十二章:ミグラント、渡り鳥たる者の名を

十二章01:長官は、腹心たる宰相代行

「陛下。ソルビアンカ皇女殿下の救出日程、調整が完了しました」


 いつだって日々は目まぐるしく巡る。アンフェールを引き込み、隠密機関ムラクモ・ミレニアの創設までを果たしたはいいが、次にはベルカの姫、ソルビアンカ・M・メザノッテの救出作戦が控えている。そしてその事を平素通りの事務的な口調で語るのは、宰相代行兼M2機関ムラクモミレニア長官たる、ルドミラ・トーシャ・シャムロックだった。


「ありがとう。だが今回ばかりは、前回の外遊のように急ぎ足でとは行かないのが悩みどころだな……姫君を迎えに上がるとなれば、なおのことだ」


 ソルビアンカ・M・メザノッテ。すなわちエスベルカ帝国の第一皇女は、王家に伝わる呪いに侵され、身体の一部が「闇」そのものに変質しているという。その事を前皇帝であるディジョンに忌み嫌われた結果、彼女は齢十の半ばにして、ローレリアの東、山奥の断崖に聳える塔ソルステアに幽閉されてしまっていた。


 もちろん僕が皇帝に即位した段階で救出する事も出来るには出来たが、事の優先順位は、飽くまでも勇者エイセスの処断と対魔族同盟ラインアークの締結。国内外を仮初めなれど平定し、僕の権威を確立してからの着手という段取りに相成った。


「はい。もちろん姫様をお迎えに上がるのですから、前回のように霊柩馬車ハースでとは参りません。速度に加え、ある程度の見栄えも要されるでしょうから、それにつきましては相応の馬車を見繕わせて頂きました」


 言うやルドミラは、パンフレットめいた何かを僕の前に突き出す。そこには「ミグラント商会」と書かれた一文と共に、見慣れない乗り物らしきが映っていた。


「なんだこれは?」

「ベルカから以東を主に仕切る、運び屋ポーターの一社ですね。腕もサービスも一流の類ですが、なにぶん前代表が勇者エイセス派だった手前、紹介が遅れてしまった事をお詫びします」


 と、申し訳程度に頭を下げるルドミラ。それが単なる社交辞令である事は如実に分かる。しかしてその商社を僕に紹介する下りとなれば、一連のゴタゴタは既に収束を見たと考えて然るべきだろう。


「なるほど。となると今回は、この運び屋に現地までの案内を頼むという訳か。予算については任せるが、人員の腹案はあるか?」


 この辺りのバランスは難しい。姫君を迎えに行くにあたって、レイヴリーヒ麾下の一団は、最低限の威容を保たねばならない。その一方で、万が一に備えて、首都の防備を疎かにする訳にもいかない。一応の私案を抱えつつも、敢えて僕はルドミラにその点を問う。


「はい。まず陛下に次ぐ力をお持ちのユリシーズ卿には、帝都の守護に専念して頂きます。さらにその補佐役として副団長のベルリオーズ卿を配置。兵卒の統率には将軍たちドゥーチェスを当たらせ、陛下および殿下の護衛には、M2機関ムラクモミレニアの面々を就かせましょう。その他の点については、ミグラント商会に一任という事で」


 実に的確な采配だった。慣れたる精鋭に帝都を預け、人員の不足はアウトソーシングで補う。セキュリティ面の不安要素は多少生まれるが、オーレリアには隠密機関の最高峰たるイントッカービレが網を張っている。僕の魔眼とケイの目を掻い潜って事を成せる猛者など、一介の傭兵団にはあり得ようもないだろう。


「その為のミグラントか。流石だなルドミラ。副団長のユーティラを残すという判断も、適正の観点から理にかなっている」


「ありがとうございます陛下。ただベルリオーズ卿を残した点につきましては、ブリジット……いえフィッツジェラルドの意向に依ります。その、彼女は皇女殿下に恩義がございますので」


 そこで、ああそう言えばと僕は膝を叩く。グレースメリア騎士団のもう一人の副団長、ブリジット・S・フィッツジェラルドには、勇者エイセス来訪の際、ソルビアンカ姫に匿ってもらった恩義があった。その事をすっかり失念していた僕は、改めてルドミラの采配に謝意を伝えるのだった。


「いえ、宰相代行兼、M2機関ムラクモ・ミレニア長官ともなれば当然の配慮です。フフ……でもこうも内情に通じるとなると、私が陛下の一番お側にいるような気がして……それが少し嬉しい……ですかね」


 メガネをくいとさせ頬を赤らめるルドミラ。事実、武においては幾重もの備え、複数のカードを抱える僕も、こと内政においてはルドミラ一人が頼みである。そういう意味では彼女の立ち位置は、エメリアたちとは一線を画すオンリーワンだろう。


「ありがとう……ルドミラ、お前がいなければ私は、この帝都を預ける事も、安心して発つ事もままならない。無理をさせているのは分かっているが……どうか息災であってくれ」


 そう告げて僕は、ルドミラの痩躯を抱きしめる。黒のミリタリーワンピース越しに伝わる体温が、鼓動と共に高まっていく。


「はい陛下、私は息災でありますとも。あなたが……陛下がこうして在る限りにおいて。いつまでも、私は」


 見上げるルドミラを前に、僕は仮面を取り口づけを交わす。今やルージュの薄っすらと乗った彼女の唇は、靭やかで艶めかしく、瞳に宿る赤い光は、初めて会った頃とは格段に生命力を湛えている。


「フフ……では参りましょう陛下。玉座の間にて、ミグラントの代表が待ちわびています」


 名残惜しそうに、されど自ら身体を離すルドミラ。あの日、全てを一人で終わらせようと誓った僕は、だけれど結局、誰かの助けなしには前へ進めないのだ。人智を凌駕する力を以てして――、なお。その事を強く胸に刻みながら、僕はルドミラの背中に付いて行ったのだった。

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