十二章02:商会は、新しき軌道を携え

 ミグラント商会。それはベルカ以東を主に仕切る、貿易商の一つだった。ベルカ以東、すなわちエルジアへの入り口となるオーレリアまでは荒野が多く、間にマクミランのような工業都市も無い。すると鉄道の敷設は遅々として進まず、代わりに通商や観光の足として力を付けたのが彼ら貿易商、という訳である。


 ビジネスの都合上、馬匹の類を有している大手の貿易商は、それを自ら用い、空いた席には乗客を乗せ、さながらキャラバンのように広域を移動する。オーレリアへ湯治へ向かう客の大半は、こうした商会を利用せざるを得ない。――最も

そこから先、ソルビアンカ姫が幽閉されている尖塔ソルスティアへ立ち入るとするなら、王侯貴族専用の馬車という事になるのだが。


「ところでルドミラ。ミグラント商会の現代表――、ミズホ・K・ミグラントとはどういう人物なんだ?」


 ルドミラに確認をとりつつも、魔眼を走らせ玉座の間を確認する僕。そこにはちょこんと座る女の子が一人。多少違和感があるとすれば、彼女は、予め設えられたソファではなく、なにかべつの、機械仕掛けの椅子に座っている、という点ぐらいだろうか。


「ミズホ・K・ミグラント。前代表の失脚からミグラント商会を継いだ、ミグラント家の三女です。父、長男は勇者エイセス派だった為に放逐、次男については過去、不慮の事故で死亡とあります。彼女、ミズホ・K・ミグラントは、その際の爆発に巻き込まれ両足を失い――、現在は車椅子と呼ばれる器具による日常生活を、余儀なくされているようです」


 把握した。僕の魔眼はルドミラの情報に合わせミズホ・K・ミグラントを走査する。おかっぱの黒い髪、眼鏡の奥に光る茶褐色の瞳、それに姓名から察するに、ケイと同じエルジアの血を引く家系だろう。年の頃はまだ若かろうが、化粧で整えられた面持ちは些かに大人びて見える。


「わかった。まずは会ってから、ということか」


 僅か一分である程度の分析を終えた僕は、ルドミラに誘われるまま玉座の間へ足を踏み入れる。果たしてその先に待つのは、魔眼が視た通りの小柄な少女だった。


「レイヴリーヒ皇帝陛下、おおきに。うちがミグラント商会の現取締役、ミズホ・K・ミグラントいいます。こないな身体やさかい、粗相は堪忍な」


 そう言ってこうべを垂れるミズホ・K・ミグラント。併せて僅かにだが身体を浮かす彼女の、身体上の特質に僕は目が止まる。童顔に見合わぬ豊乳。それらはもし両足で歩くとするなら、確実に障害になりえるほどに大きい。それが白のブラウスとコルセットスカートで強調され、仮面がなければ目のやり場に困るほどだった。


「気にするな。私とて仮面を被った身。手短に用件に入るとしよう。ミズホ・K・ミグラント」


 とはいえこちらは仮面を被っている。些かの動揺も滲ませる事なく握手を交わし、ミズホは重たそうな身体を椅子に落ち着ける。どうやら車椅子から胸元に伸びるデスクが「乳置き場」として機能する事で、彼女は自らの胸が、自らの肉体へ負荷をかけないよう配慮しているようだった。


「えろうすんまへんなあ。ほんまやったら、うちの秘書に色々と世話させるんやけど、せきゅりてぃの事情もありますさかい、外で待ってもろうとるんどす。――せやたら皇帝陛下。本題いうことで」


 確かに。皇帝と謁見する者は(客人でない限りは)余分な従者などを引き連れてはここに立ち入れない。やむを得ない事と かぶりを振りながら、僕は応じた。


「ああ、頼む。今回はベルカからオーレリアまでの移動について助力を請うと聞いているが」


 そう言いながら、僕はルドミラの示す日程表に目を落とす。今日程はベルカを出立し、オーレリアで一泊。そこからさらにソルビアンカ姫の元で一泊。さらにオーレリアへ下ってから一泊の、三泊四日の予定で組まれている。やはり姫君を連れ立つ手前、前回の外遊のように駆け足とはいかないらしい。


「はい。うちもそないな風に聞いとります。せやから――」

 

 と、論より証拠とばかりにポンと紙を出すミズホ。そこには僕が見たことのない車両の、設計図が描かれていた。


無限蒸軌道ストラトフォードクロウリー。馬匹に依らず荒野を散らす、うちの新型を用立てましてん」


 ミズホいわく。マクミラン製のキャタピラとやらを導入したこの車両は、悪路をものともせずに踏破し、スタミナ切れを起こす事なくオーレリアへ到達できるという。


「まずは一つめが陛下と姫様が乗る豪華仕様。残りの二つには、ほかのみなみなさんに乗ってもらいます。――人手が足りひんぶんは、四つめにうちの駒がいはるんで、どうぞご随意に」


 最大速度は馬の三倍。軽微な衝撃をものともしない鉄の要塞は、ベルカの姫君という要人を乗せるにはこの上ない保険だった。


「至れり尽くせりという訳か。わかった任せよう。予算についてはあとでルドミラに――」


「ああせやったらもうもろうとるさかい。――いや、ただしくはウチらがもらう、いうことになるんかな。まあまあ、あんじょう気にせんで」


 快活に笑うミズホ。仮面の下でぽかんとする僕の、耳元でルドミラがささやく。


「陛下。今回の案件は、研究所アナトリア所長、フィオナ・ヴィリシーヴナ・オベルタスと、ミグラント商会の合同事業です。――具体的には、ミグラント側がLE級レジェンダリーアーティファクトの数点、および費用を供出する代わりに、フィオナ所長がマクミランとの窓口となり、共に無限蒸軌道ストラトフォードの開発にとりかかる、という旨の」


 なるほど。と僕はここで得心する。ここ数週間、フィオナがなにかの開発に勤しんでいるというのは、魔眼を通し確認はしていた。それがまさか姫救出のためのものだったとは。


「せや。うちとしては、今度のおつとめを無事果たして、ようやっと念願の無限蒸軌道ストラトフォードが手に入る――、いうことで、お代は全部チャラ。責任は重大、あとはよろしゅう」


 かくてすべて終わったとばかりに、ぺこりと頭を下げるミズホ・K・ミグラント。僕も僕で手で応えると、彼女は車椅子を回し去っていく。どうやらこの椅子は一部自動化がなされているらしく、操作するミズホ自身に負担はかかっていないように見える。


「見送ろう」

 

 そう告げて立ち上がる僕。戸口では一部始終をじっと見つめていたケイが、冷徹な視線をミズホに送る。流石にメイド役も板についてきたようで、外向けの表情は中々に様になっている。


「お気をつけてお帰りください」


 一礼しドアを開けるケイに、「おおきに」とミズホが返す。そうして外で待つ従者と合流したミズホは、こちらを向き深々を頭を下げると、翻って去っていった。そうしてオーレリアまでの足の問題は片付いたと、僕はほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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