一章:エイセス、全てを奪った者の名を

一章01:ソレユ・ドミニ、刻まれし白夜の史

 ――白夜歴ソレユドミニ

 帳の無い夜から始まったこの暦は、それ自体が人と魔との、絶え間ない戦いの歴史でもあった。


 かつて魔の者はみだりに人の世へは足を踏み入れず、星そのものから見れば、彼らは増えすぎた人類を間引きする、バランサーの役割でしかなかった。

 

 だがSDソレユドミニ00年。後に白夜の日ソーレディと呼ばれる黙示の夜に、全てが変わった。


 突如として人の世に舞い降りた魔王は、その手から眩い光を夜に走らせ、一つの王国を地図から消した。


 それから極北の地コキュートスを漏れ出した魔族の軍は、徐々に少しずつ時間をかけ、人の世界に侵食を始めたのだ。




 魔族が自然界のバランサーを放棄した時、星の循環を司る人外なる調停者たちは頭を抱えた。


 魔に抗う者、人の世を再興すべく立ち上がる者。――彼らは暴走したバランサーをもう一度コキュートスに封じ込めるべく、対策を取る必要性に駆られたのだ。


 沈黙を続ける無光闇の三元素トゥレースに対し、地水火風の四元素クアトルは、人の中から適応者を選び、それらの人物に自らの力を分け与える事で対魔の切り札とする道を選んだ。


 これが俗にいう「勇者エイセス」の起源であり、以後三世紀に渡る戦争の、先導者を生む決定となった。


 しかし戦争の終焉による魔族の消滅は、引き換えに人の無尽なる増殖を示す。 ――これを四元素クアトルは決して許さなかった。


 つまり魔の隆盛に合わせて勇者エイセスが生まれ、その衰亡と共に役目を終えるという一連のサイクルが、白夜歴ソレユドミニの中では繰り返し行われてきたのだ。


 SDソレユドミニ234年。ゼネラル・ディジョンが指揮を執る勇者エイセスの一行は、四代目にあたる四元素クアトルとの接触者だった。




 ――風の勇者エイセス、ゼネラル・ディジョン。

 剣術と魔術、いずれにも秀でた戦士にして、前線の帝国エスベルカの皇帝でもある若き王。

 

 キュイラス――、白銀のライトメイルと赤い鉢巻がトレードマークで、風の加護を纏う神剣「デルフィナス」を構えるその勇姿は、正に弱きを守る正義の体現と呼ぶに相応しかった。




 ――地の勇者エイセス、サルバシオン。

 質実剛健。武を絵に描いた様に寡黙な男で、義に篤く悪を嫌う。

 大陸全土の武術評議会を束ねる長でもあり、その武勇伝は枚挙に暇がない。


 鍛えぬかれた筋肉の上に重ねた脂肪を鎧に、自らの身体を投げ打って戦う姿は武神そのもの。地の加護を纏い膨張させた両腕から繰り出される必殺の一撃は、如何なる巨敵をも屠り去ると言う。




 ――水の勇者エイセス、ユークトバニア。

 青い長髪を靡かせる、理知的で細面の、ともすれば女性にすら見えかねない長身の賢者。白の法衣を纏うその姿はプリンスとも形容され、女性のファンも多い。


 戦闘スタイルは強力な魔法を駆使した後方からの援護。

 勇者エイセスの中では最も多くの禁呪を操り、掲げた霊杖「ウロボロス」から放出する超大な魔力は、一瞬で敵軍を殲滅し、後には草の根すら残さない。




 ――火の勇者エイセス、バートレット。

 火の国はエルジア生まれの侍。赤い長髪をオールバックで固め着物を纏う、勇者エイセスの一行では異色の風貌。

 

 その抜刀術は神速とされ、腰に携える「正宗まさむね」と「塵地螺鈿飾剣ちりじらでんかざりつるぎ」から放たれる閃刃は、厚い城壁すらも一刀の元に両断する程。




 曰く。

 生ける伝説。

 神話の代行者。

 人類の救世主。




 そうだ。僕は信じていた。

 伝え聞く彼らの英雄譚を。間近で見た彼らの強さを。投げかけられた偽りの微笑みを。


 そして安直に思った。

 また戻ってくる日々の平穏を。繰り返す日常を。僕の手の届く所にある幸せを。


 それが逆に奪われてしまうとは微塵さえも疑わず。

 全てはあの雪の降る夜。魔物たちが僕の街を囲んだ――、帳の後の忌まわしい記憶の追憶。

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