あなたからのプレゼント

 カズヤの話を聞いた私は、素直に驚いた。

 偶然ってあるんだなぁ。

 カズヤの元彼女が、オオタさんの新彼女候補。そしてカズヤはオオタさんに憧れてる。それは心中穏やかじゃなくて当然だよ。

 辛そうな彼を何とかしてあげたくて、私が伝えた言葉が適切だったのかは分からないけど、少しは元気になってくれたみたいで安心した。

 本当に、彼は頑張り屋だと思う。

 サッカーの試合を見ていても感じたし、聞いた話もだし、お店で聞いたときもそう。自分でどうにかしようとして、その重さに負けてしまいそうになっても、それでも自分でやり遂げようとしてる。

 それが正解なのか私には分からないけど、でもそんな彼が私にはとても眩しく見えるのも事実で。

 アキラとの関係性も、これ以上前に進むことはないって知ってるのに、止めるという決断すらできない私とは大違いだ。泥沼から抜け出そうとはしないくせに、「辛い」「止めたい」って心で思うだけで、本当にどうしようもない。

 カズヤに言葉をかけながら、自分に言い聞かせていた。

 変わらなきゃ。私も、頑張れるようになりたい。

 そんな決心染みた感情を持ったところで、私の行動は変えられないんだけどね。結局、アキラに誘われたら私は彼と寝るだろう。誘われなければ寂しくなって、勝手に凹んでしまうだろう。

 私っていう人間の弱さが、自分でもよく分かるの。

 変わりたいという気持ちだけで変われるなら、今ごろ私は聖人君子になれているはずだしね。気持ちだけで変わるのは難しいよ。

 そんな風にモヤモヤして数日が過ぎ、私は誕生日を迎えた。

高校を卒業して最初の年は、高校の友達がお祝いしてくれた。

 でも、去年は誰からも祝ってもらえなかった。大学や専門に通ってもいなければ、職場の女の子とも特に親しいわけではない。独り暮らしを始めていたから家族も連絡がなくて、寂しい誕生日だったなぁ。

 ホストにハマったのには、二十歳になってお酒も飲めるようになったし、その寂しさを埋めたいって気持ちもあったのかもしれない。まあ、それがどうしたって話なんだけど。

 寂しさを埋めるためにホストに通い、抜け出せなくて辛くなるなんて思ってもいなかった。

 アキラも私の誕生日なんて興味を持っていないだろうし、どうせ私は今年も誰にも祝われないまま一人で歳を重ねるんだ。

 別にいいんだけどさ、でもやっぱりちょっと寂しい。

 どうせ誰にも祝われないなら、明日は出勤前に買い物に行こう、自分で自分にプレゼントを買ってあげよう。 アキラのお店に行くかは、仕事が終わって決めよう。そう決心すると、私は何か欲しいものを探してファッション雑誌のページを開いた。


 かなり奮発して、お高いブランドのアクセサリーを自分にプレゼントした私はご機嫌だった。

 たぶん、私みたいな歳の女が持つには分不相応なブランドなんだろうけどね。いつもアキラにばかり高価なブランド品を貢いでいて、自分には安いものばかりだったから、たまには良いよね。

 浮かれた気持ちで出勤すると、今日は予約が一杯入ってた。普段はあんまり忙しくない方が嬉しいんだけど、今日は頑張ろうって気持ちになれる。指名料も稼げるしね、アクセサリーの分を稼いで、また自分にプレゼントしてあげよう。

 裸になっては服を着て、裸になっては服を着てを繰り返す。まあ、誕生日だからってお仕事まで特別になる訳じゃないからね。いつも通り。

 そんな感じで慌ただしく働いていると、この間の試合からそう日も経っていないのにカズヤが待っていた。

 どうしたんだろう、また悩み事? まだあの日のショックを引きずっているんだろうか。

 たぶん彼は、私に体を求めてこのお店に来ているわけではない。

 それは何となく分かっているんだけど、それじゃあ悩み事の相談なのかなって考えると、そんなに次から次へと悩んでるのかな、なんて考えちゃったりもする。

 何となくしないとは分かっていても、行為をするかどうかだけは一応は確認しないといけない。冗談めいて彼に声をかけてみると、彼は紙袋を差し出して来た。

「えっ、私に?」

 いや、確認しなくても私にだって分かってるんだけどさ。何でカズヤは私の誕生日を知ってるんだろう。私の疑問に対する返事を耳にすると納得したけど、よく覚えてるなぁと感心したりもする。

 カズヤが4月生まれっていうのは、お客さんの歳を覚えるためだと思って私は意識してたけど、まさか私のそれを覚えてくれているとは思っていなかった。というよりは、あの時は彼がこんなに通ってくれる関係になると思ってなかったという方が正しいのかもしれない。

 誰にも祝われないと思っていた矢先、予想外の人に祝ってもらえた私は嬉しさのあまりにオーバー気味に喜んじゃった。不自然なくらい。だって、それだけ嬉しかったの。

 私の誕生日が今日であることをカズヤに伝えたら、「じゃあ、良い日に来たね、僕」と笑っていた。本当にそうだよ。

 それにしても、このプレゼントは一体なんだろう。何だか気になるんだけど、本人の前で開けるのは失礼だよね、たぶん。プレゼントを確認するタイミングを失ったまま、話は進んでいく。先日のショックも少しは和らいだのか、その話は出てこなくてちょっと安心した。

「……あっ、それ」

 私は彼の胸元を指差した。そこに飾られていたのはネックレスで、それはさっき私が買ったブランドと同じものだった。

「そのブランド、好きなの?」

「えっ?」

 カズヤは急に話を変えた私についてこれなかったみたいで、何のことか分かってないみたいだ。彼の首にかけられているそれをツンツンと指先でつつきながら、私は彼に示して見せた。

「これ、ネックレス。可愛いなぁ、って」

「ああ、これ? うん、お気に入り」

「良いよねー。私も、さっき自分へのプレゼントにそこのアクセサリーを買ったんだ」

 今思い出しても、嬉しくてちょっとにやけそうなくらいだ。

「いいなー。僕はあれだよ、去年二十歳になったときに、ずっと使える良いものを買おうと思ってバイト代を貯めて買っただけだから。だから、気合い入れたい時に付ける勝負アクセサリー……みたいな?」

「じゃあ、今日は気合い入ってるの?」

「たぶん?」

 何それーって突っ込むと、彼も何だか恥ずかしそうに笑った。

 そっか、やっぱり私たちくらいの歳だと、そんなに簡単に買えるものじゃないんだよね。私にしてみれば高価とはいえ、何だかんだこのお店で働いてアキラに貢がなければ普通に手が届くくらいの額でも、カズヤにとってはお金を貯めて買うものだし。

 私がこのお店で働いて得たものは、お金と狂った金銭感覚なのかもしれない。

 そこから、カズヤの好きなファッションの話とか、逆に私のお気に入りのブランドの話なんかをしているとお見送りの時間になった。

「本当に……ありがとね!」

 彼を出口まで送ったあと、紙袋を抱えて私は彼にお礼を告げた。

 カズヤは「大したものじゃないから」なんて言うから、私は軽く叩いちゃったよ。大したものだろうがそうでなかろうが、私にとっては大事な大事なプレゼントだ。

 早く仕事が終わらないかなぁ、紙袋の中には何が入ってるんだろう。

 カズヤが来る前以上に浮かれて、私はお仕事を終えた。すぐにでも中を確認したい気持ちでいっぱいだったんだけど、何となくお店でそれを開けるのは勿体ない気がした私は一度家に帰ることにした。

 ちょっと大きな紙袋。でも、中身はそんなに重たくない。

 家に帰りつくや否や、私はテーブルの上に置いた紙袋を閉じているシールを剥がした。

「わぁ……」

 中に入っていたのは、ストローハット。俗にいう麦わら帽子だった。お洒落な雰囲気なのをチョイスしてるのはさすがだけど、何でカズヤはこれを選んだんだろう。

 それを被って姿見で確認すると、ちょっと良い感じ。今日買ったアクセサリーにも合うかもしれない。いつまでも部屋の中で被ったままでいるのも変な気がして、名残惜しさを感じつつもそれを紙袋に入れようとする。袋を開き、帽子を手に持ったところで、私は底に残っていた封筒の存在に気がついた。

 表面には『ゆうちゃんへ』という文字。裏面のシールを丁寧に剥ぎ、中身を確認する。


**********

 僕なんかに手紙を渡されても困ると思うから、あれだったら捨ててください。

 この間は本当にありがとう。お世話になりました。何て言うか、ゆうちゃんに話を聞いてもらえて本当に楽になりました……っていうのは、初めて来たときからいつもなんだけど。

 6月に誕生日だって言ってたから、何かお礼にプレゼントと思って、これにしました。「また見に来たい」って言ってくれたのが本当なら、これから暑い日が続くし、熱中症対策にも?被ってもらえたら嬉しいです。

 安物だし、趣味じゃなかったら捨てて。ごめん。

 気持ち悪いこと書くけど、ゆうちゃんに会えて本当に良かったです。変な気持ち悪い客だって思ってるかもしれないけど、でも、僕は本当に色々と救われました。

 良い一年にしてね。本当に、おめでとう!

**********


「……律儀だなぁ」

 手紙を読みながら、つい苦笑いしてそんなに感想が漏れた。

 そんなに遠慮気味に言わなくても、カズヤのことを気持ち悪いお客さんだと思ったこともなければ迷惑だなんてとんでもない。ただ、変な人とは最初に思ったけどね。

 何て言うか、カズヤは一生懸命なんだと思う。手紙もそうだし、プレゼントだってそう。私の「また見に来たい」って言葉を覚えてこのハットを探してくれたんだろうし、かといって押し付けじゃなくて手紙でそういう風に説明してくれたり、メッセージをくれたり。初々しいっていうよりは、一生懸命。

 ただ高価なアクセサリーをアキラに貢いで喜ばせようとする私とは大違いだ。金額じゃないもんね、プレゼントって。

 カズヤは私の好きなブランドも知らなければ、手紙にも書いてたみたいに、私が自分で買ったブランドのアクセサリーみたいに高価なものでもないんだとは思う。

 それでも、カズヤからのプレゼントは私の胸を揺さぶる。それはきっと、言葉にするなら感動というもの。

 人の暖かさに、久しぶりに触れた気がする。

 アキラと体を重ねているときにも感じたことのない暖かさ。私自身、もう長い間忘れていた気がする。帽子を片付けるのが何だか急にもったいなくなって、それをカラーボックスの上に飾ることにした。

 うん、可愛い。

 それを見てニヤけていると、私はあることを思い出す。

 そういえば、アキラのお店に行かずに帰っちゃった。でも、何だか幸せだから今日は良いや。カズヤに祝ってもらえたし。

 飾ったハットを眺めてにやけながら、私は自分で買ったアクセサリーも確認して幸福に浸っていた。

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