどき女子を標的にした問題を起こすので五年生の女子たちの中ではすこぶる評判が悪い。おそらくは残りの一人がブレーカーに細工をしに行き、五人は扉の閉て切られた理科室にでも潜んでいたのだろう。

 しばらくして異変に気付いた我々教師陣がようやく教室前に到着すると、香枝は顔を真っ赤にして廊下にへたり込んでおり、数名の女子たちが男子たちを相手に何か声高に口論しているようだった。私が事態を把握して溜息をついていると、その横で芽依が瞳を輝かせながら香枝を眺めていた。

「おい、何を考えてる」

「ううん、何も」

 私のことなど眼中にないようで、芽依はうれしそうに新しい友達おもちゃを見つめていた。

 この調子でいくと我々の期待もむなしく、この夏休みを平穏に送ることは難しいようだ。




 ところで、終業式の日の夕方、私と別れた後も樫谷芽依は問題なく生存している。〝あっちの世界〟に連れて行かれたというのはどうやら私の早合点だったらしい。

 あの晩、罪悪感に駆られた私は本当に芽依が死んでしまう夢をみてうなされ、ぐっしょり濡れたシーツの上で目を覚ました。不安で眠れなくなった私は明け方、五時半ごろだっただろうか、樫谷家に電話して芽依の安否を確認したほどだった。

 電話に出た芽依の母親は、娘はきちんと帰宅していて今はラジオ体操に出かけるために服を着替えているところだと私に告げると、大きなあくびをしてから受話器を置いた。それを聞いた私はほっとすると同時に冷静さを取り戻し、我ながら非常識なことをしたものだとひどく後悔した。

「自分のやったことが分かっているんですか?」

 油谷主任の叱責が飛んで私は瞬間びくっする。ただしこの言葉は私に対するものではなく、先ほどの男子生徒五名に向けられたものだった。

「…はい」

 恭輔が重たい調子で答える。

 この校舎には一棟と二棟をつなぐ渡り廊下の詰に小ぢんまりとしたフロアがあって、今は教室から運び出された机やいすが整然と並べられているのだが、五人はその机を背にして立たされていた。

 彼らの正面には油谷主任が前傾姿勢で立っており、自分で返事を促しておきながら、それに答えた恭輔を一睨みする。

「女の子を怖がらせて、恥ずかしい思いをさせて、そんなところを写真に撮ろうだなんて…。先生は悲しいです」

「…はい」

「学校に携帯電話を持ってきてもいいのはどうしてですか?」

「…緊急の時に親に連絡するためです」

「そうです。ですから罰として夏休みの間、あなたたちの携帯電話は没収します」

 五十代半ばにさしかかったこのベテラン教諭は、こういう少し昔堅気な罰を与えるところがあって生徒たちからの評判もあまりよくない。だから彼女はときどきかげで子どもたちから「油」、「油」と呼ばれて馬鹿にされている。

「こんなくだらないいたずらばかりするよりも、あなたたちにはもっとやらなければならないことがあるんじゃないですか?」

「…はい」

「ホント先生の言う通り。他にやることないのかよって感じですよね」

 様子をうかがう野次馬の児童たちの中で、すっかり元気を取り戻した様子の香枝が憎まれ口をたたいた。

「あたしたち、あんたと違って忙しいの。だからあんまりつまんないことしないでくれる?」

「よく言うぜ。お前が一番ビビってたくせによ」

「あたしが?いつよ」

「あなたたち、いい加減にしなさい!」

 油谷主任は挑発に乗った恭輔ともども怒鳴り散らす。

「油谷先生、実行犯つかまえました」

 二組の担任の男性教諭が一人の男子生徒を引きずって一階から階段を登って現れた。例の六人組の一人で名前を鮎川あゆかわ利正りせいという。 

「放せよ」

「鮎川君、やっぱりあなたでしたか」

「ああ?証拠あんのかクソ婆」

「何ですかその口のきき方は!」

 油谷主任が怒鳴ると野次馬のギャラリーからは男女を問わずどっと笑いが起こり、「クソ婆!」という男子生徒の声が上がった。

「もう先生は怒りましたよ。あなたたち、今晩は私と同じ部屋で寝てもらいます。また何をしでかすかわかりませんからね」

「げえ」

「うわ」

「最低」

 六人がそれぞれに顔をゆがめてそう漏らしたので、私も担任として生徒たちを慮って主任の言葉に口をはさむ。

「油谷先生、それはちょっと…」

「あら、何か意見があるのかしら。そもそもあなたの指導が行き届かないからこういうことになるんです」

 主任は私の言葉には聞く耳持たないといった調子で恭輔の方へその腕を伸ばす。

「うける」

 そう言って恭輔を指差したのは香枝である。

「てめぇ」

「さあこっちです」

「放せ、放せよ!」

 抵抗もむなしく、まずは恭輔が主任に引きずられて、女性教員の就寝場所として使われている三階の六年生教室へと連れて行かれた。




 翌日の朝、職員室にいた私のもとへ芽依がやって来た。

 今日のメインであるカレー作りの段取りはボランティアの保護者たちに任せてあって、私は手持無沙汰に何となく職員室で時間を潰している。

「先生、あのね」

「今忙しいんだ」

 意味もなく嘘をついた。

「今日終わったらみんなで夕方肝試しに行こうって話になってね」

「どこに?」

 芽依が構わず続けたので私は仕方なく答える。

 あの終業式の日の夕方から私は何となく芽依に対して引け目を感じていてあまり積極的に関わりたいと思っていない。何しろ見殺しにしてしまうところだったかもしれないのだ。

「四中の裏の竹藪」

「ふーん。それで?」

「さっきお母さんに話したらね、誰か大人の人と一緒じゃなきゃだめだって」

 芽依の母親はPTAの役員でこの合宿にも参加している。

「だからね」

「俺について来いって?嫌だよ。お母さんに付き添ってもらえ」

 私は口をとがらせて答える。

「なんで~、先生だったら頼りになるってお母さんが言ったんだよ?」

「俺なんかよりお前のお母さんの方がよっぽど頼りになると思うぞ」

 正直面倒くさかった。

「先生この間朝電話かけてきて、あたしのことを執拗に聞いてきたでしょ?あれからお母さんの評判いいんだ」

「だってあの時は…」

 私は言いかけて、あの非常識な電話がそういう風に受け取られていたのかと胸をなでおろす。確かにあのときは心の底から芽依のことを心配していたし、声の調子からもそのことは伝わっていただろう。しかしそのプラスイメージが今回に限っては裏目に出ている。

「でもね、そのことを恭ちゃんに話したら、先生は本当はあたしのことを心配して電話をかけてきたんじゃなくて、ただ小さい女の子の私生活に興味があるだけなんだよって教えてくれたんだ。ロリコンの変態教師なんだって」

「人のいないところで何てことを話している」

 恭ちゃんというのはガキ大将の加賀恭輔のことだ。芽依と恭輔は実は仲がいい。性格の悪い者同士惹かれあうものがあるのだろう。文字通りの悪友である。

「お前、終業式の日、花谷と一緒に帰ったんだろ?あれからどうなった?」

 芽依の話が脱線しておふざけに入ったので、〝脱線〟といえばという連想から、私は思わず気になっていたことを聞いた。しかし芽依はきょとんとした表情をつくる。

「花谷…って去年死んじゃった子?終業式の幽霊じゃん」

「お前、何も覚えてないのか?」




「油と寝たんだって」

「ねぇ、バカだよね」

 女子たちはクスクスと嘲笑を浮かべ、しかしはっきり聞えるようにして恭輔のすぐわきを通り過ぎていく。

「あの女、絶対泣かしてやる」

 恭輔は横目で通り過ぎた女子たちをねめつけていたが、心中には昨夜の香枝の勝ち誇った表情が浮かんでいるに違いない。

「なぁ、もうやめようぜ。俺たちの方がまいっちまう」

「もう俺の自尊心がぼろぼろだ」

 赤澤たちがそう言いながら調理台の上に野菜の入った段ボールをおろした。

 家庭科調理室は二棟の一階、ちょうど五年三組と四組の真下にあって、広さも普通の教室のちょうど倍だ。広くとられたこの部屋にもさすがに五年生全員を収容することはできないため、いまは校庭に面した出入り口の外側にも仮設の木製テーブルが並べられ、多くの児童がグループごとに調理をはじめていた。

 恭輔たちのグループのテーブルは家庭科室を出てすぐの花壇のところで、ちょうど二階の三組の教室のベランダから見下ろしたところにある。このグループが一番段取りが悪く、調理器具や材料をとりに何度も屋内外を行ったり来たりしていた。

「まあ聞けって。復讐のときは近い。今もある有力者に協力を打診しているところだ」

「何?まだ何かあんの?」

「バカ、いちいち反応するな」

 仲間の一人の少年が尋ねると、赤澤が人参を手にとって少年をはたいた。

「それで今度は何すんの?」

 どうあっても何かするつもりのリーダーを前に、黙って聞いていた鮎川利正がしぶしぶ話を促す。

「ふふん。今日の夜、盛大な肝試し大会を開催します」

「どこで?」

「四中の裏の竹藪」

 言うまでもないが、これから協力してくれる有力者とは樫谷芽依のことである。昨夜の件で香枝が新しい〝おもちゃ〟になると確信した芽依は、恭輔と共謀して肝試し大会を主催。すでに複数の友人に声をかけており、その中には香枝のいとこである山内美桜も含まれている。

 芽依の友人だけあって、みんな心霊ネタには食いつきやすいところがあるから、いくら香枝がお化けが苦手だといっても、周囲の顔色をうかがって参加するに違いないという読みである。もちろん恭輔たちも参加するということは女子たちには秘密だった。

「俺は嫌だからな。肝試しなんてやってられるか」

 赤澤は強固に反対する。

「てめー裏切んのか」

「これ以上恥の上塗りをするつもりはない」

「お前にはプライドというものがないのか」

「そのプライドがズタズタなんだろ」

 利正は二人の不毛な争いを興味なさそうにぼんやりと眺めている。

 せっかくの夏休み、普段出来ない経験のできる絶好の機会です―。これは先日の終業式で校長が壇上で言い放った一言。しかし現実はどうだ。代り映えのしないメンバー、やっていることといったらしょうのないいたずらばかり。おまけにしくじって大目玉を食らい、携帯電話も没収と、挙句の果てに仕返しするしないでの仲間割れ…。

 見上げれば雲ひとつない大空で油断すれば吸い込まれてしまいそうだ。太陽は空の端っこの方でやたらとギラギラやっており、まんべんなく大地を照らし続ける。

 すでに言い争いは「バカ」とか「アホ」というレベルのステージに達していた。額の汗はぬぐえても、自分は一体ここで何をやっているのだろうという疑問を拭い去ることはできない。

 何でもいい。せっかくの夏休み、さわやかで、すがすがしくて、いつまでも心に残る最高の思い出をつくりたい。利正はそう思った。抽象的で雑な思考だが、いつも馬鹿ばかりやっている悪ガキ達の中にあっては飛びぬけて進歩的な考え方である。

「ねえ、あたしも行っていい?」

 ふと頭上から声がして、恭輔と赤澤が口論を止めた。一同が見上げると三組の教室のベランダの柵に背の高いショートカットの少女が寄りかかっていた。

「肝試しするんでしょ?」

「急になんだよ」

「関係ねーだろ」

 興奮状態の恭輔と赤澤が激昂した。

「えっ、あの、ごめん…」

 少女が二人の勢いに押されて気後れしたように柵から手を離したので、そのまま二人は口論の続きをはじめようと構えたが、そこに利正が割って入った。

「もちろんいいよ。君うちの学校の生徒じゃないよね?場所わかる?」

 利正の頬は少しだけ紅潮していた。

「う、うん」

 少女が答える。

「何時集合?」利正が恭輔に尋ねる。

「ん…?六時」

 利正が突然やる気を見せたので、恭輔は面くらった様子で答える。

「じゃあ、六時に竹藪で」

「うん、ありがとう。じゃあ六時にね」

 そう言うと少女は教室の中に引っ込んでいった。

 利正の頬は相変わらず紅潮している。

「…おい、どうなってんだよ」

 赤澤が不満そうに利正を問い詰める。

「…いや、面白そうだと思ってさ、肝試し」

 そう言いながらも利正は心ここにあらずといった具合に呆けたような表情を浮かべている。

 とっくに少女の姿のない三組のベランダから目を離す様子がない利正をみなが唖然として眺めていると、さっきの少女がもう一度ベランダに出てきて利正に笑顔で呼びかけた。

「ねえ、あたしカメラ持ってるから、あとでみんなで写真撮ろうよ」

 そう言った少女の首からは一眼レフカメラがぶら下げられていた。

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