いなくなった美桜

 一方そのころ花谷家では塔子によって盗みだされたみづきの一眼レフカメラの捜索が行われていた。

「やっぱり泥棒かなあ」みづきがつぶやく。

 旅行から戻った後、すぐにカメラがなくなっていることに気がついたみづきだったが、廃校での事件の事情聴取などのごたごたがあったためまだ本腰を入れた捜索ができないでいた。この日は槇志野小学校の登校日であり、遊ぶ相手もいなく暇をしていた香枝も手伝いにやって来ていた。

「でも他に取られたものはないし、もう少し探してみようよ。ねっ?」

「うん…」

「どっかに置き忘れたんだろ」

 朝の洗濯を終えた土佐尾がぼりぼりと頭をかきながら顔を出した。

「だからそんなことしないってば」

 みづきはむきになって否定する。この家ではこの数日こうしたやり取りが幾度となくなされていたのだろう。

 喧嘩になりそうな雰囲気を察して香枝が縮こまった。しかしそこへ親子の間を取り持つように電話のベルが響いた。

「おっと電話だ、電話」土佐尾は小走りで固定電話の方へと向かう。

「もしもし。何だあんたか。…お盆?行かないよ東京なんか。…うん、じゃあ」

 相手はよほど親しい相手だったのか、ろくに話も聞かないまま受話器を置いてしまう土佐尾。みづきはそんな母親の態度にピンときた。

「誰?」母親に駆け寄って尋ねるみづき。

「雄二」

 みづきはしゅんとしてうつむいてしまう。

「誰?」そう聞いたのは香枝である。

「わかれた旦那」

「ごめんなさい」

「香枝が謝ることないよ」

「お父さん何て?」

「もーそんな話はあとあと。とっととカメラ探さないとね。こうなったら徹底的に探すよ。畳も全部あげちゃおう」

 土佐尾は明らかに何かをはぐらかしたいという態度を見せた。

「おー!おばさん本格的(?)!」

 香枝はそんな土佐尾の様子を女の勘でするどく見破り、土佐尾に調子を合わせて暗くなった雰囲気を変えようと精一杯明るくふるまって言った。

 そこへ再び電話が鳴る。

「今度は誰だ?」

 すぐに受話器を取った土佐尾。

「もしもし。はい、あーお母さま、山内さんの。いいえ、美桜ちゃんなら来てませんけど…はい?」




「はい…そうですか。…はい。登校してきましたら折り返しお電話いたします。はい、失礼します」

 松前は不穏な表情で受話器を静かに下ろした。

 職員室には五年三組の生徒たちが野次馬のように押し掛けていて、電話を終えた松前の第一声を今か今かと待ち構えていた。

「だめ、やっぱり見つからないって」

「大丈夫なんですか?」リーダー格の女子が尋ねる。

「誘拐だ誘拐」はやし立てる男子。

 三十人以上の子どもたちが誘拐と聞いて俄然興奮する。

「大丈夫よみんな。とにかく安心して」

「探しに行こうぜ」

「やめろよお。止した方がいいよ」

 面白がって提案した恭輔を利正が制止した。

「そうです。心配なのはわかるけど、こういうことは大人に任せなさい。ね?」

「けどよお」

「お前、先生の前だからっていい格好するなよ」

 佐藤が茶々を入れる。松前は学校内では美人で評判の先生だった。

「友達を心配して何が悪いんだよ」

『友達~!?』

 恭輔の発言を聞いたクラス一同が声をそろえた。確かに終業式以前の恭輔であればこのような発言は絶対にしなかっただろう。

「お前何か悪いもんでも食ったんじゃねえか?」

 佐藤はケタケタと笑い、腹を押さえて言う。

「笑うなよ」

「わかった。お前さては先生のことが好きなんだろ?」

 恭輔は松前の前で格好をつけるために心にもないことを言っているのではないか。佐藤はクラスを代表する気持ちで言った。

「はあ?違えよ。惚れてんのはお前の方だろ」

「ばっ、ばっ、馬鹿ちっげえよ」

 間髪容れずに否定した恭輔に対して佐藤の動揺ぶりは露骨であった。

「豚野郎が、写真でもベロベロ舐めてろ」

「なっ…!?」

 佐藤の顔が真っ赤になった。

 佐藤にとって「舐める」というワードは致命的であった。クラス一同が先ほどとは違った意味で騒然とする。

 彼のあだ名はチョキペロ―。勘のいい子どもならここでピンときてもおかしくない。

「もお二人ともやめなさい。とにかくみんな早く教室に戻って」

 事態が何やらおかしな方向へと向かっていることを察した松前は真っ先に彼らを教室へと戻した。そして当然ながら彼女も気づいてしまったのだ。彼のおかしなあだ名の、その由来に―。




 美桜が行方不明になったことを知った子どもたちの間には不安が広がっていた。子どもたちの間ではこの町で子どもがいなくなることには誘拐以外にもう一つの可能性があった。

 交差点の幽霊である。

 交差点の幽霊はツインテールをした少女の霊で、槇志野小学校の校区内のとある交差点にやってきた子どもを霊界へと連れて行ってしまうという、子供たちの間ではポピュラーなうわさである。

 交差点の幽霊は子どもを霊会で「留守番」させている間だけその子と入れ替わって現世へとやってくることができ、気まぐれにあの世とこの世を行き来する。連れていかれた子どもは「早まったことさえしなければ」本当に死んでしまうことはなく、幽霊が霊界に戻ると自動的に現世へと帰ってくることができる。しかし交差点の幽霊は気に入った子どもには「しるし」をつけておき、その子が大人になると呪い殺してしまう。私が知っているのはここまでだ。

 山内美桜は交差点の幽霊に連れて行かれたのではないか。お化けのうわさが空前の大ブームとなっているこの学校で子どもたちがそう疑うのも無理はないことだ。だが私のようにいろいろな事情を知っている者からすればそれはありえないことだとわかる。

 交差点の幽霊は現在私のクラスに在籍する男子児童・赤澤彬央と入れ替わってこの五年三組の中に紛れている。しかもそれはこのクラスの担任である私の方から要請したことでもある。彼女は霊的な力によって巧妙にクラスメイトの記憶を操作しており、子供たちはこの「赤澤塔子」が本来クラスにいるはずがないということに気がついてはいない。だが一人だけ、どういうわけか交差点の幽霊に呪われたといううわさの少女・樫谷芽依にだけは、この記憶操作は及んでいないのだった。

 クラスの大多数が交差点の幽霊による犯行を疑う中、唯一確かな記憶を持つ者として芽依は事態の真相を確かめる責任に駆られていた。

「どういうこと?」

 芽依は塔子を校舎裏へと呼びだして問いただしている。

「知ってるんでしょ?」

「知るわけない」

「とぼけないで!」

「おいのろ子。赤澤が知ってるわけ…」

「リセは黙ってて!」

 芽依は塔子を尋問するにあたり、依然塔子は本物の赤澤だと信じ込んでいる利正を連れて来ていた。

「あんたが美桜ちゃんを隠したんでしょ?あっちに連れて行ったんでしょ?」

「証拠でもあるのか?」

「あんたが幽霊だから。理由なんてそれで十分でしょ」

「なんなんだよさっきから。『あっち』とか『幽霊』とか」

 状況の飲み込めない利正はたまらず芽依を問いただす。

「困ってるぞ、そいつ」

 塔子が冷やかに笑みを浮かべる。

「リセは幽霊って本当にいると思う?」

 先ほどまで興奮した様子の芽依だったが利正のためにできるだけ冷静に、一呼吸置いてから切り出した。

「知らねえよ」

「じゃあこの間廃校で見たのは?あれはなんだったの?」

 廃校で見たもの―、それは交差点の幽霊などではなく、凶悪犯の手から芽依と利正を守るため「ちから」を解き放ったみづき姿であった。

「さあな。地震かなんかだろ」

「本当はもうわかってるんでしょ?みづきちゃんが普通の人間じゃないってこと。そうじゃなきゃあんなことできないもんね」

「何なんだよお前。それと山内がいなくなったことと一体何の関係があるんだよ」

「こいつ、赤澤じゃない」芽依は塔子を指差す。

「赤澤じゃん」

「そう思うかもしれないけど、赤澤じゃないの」

「じゃあ誰なんだよ」

「交差点の幽霊」

「馬鹿言え」

「今は信じて」

「そしてみづきちゃんも幽霊だった」

「おい、やめろって」

「あの子は終業式の幽霊」

「やめろったら」

「うそじゃない。私見たんだもん。終業式の日の夕方、あの子が教室で写真撮ってるところを。それから私、あの子に連れて行かれた。いや、連れて行かれそうになった。それをあんたが助けた」

 芽依は塔子の方へ向き直る。

芽依はすでに思い出していた。終業式の日の夕方、私と別れた後何が起こったのか。そして自分なりに塔子の狙いを探ろうとしていた。

「助かって良かったじゃないか」

「あんたは前から私のことを狙っていた。獲物を横取りされたくなかった。だから私を助けた。今はまだあんたに私は殺せないから。違う?」

 つまり芽依の推測はこうだ。まず塔子は何らかの理由で前々から自分のことを狙っていた。しかし彼女には対象が成人するまで呪いを発動する力がない。そこへ別の霊であるみづきが現れて芽依をあの世へ連れて行こうとした。それを塔子が慌てて制止した。

「それから私は記憶を消されて、しばらくは何も起こらなかった」

 確かにお泊まり会の翌日、私が芽依にみづきのことを尋ねると彼女はその日のことを何も覚えていなかった。

「だけどあのお祭りの晩、赤澤がいなくなって代わりにあんたが現れた。みんなはあんたのことを赤澤だと思ってて、あんたは学校にも平気で登校してきてる」

 赤澤が男の子から女の子にすり替えられたことに気がついているのは、奇しくもあの終業式の夕方、花谷みづきの亡霊を目撃した私と芽依の二人だけだった。

「そして今度は美桜ちゃんが―。一体何を企んでいるの?」

「おいのろ子、全然話についていけないぞ。赤澤が交差点の幽霊でみづきちゃんが終業式の幽霊だって?馬鹿らしい。もしそうだったとしてもなんだって俺たちの周りにばかり幽霊が集まってくるんだよ」

 走り書きのように支離滅裂なことを喚いている芽依の姿を目の当たりにし、利正はもう我慢ならないとでもいうように言った。

「こいつが集めてるんだ」

「何を根拠にそんなでたらめを」嘲笑う塔子。

「リセは聞いたことない?霊がいるところには他の霊も吸い寄せられるみたいに集まってくるんだって」

「知らん」否定する利正。

「その理屈だと花谷があたしをひき寄せたってことにもならないか?」

 塔子は依然嘲笑を浮かべた顔を崩さない。

「そんなわけない!」否定する利正。

「引っこんでて!」芽依は利正を押しのける。

「もちろんそれもあると思う」

「おいおい。友達に対して酷い言い草だな」

「友達なんかじゃないよ」

 芽依はうつむき下唇をかんだ。

「もう誰も信じられない」

 芽依の発言を聞いた利正はたまらず怒りをあらわにする。

「おい樫谷、お前何言ってるのかわかってんのか?」

 芽依は溜息をついた。そして利正に対して呆れたような、さげすんだまなざしを向ける。

「リセは幸せだよね、恋におぼれてさ」

「こりゃ驚いた。お前花谷に惚れてるのか?」

 塔子はニヤケ顔で茶化す。

「今そんなこと関係ねえだろ」

「関係あるよ。リセは自分の恋さえ叶えば、美桜ちゃんが―生きてる友達が死んじゃってもいいってことなんでしょ?」

「お前さっき山内に何かしたのは赤澤だって言ったじゃねえか!」

「みづきちゃんかもしれないよ」

「みづきちゃんが幽霊なわけねえだろ!」

「だからあんたは幸せだって言ってるんだよ!」

 芽依は利正の頬を思い切りはたいた。利正は尻もちをつき頬を押さえる。

「うるせえ、俺は信じねえ!」

「じゃあ証明してみせてよ」

「おう、やってやる。山内が無事に見つかれば文句ねえよな?必ず俺が探し出してお前の前に連れて来てやる」

 そう言い残すと利正は当てもなく全速力で駆けていった。

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