不穏
おかしい。
この間の試合からミユがやたらと僕に近づくようになった。元々歳が近かったり、ヒロさんの関係で仲良くはあったんだけど、ヒロさんがいない時に遊びに誘われたり、ご飯に誘われたり。それまでは基本的にはヒロさんがいるときだったのにね。
そうそう、ヒロさんといえば、走ってサキの前から逃げたことに関して「彼女さんが美人だったから緊張して逃げちゃいましたー、すみません」って謝ったら、「まだ彼女じゃねーよ!」と笑って許してくれた。ごめんね、ヒロさん。
話を戻すけど、そんな感じでミユはなぜか僕といることが増えてきて、ヒロさんには「カズが義弟になる日も近いな」なんて言われちゃったよ……なりませんから。
ミユのお誘いは、ご飯とか遊びには付き合うけど、さすがに僕の家に来たいっていうことは断るようにしている。彼氏に誤解されたらめんどくさいしね。まぁ、ご飯くらいならやることはやってないって分かるし許されるかなっ……ていうのは僕の個人的な感覚なんだけど。
とにかく、不自然なくらいミユは僕を誘ってくる。まぁ、彼氏の話なんかも聞いちゃったし、ちょっとは心を開いてくれたからこそなのかもしれないけど。
とはいえ、あの後彼氏とどうなっているのかはは教えてくれないわけで。ただ、「あのサッカー場にいた人、カズくんの彼女じゃないの? 本当に?」とはやたらしつこく確認するようになってきた。どうしたんだろう、一体。
プレゼントを渡してからはお店にも行けなかったし、試合会場で会うことも無かった。僕は僕でテスト勉強が忙しかったり、天皇杯予選で勝ち進んでるから練習に励んだり。ゆうちゃんは、あの言葉がリップサービスだったのかもしれないしね。一回来てくれただけでも感謝しないとね……うん。
寂しさを感じながら自分に言い聞かせて、僕は練習に向かう。
今週末はいよいよ予選の決勝だ。相手はキックスっていう、アマチュア最高峰のリーグであるJFLに所属するチーム。正直、かなり格上。
とはいえ、勝てない相手じゃない。今年は調子もよくないみたいで、JFLじゃ下位をうろついている。キックスに勝てば、本大会に出られる。本大会に出れば、プロとも試合ができるかもしれない。
それをモチベーションに、今日も僕はボールを蹴る。
練習を終えて荷物をまとめていると、ミユに声をかけられた。
「ねね、カズくん。このあと、空いてる?」
「空いてるけど……」
僕のその返事に、周りにいたチームメイトが声をあげる。「カズも隅におけねぇなあ!」「ヒロー、妹が危ないぞ!」なんてね。いや、良い歳の大人なんだからもうちょっと落ち着きましょうよ。
「ねー、カズくんち、今日行っちゃだめ?」
「ダメ」
即答にミユは口を尖らせて「何でー」と不満げだ。いや、お前も彼氏がいるならそんな簡単に一人暮らしの男の部屋に来たいとか言うなよって。でも、ヒロさんがミユの彼氏のことを知ってるかどうかは分からないから、その説明をして良いのか分からないんだけど。
「じゃあご飯いこうよー」
「それくらいなら……」
「決まりっ! ほら、早く早く」
彼女は手を叩いて僕を急かす。チームメイトも囃し立ててくるけど、何なんだ、みんな。お疲れさまでしたと声をかけながら、僕たちは帰り始めた。
今日は何だか天気が良くなくて、夜から雨が降るらしい。
「雨が降る前に帰りたいなぁ」
僕がそう呟くと、ミユは「カズくん、傘忘れたの? ちゃんとしなよー」なんて言いながら自慢げに折り畳み傘を見せつけてきた。
「はいはい、さっさと食べてさっさと帰ろうな」
そう言うと、僕らは帰り道のレストランに入った。ミユの彼氏の話を聞いたお店だ。以前と同じメニューを注文して、僕らは雑談を始める。キックスに勝てるかな、とか。ヒロさんの彼女候補ことサキの話とか。ちなみに、ミユはサキが僕の元彼女だってことは知らない。
「それにしても、ヒロ兄の新彼女、可愛くて驚いちゃったよ」
「ヒロさんが言うには、『まだ彼女じゃない』らしいけど?」
「いーや、あれは付き合うね。間違いないよ。絶対そのうち付き合い始める」
絶対だよ、絶対。ミユはそう言い足して、僕に同意を求めてきた。
「……うん、そうだね。そうだと思う、付き合うと思う」
歯切れは悪くなったけど、それを認めることへの躊躇いはどんどん薄くなってきた。時間が経つにつれ、僕の暗い気持ちは薄くなっている。理由は時間なのか、それとも他にあるのかは僕にはまだ分からないけど。
「ねぇ、カズくんは? 彼女作らないの?」
「どうした急に」
話に脈絡がないぞ。
「いや、カズくんって見た目チャラいのにそういう話をあんまり聞かないなーって」
「……僕、そんなにチャラそう?」
ゆうちゃんにも言われたし。
「チャラいよー! 髪色明るいし、長いし、アクセサリーもつけて私とチャラチャラご飯に来て! チャラい!」
「分かった、もうミユとはご飯に来ない」
「冗談だって冗談! でも、見た目はチャラいよー、うん」
そっか……ちょっとイメチェンしようかな……悩む。
「で、彼女は?」
誤魔化したつもりなのに、しっかり話を元に戻されてしまった。うーん、本当に最近は何かおかしいな。どうしたんだろう。今までならここまでしつこく問いただしてくることはなかったし、避けようという意図を汲んでくれるタイプだと思っていた。
「前も言っただろ、いないって」
「じゃああの女の人は何ー?」
「いや、だからただの知り合い」
その言葉に、自分でちょっと傷ついたりね。知り合いって言っちゃっていいのかな。
「ただの知り合いとあんなに密着して、背中撫でさせながら話したりするの? やっぱりチャラいよ」
ああ言えばこう言うなぁ、本当に!
「何、どうしたの。最近、ちょっとおかしいよ、ミユ。前はそんな話全然してなかったじゃん」
「おかしくないよー、カズくんに興味わいちゃっただけー」
だめー? なんて上目使いで聞いてくる。いや、ダメとは言ってないけどさ。でもやっぱり、何かおかしい。
「カズくんは私に興味ない?」
「いやー……ねぇ」
そんなこと、急に聞かれても困る。ていうか、本当にどうしたんだ、こいつ。
「無いのー? 傷ついた……」
落ち込むフリをするミユを見て、僕は本格的に心配になってきた。
何だ、こいつ、もしかして彼氏にフラレてか何かのショックでこんなテンションになってるのか? まあ、そうだとしても言われるまでは聞かないでおこう。めんどくさいしね。
「ほら、カズくん、年下の女の子が落ち込んでるんだよ。慰めてよ」
これまた、ざっくりした要求で。
「僕以外に興味持ってる人がいるから……」
「やだー、カズくんがいいのー」
何なんだ、本当に。今日はいつにも増して、変なテンションになってる。
「ほら、もう良い時間だし、帰ろう」
声をかけると、ミユは駄々をこねるような声で「もうー? 早いよー、まだ大丈夫だよー」と言ってくる。いやいや、あんまり遅いとヒロさんも心配するだろうしね、ご家族も。
嫌々言いながら、ミユはバッグを手に持ち支度を始めた。
お会計を済ませてドアを開けると、軽く雨が降り始めていた。しまった、遅かったか。お店の人が傘を貸そうかと声をかけてくれたけど、このくらいならどうにかなりそうだ。お礼を伝えながら断って、僕達はレストランを後にした。
「カズくん、相合い傘したかったから借りなかったんでしょ?」
調子の良いことを言ってくるから、ミユの頭を軽く叩いてやった。全く、どうしたっていうんだ。
「痛いよー、カズくんに叩かれたー、DVだよ、DV」
「誰がDVだよ、誰が」
「傷物にされちゃった……責任とらせてやる……」
そんな、下らないやり取りをしながら僕たちは駅へ向かう。
練習場は少し外れた場所にあるから、駅までは少し距離があって。帰り道にはアパレル系のお店の通りがあったり、ホテル街があったりもする。ごちゃごちゃした町だよなぁ。レストランも結構練習場寄りのところだから、駅まではまだ長い。
二人でダラダラ話しながら歩いていると、少しずつ雨足が強くなってきた。しまった、素直に甘えて傘を借りるべきだったかな。
足取りを速めても、駅に着く前に雨は本降りになりそうな気配を感じているんだけど、今更どうしようもないし……コンビニでビニール傘を買うのは負けた気がして嫌だし。
「雨、強くなったね」
傘を開いているミユは、他人事のようにそう呟いた。
「……入る?」
「いいって、折り畳みなんだから二人も入れないだろ」
その返事には小さく「つまんないのー」なんて愚痴をこぼされながら、二人で並んで歩く。話すだけ話したからか、少し沈黙。その分、雨が地面を叩く音が耳に入ってきて、それがどんどん強くなってきた。
それはとうとう僕も耐えられないくらいになって、駅に向かって走りながら、雨宿りできそうな屋根を見つけた。そこが何なのかも確認しないまま、一度屋根の下に避難する。
びしょびしょになった服の裾を扇ぎながら様子を見ると雨足は強く、しばらくはやみそうにない。
どうしたものかと考えていると、後ろから傘をさしてと歩くミユが追い付いてきた。
「うわー、大丈夫?」
「大丈夫に見える?」
傘を持っていたミユはそこまで被害がないみたいだけど、僕は結構やられてしまった。一度家に帰って練習に向かったから、教科書とかプリントみたいに雨に負けそうなものが少ないのがせめてもの救い。
ため息をつきながら雨がやむのを待っていると、後ろから「すいません」と男女二人組に声をかけられた。その声に反応して道を譲ると、看板が目に入った。
うわっしまった、ここ、ホテルの出入り口か……ミスったなぁ。
「入っちゃう?」
顔をミユに向けると、彼女はホテルのドアを指差している。
何言ってるんだ、こいつ。
「お前、いい加減に……」
「だってさ、雨やまないと思うよ。カズくん、傘ないでしょ。それに、そんな濡れてたら電車にだって乗れないよ。どうするつもりなの?」
そこまで言われると、少し言葉に詰まる。
「……それは駅についてから考えるけどさ」
「ここで入った方が絶対良いと思うんだけどなぁ。風邪引いちゃったら、週末の試合に響くよ?」
「いや、だから入らないって」
「そんなに私と一緒に入るのは嫌だ?」
「いや、だからそういう話じゃ……」
「じゃあ良いじゃん、入ろうよ。私だってこんな雨のなか歩きたくないよ」
「本当に最近どうした? 大丈夫?」
「私はいたって普通だよ、大丈夫」
いや、普通じゃないから……って言っても認めようとはしないんだろうな、たぶん。
「いや、お前、やろうとしてること、彼氏と同じことじゃん。それ分かってるの?」
言って良いのか分からなかった、と言うか、たぶん言っちゃダメなことなんだろうけど、僕はそれを口にしてしまった。こうでも言わないと入ると言うまでここで口論をすることになは気がしたから。
僕の言葉を聞いたミユは、表情を曇らせて俯いた。
責めるように言ってしまったことを悪いとは思うけど、でもこう言う以外にミユを止める方法も思い付かなくて。ごめん。
しばらく黙っていたミユは、顔をあげて僕を見た。目を合わせて、決意を込めた目線だ。
「そんなこと、分かってるよ」
「じゃあ何で……」
「分かってるけど、傷つけられた私はどうすれば良いの? 傷ついただけで、それで終わりなの?」
「どうすればって……」
何で、今なんだろう。いや、タイミングの問題じゃないのかもしれないけどさ。ほら、前に僕に話してきたタイミングでだったら、浮気されたショックでって分かる。
でも、あの時は割と冷静に辛さを処理できていたように思える。あれからしばらく経っているのに、何で今更。
「何で私だけなの。ねぇ、カズくん、教えてよ」
そんなこと、僕に言われても困る。困るけど、それを言葉にすることも僕には出来なかった。
「そんなに私って魅力がない? すぐに浮気されるほど、私から誘ってもエッチしたいとは思えないほど魅力がないの? ねぇ!」
そう叫ぶ彼女の目は雨以外の何かで濡れていた。
傘をさして歩いてる人たちは、ホテルの前で立って口論をする僕たちを好奇の目で見ながら通りすぎる。痴情のもつれに見られているんだろう。
「そんなことは……」
実際、ミユは可愛い子だと思う。気さくで、マネージャーとしても気が利くし、顔だって愛嬌があって可愛らしいって感じで、少なくとも嫌われるような子ではない。
でも、だからと言って僕が彼女を抱くことはできない。
「……」
沈黙を回答にすることしか、僕には出来なかった。
「……もういいっ、帰るっ! カズくんの、バカ!」
その言葉を残して、ミユは走って僕の前から消えてしまった。
ホテルの前で立ち尽くして、僕は彼女の背中を目で追いかける。
それしか、僕には出来なかった。
クズに愛の花束を 橋本成亮 @shigeyori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。クズに愛の花束をの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます