序章03:汝、目覚めし強者よ
その瞬間に流れ込んできたものは、怒涛の如く力と、そして知識の濁流だった。
僅か刹那のうちに幾度か意識が途絶え、白い閃光めいた稲妻が身体中を駆け巡る。呻き声すらも奪う痛み。心の臓の最奥まで蝕む破壊の衝動。
やがてゴリゴリと骨を抉る黒い荊は、寄り集って身体を纏う甲冑となり、僕の身体を漆黒の鎧で覆い隠した。
細身の、ややもすればボディスーツに見えかねない黒鉄の装甲に、血を吸った赤い外套が翻った時、そして僕は戦場に降り立ち、眼前の怨敵を見据えていた。
「グゴオオオオ!!!」
一秒前か。余裕の笑みを湛え僕を踏みつけていた牛人が、俄に慄いて斧を振り斬りかかる。――だが余りに愚鈍、且つ脆弱。
ただ振るっただけの僕の左手が波動を放ち、砂糖菓子の様に斧を削り、そのまま牛人の頭を食いちぎった。
――これが力だ。
声が言った。いや正確には脳に刻まれた、と言うべきか。逆巻く知の洪水の中あの声は消え、今は明瞭たる記憶として脳裏に在るのみだ。
なるほど力か。今の一撃はどれだけに相当するだろう。
だが一瞬怯んだ魔の軍勢は、唸り声をあげると一斉に僕に向かってきた。その数ざっと五十。歩哨のオーク共と牛人が大半を占め、灼熱を舞う飛竜たちがそれに続く。
――我は無・闇・光<トゥレース>を司る意志の代行者。
レベルと仮称される敵の戦力は、この洞窟でおおよそが60。かつて故郷を襲った魔族の群れが20から30の間だった事を考えると、既に場の魔物は一体が国軍を殲滅し得る、もはや規格外の化物と呼んでよかった。
――
そして勇者のレベルが70。エメリアたちが40程度と推し量ると、ほんの十秒前までの僕は20。まるで相手にならなかった筈ではあるが、今となっては一切の恐れは無い。もし既存の概念でこの力の水準を表すとすれば――、さしずめが300とでも言ったところか。
――ただし本来、接触者の力は一人につき一つが限度。三つを同時に束ねた汝の肉体はその代償に……
「命を失う」結構な事じゃないか。どうせ生きながらにして死んだ様な人生だった。余命があと幾許かは知れないが、少なくとも今この場でエメリアたちを助けられるならそれで充分だ。
僕の一挙手一投足が、巷に禁呪とされる人智の超常を、さながら呼吸の様に繰り出していく。
「キシャアアアア!!」
金切り声を上げ、神話の一端を担う飛竜の群れが塵に消える。彼らの吐く炎は僕には届かず、城壁を溶かす業火ですら暖炉の心地よい温もりでしかない。
子供が蟻の群れを踏み潰す様に、いや吐息でロウソクを吹き消す様に、五十の魔物の群れは分とせず無に還った。僕はかつて僕が纏っていた服のポケットを探ると、不死鳥の羽を取り出す。
「――だったら僕が全て救うさ。この命が尽きる前に、僕の大事な全ての人を」
無尽の力と知の地平が生んだ達観は、瞬時に理想と、そして成しうる計略の全てを、僕の脳裏に瞭然と描いていた。
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