一章07:青年は、あなたを守ると心に告げて

 エメリアが孤児院に帰ってきたのは、その日の夕方だった。

 表情はやつれていて、その元気が装ったものである事は一目で分かる。


「こんにちは」

 傍目にはいつも通りの挨拶を経て、彼女は院の門を潜る。

 実家の雑貨屋から仕事場に通うエメリアにとって、一応この孤児院は他人の家だ。


「エメリア、おかえり」

 一方の僕はフィオナの治療をするシンシア、部屋で眠るケイに代わり、子どもたちの面倒を見ていた。

 勇者エイセスの一行によって認められた英雄の帰還に、子どもたちが俄に沸き立つ。


「ララト――、ただいま」

 僕を見てほっとした様に一息ついたエメリアは、そんな子どもたちの気配に気づく様子も無く、礼拝堂の長椅子に腰掛ける。

 

 居住スペースとは異なり、石造りの教会部分は古びたまま放置されていた。隙間風が間から入り込み、些かに肌寒い。


「ああ皆、僕はちょっとエメリアと話があるから、外で遊んでおいで」

 ユークトバニアからエメリアが一行に加わる旨は子どもたちにも伝えられていて、わっと彼女に群がりかけた皆を、僕は散らし追い払う。


「えーつまんないの、ララトお兄ちゃん」

 子どもたちは最初こそぶーたれたが、一方で何か違和感を感じてもいるのだろう。珍しく言う事を聞き外へと出て行った。

 

 長椅子を四つずつ並べればそれで一杯の、こじんまりとした聖堂の中に、僕とエメリアだけが残される。




「いいのに、気にしなくても」

 だけれどエメリアは周囲に人が居なくなった事を確認すると、言葉とは裏腹に横になってこちらを向き「ありがとう。でも本当は凄い疲れた」と微笑んだ。


「――お疲れ様。何か飲み物、持ってこようか」

「いい、大丈夫。それよりララト、側に来て」

 寝そべるエメリアに促されるまま、僕は彼女の隣に座る。


「なあエメリア」

「なに?」


「俺、決めたよ」

「何よ、いきなり俺とか。僕でしょララトは」


「決めたんだ」

「だから、何を」


「俺、エメリアたちに付いて行く」

「はあ???!!!」

 途端に大声を出したエメリアは、ブロンドの長髪を靡かせながらがばりと起き上がる「え、嘘? 本当?」と付け加えて。


「ああ、本気だ。シンシアたちにはもう伝えてある」

「待って……コキュートス級がうじゃうじゃ居る敵地に乗り込むのよ? ララトじゃ死んじゃうよ!?」

 エメリアは血相を変えていて、予想外の猛反対に今度は僕がたじろいだ。


「大丈夫さ。自分の身は自分で守る。――一人だけ残って笑って過ごすなんて真似、俺には出来ないよ」

 既に貯金を全て叩いて、ミスリル製の武器と防具を揃えてきた。これでも守備隊で一番キツい訓練は乗り越えて来た身だ。自分の身に振りかかる火の粉ぐらいなら払える筈だ。


「はぁ。全く全然分かってないなぁララトは。ふぅ――、まあいっか。何かあったら私が守ってあげれば済むだけの話だし」

 何度か溜息を付いたエメリアは、諦めた様にかぶりを振って「私は兎も角、フィオちゃんとケイちゃんはララトが居ないと駄目だもんね」と続けた。


「ちぇっ……はいはい。最強の魔法剣士ゾーレフェヒター様にはこんな男の力添えなんか要りませんでしたねー」

 戯けて見せた僕に「――馬鹿。そんなこと言うなら守ってあげないわよ」とエメリアは頬を膨らませる。


「いいよ。今度は俺が皆を守る。――いや、守らせてくれ、エメリア」

 双肩を強く握る僕。次にエメリアは膨らませた頬を赤くさせ、抜けた空気が蒸気になって頭から外へ逃げた。


「ほんっと。肝心な所でいっつも少しだけ格好いいんだから。卑怯だね、ララトは」

 ぷいと顔を逸らし、エメリアはすっと立ち上がる。


「今日もあいつらに呼ばれて憂鬱だったけど――、ララトが来てくれるって聞いたら、何だか気が楽になったな」

 さっきまでの疲弊とは打って変わって、エメリアは清々しい表情で正面の聖母像を見つめていた。




 ――聖グレースメリア。

 大陸全土で信仰される、地母神の彫像。

 長く美しい長髪と、決意を揺るがさない凛とした面持ちは、どこかしらエメリアと似通って見えた。


 いつもはずっと守って貰っていた僕だ。こういう時こそは僕が彼女の支えでありたい。

 僕はそう思って視線を、エメリアと同じ聖母像に向けて祈った。


 どうかこの地獄が早く終わって、また平穏な日々が戻ってきます様にと。

 その為ならば、僕の命すら取ってくれて構わないからと、ただ只管に――、強く。

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