十二章03:内袷は、剣呑な空気を背に

 ミグラント商会との商談を終えた僕は、ケイとルドミラを連れ尖塔へ向かう。ファンタズマバートレットと彼の妹、ユリ・オヴニルの為に用意されたそこは、今では半ば、M2機関ムラクモ・ミレニアの集会所として機能していた。


「まさかフィオが裏で動いていたとはな……おかげで助かった。何か返礼を考えるべきだろうな」


 ぼそりと呟く僕に、さも分かりきったとばかりにルドミラが返す。


「でしたら陛下が直接向かわれてはいかがですか? フィオナ所長にとっては、陛下の来訪が一番の慰労かと」


「そんなものか? あいつが喜ぶLE級レジェンダリーアーティファクトだとかを用意できればいいんだが」


「はあ、陛下はまるで、勤労な乙女の心情を察しておられませんね? ――ナガセさんも、そうは思いませんか?」


 するとルドミラは、さっきから蚊帳の外のケイに話を振る。元来が武闘派のケイにとっては、最近の僕とルドミラの会話には付いていけない節が多いらしく……僕としても二人が鉢合わせないよう取り計らってはいるつもりなのだが、いかんせん公務が絡むとそうもいかない。


「まあそうですね! ボクも陛下のお側なら百人力! どんな悪党もかかってこいっ!!! って感じですから!」


 と、元気に返すケイ。こいつも最近は政治やら兵法の小難しい本を読み始めている努力を知ってはいるが、やはり餅は餅屋なのだ。なにせルドミラにケイの真似事ができるかといえば、それは到底無理な話。その事をいつか、ケイにも伝えねばならない日が来るのだろう。


「なら一考しよう。まったく、オーレリアにでも皆で湯治に行ければいいのだが……」


 とは言え研究の虫のフィオナの事だ。誘った所で「アタシがいなくなったら研究はどうするの?!」と叱られそうな気しかしない。むろん僕としても本気でプレゼント用のLE級レジェンダリーアーティファクトだとかを見繕いたいのだが、いかんせん時間がないのが悔しい。あるいはもしかすれば、ソルビアンカ姫を救出する道中で運良く調達できないものか。そうすれば言の葉での労い以上の土産と、あいつの笑顔を見る事ができるように思わぬでもない。と――、僕がそんな事を考えている間に、三人の足は離れの尖塔にたどり着く。




*          *




「くそッ…… 煉獄の鎖アンガージュメントは卑怯だろうよ! 元勇者エイセスの俺には!」

「はぁはぁ……それがしでは歯が立ちませぬ……流石は将軍たちドゥーチェスの御仁」


 尖塔のドアを開けると、そこではアンフェールと、ファンタズマ&ユリの連合軍が火花を散らしていた。――いや正確には、もう散り終えたといった所か。


「――どうだ、調子は」


 見れば煉獄の鎖アンガージュメントに絡め取られたファンタズマは、天井から惨めに吊り下げられている。それを必死に解こうと足掻くユリだが、それを微動だにせず見つめるアンフェールのコントラストは、なかなかにシュールな絵面だった。


「陛下――。調子はご覧の通りです。二人とも、戦士としては申し分なく一流ですが。こちらの領分となると、いささか」


 ペストマスク越しには分からない表情で、しかして肩をすくめながらアンフェールは呟く。彼女の持つ煉獄アンフェールの力は、対象を絞った分だけ威力を増す外法の一つだ。――要するに対勇者エイセス用の特効スキルであり、これを前にはいくら勇者エイセスの一角だったファンタズマとは言え歯が立たない。


「……問題があるか」


「はい。先ずファンタズマは、元勇者チートの名残か、真っ向勝負で挑むきらいがあります。力でねじ伏せる事に慣れてしまっているから、卑怯な、あるいは回りくどい戦法を取るという選択肢が、はじめからないのです」


 うなるファンタズマを横目に、さらにアンフェールは続ける。元将軍たちドゥーチェスの彼女は、首都を放逐された後に流れ着いたイントッカービレで隠密機関としての鍛錬を積んだ身――であるがゆえに、両方の視座を持てるのである。


「ついでユリ。サムライ仕込みの正々堂々。騎士としては尊敬に値します。しかし私情より戦果が全てである我らムラクモミレニアにあっては、その挟持は何よりの障害となり得るでしょう」


 喝破かっぱするアンフェールに、煉獄の鎖アンガージュメントからファンタズマを救い出したユリが、悔しそうに視線を向ける。


「とまあ、そんなところでしょうか? さてファンタズマ。もしキミが一対一サシで僕と戦うというのなら、煉獄の鎖アンガージュメントの力、使わずに相手をしてもいいのだけれど? ――二対一で臨んでこのザマ。少しは恥じて然るべきかと」


 そう颯爽と言ってのけるアンフェール。なるほど、このキャラがそのままに彼女の素であるなら、将軍たちドゥーチェス時代に勇者エイセスの怒りを買うのもやむを得ないだろう。それは正論ではあるが、ゆえにあまりにもまっすぐで辛辣だ。


「くっ……まあ返す言葉もねえな。手の内を知った上で寝首をかかれるってのは、明らかにこっちの醜態だ。その力は使ってくれ。じゃねえと俺の戦う意味がねえ」


 しかして一方のファンタズマも、神妙に結果を受け止めている。そもそも隠密機関イントッカービレが、勇者エイセスという個を相手取るのに対し、勇者エイセスは億万の化物への、いわば一対多の戦いに寄りがちなきらいがある。そうなるといくらチート級とはいえ、対人戦の経験差から、ファンタズマが遅れをとる可能性も十分にありえるのだ。――この対策は、今後の彼らの課題でもあろう。


「問題点は理解した。ファンタズマ、ユリの両名は、出立までアンフェールに師事し、隠密機関としてのイロハを叩き込んでもらえ。これからは対人戦も増えるだろうからな」


「「はっ」」


 恭しく頭を垂れるファンタズマとユリ。その様子を確認した僕は、本題に入る。


「よし。では本題に移ろう。ソルビアンカ姫の救出プランが概ね確定。M2機関ムラクモ・ミレニアは、長官のルドミラを除く全名が、この作戦に従事する事となった。今日はその打ち合わせも兼ねての集会だ。――ルドミラ、説明を」


 総員の視線が僕に集まり、それに呼応するようにルドミラが続く。


「はい。今任務の主目的は、オーレリアより先、ソルスティアの塔に幽閉された、ソルビアンカ姫の救出にあります。我々M2機関ムラクモ・ミレニアは、総力を以って陛下およびソルビアンカ姫の警護、安全を脅かす障害の排除にあたります」


 かくて自らの策定したプランに基づき、ミグラント商会の協力、無限蒸軌道ストラトフォードの使用による高速踏破まで理路整然と説明を終えたルドミラは、僕に一礼すると、すみやかに後ろに下がった。


「――という訳だ。なに、特に難しい事はない。どちらかといえば、隊員同士の親睦会程度に思ってもらえばいい。オーレリアには温泉もある。相談役のリザに教えを請いながら、日頃の疲れを癒してくれ」


 まああのリザの指導という時点で、無事に一晩越せるか危うい所ではあるのだが、温泉に浸かってゆっくりして欲しいというのは紛うことなき本音である。


「「はっ」」


 総員の敬礼を以て善しと判断した僕は、溜まった業務を先だって処理すべく、魔眼のみを置いてその場を去る。あとは隊員同士で軽く雑話でも交わしてくれと言い残した僕だったが、その数分後に魔眼が映し出した映像は、全くもって想定内の、とどのつまりは剣呑極まる光景だった。




*          *




「――さてさてアンフェールさん。いっちょボクと一戦交えましょうよ。誰が陛下の一番槍にふさわしいか、出発前にはっきりさせないと」


「いいですよ。ただケイさん。いま陛下とおっしゃいましたね。陛下が関わるのなら、僕も僕で、引き下がれないというものですが」


「は? 陛下で引き下がれないのはボクのほうなんですけど?」


「いえいえ、それは僕の――」


 修羅場である。とはいえ、エメリアがいないからには真の修羅場ではないだろう。是非ともそうあってくれと心の片隅で僕は祈りつつ、次の場所へ足を運んだ。――なんだって僕の周りの女性陣は、こうも負けず嫌いが多いのだろうか。

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