第三章 潮騒の盲学校
海へ行こう!
【うわさ④】
県境の長いトンネルを抜けると、その先は海沿いの、背の低い防波堤に沿った、幅の広い二車線道路が続いている。プラタナスの並木の続くその道を見下ろす格好で、そう新しくない盲学校が建っていた。
「建っていた」というのは既にその学校は廃校になってしまったという意味で、どうして潰れてしまったのかというと、実はその学校でとある凶悪事件が発生してしまったためなんだよ。
もう四、五年ほど前になるだろうか。放課後学校を出た眼の視えない少女が道路の方にあるバス停まで下りてきて、ブツブツした点字ブロックの上で行儀よく帰りのバスを待っていた。
バス停には先客がいたようで、少女の耳には大人の男の息遣いが聞こえていた。あまり利用客のない路線だから珍しいななんて思っていると、背後から唐突にぶすり―。前のめりに倒れた少女を包丁でめった刺しにして殺害し、男はその場を立ち去った。
―犯人は捕まったの?
まだ捕まってない。
―どうして犯人が男だってわかったの?
犯行の手口が似ていたんだ。その当時指名手配されていた連続殺人犯のものと。それで凶器に残っていた指紋を調べたらビンゴっていう寸法さ。
たちまち県警は周囲に検問を張って何百人態勢で犯人の捜索をはじめた。その学校の周辺はもちろん、浜も山手もくまなくね。だけど結局犯人は捕まらず、それどころか手掛かりの一つさえ見つからなかった。
学校の方はすぐに廃校になってしまったよ。なにしろ事が人殺しだからね。後に残されたのはいわくつきの不気味な廃墟だけ。
それからだね、妙なうわさがささやかれ始めたのは。誰もいないはずの校舎に人影が現れたとか、夕方のバス停に白い杖を持った少女が立っていたとか。
君たちの肝試しにはちょうどいいんじゃないかな?
市立病院の病室の一室、六床のベッドの並んだその部屋に、見舞いにはふさわしくない多人数の子どもたちが詰めかけている。
「おもしろそうじゃん」
入院着姿の恭輔が病床の上で言った。頬には大きなばんそうこうをしている。
昨晩中学生三人から暴行を受けた恭輔は、すぐに私の車でこの病院の緊急外来へと搬送された。ちょうど花火の打ち上げが終わった頃の出来事だったので、神社の周辺では帰宅する人々の車でひどい渋滞が発生するだろうと予測できたし、救急車など呼んでいては病院までたどり着くのに片道の何倍もの時間がかかってしまうと判断したためだ。
念のために一日二日は入院することになったものの、幸い怪我の方はたいしたことはなく、私と私に同伴していた油谷主任は、病院へ駆けつけた恭輔の両親に平謝りする程度で事なきを得た。
病院の一階ロビーでは暴行の現場に居合わせた香枝、美桜、利正の三人が待っており(芽依は車の中で眠っていた)、始終むせび泣いていた香枝を美桜が介抱し、利正はずっと病院の外を気にしていた。
私は初め、利正はみづきのことを気にしているのだと思った。状況が状況だったので我々は花谷親子を祭りの会場に残したまま病院へと急行したのだ。利正は意中の少女に置いてけぼりをくらわせたことを気に病んでいると私は思ったのだ。しかし実際に彼が気にしていたのは女のことなどではなく、むしろむさくるしい男友達の方だった。
伊丹、佐藤、菱川の三人はその晩病院まで付き添わなかった。
私が恭輔をかついで主任と車に乗り込む時、スペースの関係上残り三名が乗車できたのだが、男子三名は香枝、美桜、利正に進んで席を譲った。恭輔とは仲の良い友達なのだから、私は三人があとから駆け付けるつもりなのだろうと思っていたのだが、結局その晩彼らが病院へやってくることはなく、翌朝私が三人の各家庭に電話を入れたのだが、正午を回っても彼らが見舞いに来ることはなかった。
見舞いにやって来たのは私、香枝、美桜、芽依、利正、それとどこから嗅ぎ付けたのか花谷親子を合わせた七名である。私は花谷家には電話さえいれていない。
半日が経過してことの経緯を知った花谷土佐尾は、見舞いの品の代わりにと、景気づけの怪談話を披露して恭輔の悪戯心をあおった。半分は置き去りにされたことへの仕返しのつもりだろう。しかしもう半分は―、私の脳裏には不安がよぎっていた。
「加賀、お前ももう懲りたらどうなんだ。今回はこのくらいで済んだから良かったけど、打ち所が悪ければ取り返しのつかないことになってたかもしれないんだぞ」
土佐尾の視線が私の方へと向いている。私はしらっと目をそらし、事件の被害者に対してひどくまっとうな忠告をしてみせる。
「鮎川、お前もなんとか言ってやったらどうなんだ」
「先生、俺だって無理やり付き合わされてるだけなんですよ。こいつ、あの女泣かすまで絶対やめないって聞かないから」
恭輔が泣かせたい女、つまり柚木香枝のことである。
「それなら昨日さんざん泣いてたじゃないか」
私がそう言うと香枝の顔は火のついたように真赤になった。
「あー!!あー!!あー!!あー!!あー!!」
何やらごまかそうと必死な様子の香枝。病院では大声を出すな。
「バ、バッカじゃないの!あたしが泣くわけないじゃない。そうよね、美桜?」
「えーっと…どうだったかなー?」
「みお~?」
香枝の瞳が「裏切り者」と言っている。昨晩香枝を介抱していた美桜が知らないはずがない。美桜は真面目で融通が利かないから、嘘やごまかしが苦手なのだ。
「でもねでもね、その辺りってお化けが出るだけじゃないんだよ」
芽依が話を元に戻す。例のトンネルの向こうの盲学校の周辺のことらしい。
「なんだ、ビッグフットでも目撃されたか?」
私は柄にもなくおどけて見せる。
「何それ~?ビッグ…何?」
オカルト好きの芽依がビッグフットも知らないとは驚きである。私の渾身のボケが台無しではないか。
「先生、鬼スベリしてるじゃないですか」
香枝が言う。
「ほっとけ」
私は視線を落とし、ぺティナイフで見舞いのフルーツをむき始めた。
「海だよ海!海水浴!」
私の注意を戻そうとでもするように、土佐尾ががなるように言った。病院では大声を出すな。
「海水浴?」
「その廃校の近くに知り合いが経営してる民宿があるんだ。近くに綺麗な浜があって夏場は避暑地として人気だったんだけど、幽霊のうわさが広まってからはめっきり客足も遠のいてね。格安にしとくから泊まりに来ないかって誘われてんのよ。今行けばほとんどプライベートビーチ状態だってさ」
「ホントですか!?」
香枝が目を輝かせて食いついた。
「あたし新しい水着欲しかったんですよ~。ねえ美桜付き合ってよ」
「えーあたしも行くのー?」
「よーし、香枝たちは参加決定ね」
土佐尾が満足そうに笑みを浮かべる。
「俺も行くぞ」
恭輔も手を上げる。彼はなにより肝試しがしたいのだが、その上にプライベートビーチまであるというならなおのことである。
「バカ、病み上がりで水泳なんて俺が許さないぞ」
私が呆れて制止するが、土佐尾が「まあまあ」となだめるようなしぐさをしてみせる。
「話は最後まで聞きなって。そこの民宿、実は温泉が出ててね。打身に効くって評判なんだ」
「すげえー」
「いいじゃん!湯治だよ湯治!」
香枝が恭輔との確執も忘れてはしゃいでいる。
「いや~、あたしも昨日は保護者として同伴してただろ?少しは責任感じてるのよ」
土佐尾は面目なさそうに後頭部をポリポリやっているが、私には彼女がこの件に関して実は何とも思っていないということが分かっていた。
「おいリセも行こうぜ」恭輔が促す。
「いや俺はいいよ」
「なんでだよ。行こうぜ」
「だって…、お前に付き合うとろくなことないだろ」
その通りである。そのために昨晩、伊丹、佐藤、菱川の三人は逃げてしまった。
「お前まで赤澤と同じことを」
「流石につきあいきれないよ」
利正は恭輔を見限ろうとしている。だが私には彼を責められないような気がした。事が暴力沙汰にまで及んでしまうと腰もひけるというものだ。
「じゃ、リセは不参加ね」
土佐尾が名簿でもつけているように言う。
「なんだよノリ悪ぃな」
恭輔がそう言ったところで病室の外からビニール袋をさげた少女が現れる。
「みんな、ジュース買ってきたよ」
花谷みづきである。彼女は下の階の売店まで使い走りにされていたのだ。
「みづきはどうする?海」土佐尾が尋ねる。
「海?」
「そう。みんなで海行くの。あんたも行くでしょ?」
「行く。あ、でも水着がない」
「そのくらい買ってやるよ。香枝たちこれから水着見に行くんでしょ?」
「うん、一緒に行こう」
みづきが香枝と美桜に混じってキャッキャし始めたのを見て、恭輔が芽依に目くばせする。芽依は首を縦に振った。
「えっ何何?リセは行かないの?残念だな~」
「なんだよー、ノリ悪ぃなー」
利正は二人のわざとらしい口調には気付いたが、すでに心は揺れていた。なぜならみづきはこれから水着を買いに行くというのだから。
利正が眉間にしわを寄せ何か口に出そうと煩悶していると、その様子に気がついたみづきが利正の方に体を向ける。
「そっか。リセは都合悪いんだ。残念だな。みんなで楽しんでくるからね」
しかしこれが結果的にダメ押しとなる。
「…れも行く」
利正が何か言う。
「え?何何?」
「声が小さくて、全然聞えねぇよ」
芽依と恭輔はニヤケ顔を隠そうともせずに言う。
「俺も行くっつったんだよ!!」
だから病院で大声を出すなと言っている。
土佐尾は利正の参加表明を聞くと二カッと笑って締めに入る。
「よーし、これで全員参加だね。でも一つ問題があるんだなあ」
「なんですか?」美桜が尋ねる。
「いやね、交通手段なんだけど、バスで行くと乗換えとかあって、中途半端な時間に着いちゃうんだよねぇ。あたしは車も免許もないし…。誰か運転手やってくれる人いないかなあ…」
土佐尾は完全に私と目を合わせて言う。私に運転手をやれと言っているようだった。というより今回は私を同伴させるためにあえて遠征を提案したに違いない。彼女にとって今回私が参加しなければ意味がないのである。
「運転手なら先生でいんじゃね?」
土佐尾の視線が私に向いていることに気がついた恭輔が言った。
「そうだよ、先生の車でかいし」
「ちょうどいいじゃない」
「先生ありがと~」
「断る」
これは私をおびき出すための罠なのだ。私はおそらく土佐尾に狙われている。そうとわかっていながらのこのこと彼女について行くことなどないではないか。
土佐尾にとって私はいまや仇敵とさえ言ってもよい存在なのだ。私がそうとわかるのは、彼女が現在〝昨年死んでしまった娘〟と同席しているからに他ならない。
もともと私が土佐尾に接近したのは、娘のみづきの情報を得るためであった。そしてその際、つまり土佐尾を訪ねた際、私は彼女と〝死んだみづき〟の話をしたのである。あくまでも私たちはみづきは死んだものとして意識を共有していたのだ。したがって花谷親子と私が同席している現在、みづきが死んだことを知っている土佐尾が当たり前のように親子を演じているのは不自然なのだ。
可能性は二つある。一つは土佐尾が娘の霊を母として受け入れたというケース。この場合みづきのことを幽霊と知っている私のことが目障りなはずだ。私は何かされるだろう。そしてもう一つの可能性とは、土佐尾も子どもたちと同様にみづきの霊的エネルギーによって籠絡されているというケースである。この場合土佐尾が幽霊に操られている可能性さえ否定できないため、どんな目に遭わされるかわかったものではない。
いずれにせよ私の身に危険が迫っていることには変わりない。だから私は可能な限りこの花谷土佐尾という女と接点を持ってはならないのである。ただしその場合、土佐尾が他の子どもたちを人質にとって私を脅しにかかってくる可能性もあった。
「いや先生マジで空気読めって」
運転手を断った私に恭輔から非難の言葉が降りかかる。
「しらけるんですけど」
呆れかえる香枝。
「けちん坊」
芽依は頬を膨らませる。
「断るくらいなら死を選べよ」
「選ばねえよ」
ひょっとしたら私は今回の旅行で本当に殺されてしまうかもしれない。だがもし参加を断れば無関係の子どもたちにまで火の粉が飛んでしまう可能性があった。
(俺はどうすればいい―)
脂汗が滴り落ちる。
「連れてってくれないとみんなにバラしちゃうぞ」
私が悩んでいると不意に芽依がそう言った。
「バラすって何を」
「女性関係の不祥事をみんなにバラしちゃうぞ」
芽依が頬をふくらましたまま振り返り、後ろにいた土佐尾の顔を上目で見つめる。
「何?あたしのこと?」
見つめられた土佐尾が訳も分からず自分の顔を指差している。
「全校生徒にバラしちゃうぞ」
私にはその意味がよく理解できた。そうだ、私は子どもたちの〝誤解〟を解くことを記憶から完全に抹消していた。
芽依は私と土佐尾の〝不倫関係〟のうわさを触れまわって全校生徒に知らしめるつもりなのだ。根も葉もない心霊話を学校中に広めた時と同じように。
「そうだぞ、バラすぞ」
「そうよ、連れて行きなさいよ」
芽依の言葉の真意に気がついた恭輔と香枝が私を脅迫するように言う。もしこいつらにそんなうわさを立てられたりしたら―。私の顔は一瞬で青ざめた。
「やめろ!バラすな!!」
「教育者として不倫はよくないよな、不倫は」
詰め寄る恭輔。
「不倫なんてしてないだろ!第一ほら、二人とも独身だし!!」
「でも一応生徒の保護者なんだから越えちゃいけない一線があると思うな」
加勢する利正。
「何だよ一線って。言ってみろ!」
「なんだろ?エロいことかな?」
「してねーよ!!」
「嫌、やっぱり大人って不潔なんだわ」
美桜が軽蔑のまなざしを向ける。
「やめろ!そんな目で俺を見るな!!」
「ねえねえ先生、それでさっきのビッグなんとかってなんなの?」
「今さら何だー!!」
こうして私は彼らの小旅行に同伴することになったのであった。
ところで、私と花谷土佐尾以外にみづきがすでに死んでいることを知っている人間がもう一人いる。
赤澤彬央である。
昨夜彼が現世へと帰って来た際、錯乱状態の彼に私はすべてを話して聞かせた。
本当は彼を巻き込みたくなどなかったが、これから私は塔子の口車に乗って、一致団結して花谷みづきを倒すのだから、塔子にはなるべく現世にとどまっていてもらわなければならない。そのために誰かを身代わりに立てて霊界とやらで留守番をしていてもらう必要があったのだ。協力させる以上、きちんとした事情は話したかった。
「あら、先生。いつも彬央がお世話になっています。彬央、先生がお見えになっているわよ」
赤澤の母親が私を玄関に招き入れながら息子を呼んだ。
「どうぞ、上がってください」
「いえ、お構いなく」
平屋建ての赤澤家は部屋の数が多く、玄関をあがると廊下が複雑に入り組んでいる。赤澤は廊下の角から首だけ出して玄関にいる私の姿を認めると、何も言わずにまたすぐ首をひっこめた。
「彬央、失礼でしょ」
「母さん、勘弁してくれよ。そいつは悪魔の手先なんだぜ」
「馬鹿なこと言うんじゃないの。本当にすみません、先生」
母親は奥に引っ込んで行った息子を引きずって玄関まで連れてくると、「ごゆっくりどうぞ」と愛想笑いを浮かべて廊下の角へと消えて行った。
「よし、昨日も言った通りだ。行くぞ。ついてこいよ」
「どこへ?」
「東出の交差点に決まっているだろ」
赤澤と私が東出の交差点へやってくると、ツインテールの少女がバス停の影のところで手をふっていた。ふと横に視線をやるとすでに赤澤の姿がない。霊界へと連れて行かれたらしい。
私は塔子の前まで行くと、挨拶もそこそこに先ほど市立病院で花谷親子から小旅行に誘われたことを話した。
「花谷自身にはそれほど強い力はない。カメラさえ取り上げてしまえば問題ないだろう」
大まかな事情を聞いてから塔子は答える。
「写真に撮られた子どもがあの世へ連れて行かれる―。終業式の幽霊のうわさっていうのはたしかそんな話だったろう?それ以外の点ではどこにでもいるいたって平凡な自縛霊だよ、彼女は」
「自縛霊?」
私は眉を寄せた。
「何かおかしなことを言ったか?」
「自縛霊っていうのはたしか、その場所から動けない幽霊のことを言うんじゃなかったか?」
「例外ってものもあるのさ、幽霊の世界にも。そんなことを言い出したらどうして終業式の幽霊が夏休みに入っても出没しているんだ?」
塔子は微笑を浮かべた。
「それも例外か?」
「いろいろとイレギュラーがあったんだよ、今回はね」
その点は私にもいまだ疑問であった。終業式の夕方にでるとうわさの幽霊が七月末となった今日まで出没し続けているというのはやはり不自然だし、終業式の日に写真を撮られた芽依がうわさの通りにあの世へと連れて行かれなかったことにも納得がいかない。
「いままでイレギュラーがあったなら、これからもその可能性があるんじゃないのか?花谷がカメラなしでも俺一人くらいなら呪い殺せるくらいの力をもってる可能性だってあるじゃないか」
「その可能性も否定できない」
塔子はケタケタと笑った。
「お前本気で花谷をやっつける気があるのか?」
「あるよ、大マジさ」
「そもそもどうしてお前が花谷を嫌う?」
「同じ子どもを狙う幽霊として、あいつが目障りだってだけさ。縄張り意識だよ、要するに」
「子どもを狙うって…、お前本当に赤澤は安全なんだろうな」
「何度も同じことを言わせるなよ。彼が早まったことをしない限りは安全だ」
「そうか、だったら今日のミーティングはお開きにしよう。赤澤を戻してくれ」
「はいはい」
塔子の体は次第に透き通っていき、やがて彼女の体が完全に消えたと思うと、空中五十センチほどのところに気を失った赤澤の体が現れ、どさっと音を立ててアスファルトの上に倒れ込んだ。
それから数日が経ち、花谷親子が指定した旅行の当日となった。日程は二泊三日、メインイベントである肝試しは二日目の夕方行われる予定だった。
午前八時、私も含め誘われた六人が花谷家の前に集合する。
花谷家は古民家でこそなかったが、二階建ての母屋は相当古く、塀に囲まれた敷地内にはちょっとした蔵のようなものまで建っていた。
駐車場がなかったので私は車を塀沿いに停め、敷石を踏んで玄関へと入る。前日に雨が降ったため土がぬかるんでいたのだ。玄関の中は土間になっていて、上がってすぐのところに台所のガスコンロが見えた。
土間に散乱していた子どもたちのサンダルを足で隅によけ、台所を背にして腰かけるとすでに家に上がり込んでいた子どもたちが銘々に荷物を持って玄関を出て行った。
「おい、荷物が多すぎるぞ」
開けっ放しの玄関に向かって私は呼びかける。
玄関の外では車が狭いだ何だとがなる声が飛び交っている。
「余計な荷物は置いていけ」
そこへみづきがちょうど通りかかった。衣類の入ったトートバックに肩から一眼レフを下げている。
「カメラはお母さんのが一台あるんだからおいて行けよ」
「でもこれ大事なやつだから」
「まさか抱いて寝ているわけでもないだろ?」
「そんなわけないじゃん」
「家においときゃ誰も取りやしねえよ」
「そうかな?」
「そうだろ」
私は塔子の忠告通り、カメラをみづきから取り上げることに成功した。
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