十一章13:遺言は、端々から滲み出て
「――しかし一体、どうやったンだ?
あれから
「別に何もしてないさ。正攻法で、正面から落とした」
と返す僕は、至って真面目この上なかった。なにせ傷だらけの裸まで見せて籠絡したのだ。最も、余命が無いという事実だけは、伏せた上でだが。
「色男は言うことが違うねえ……ンげっ」
リザと僕が二人きりになるとなれば、する事はいつも一つ。要するにドマゾなリザが大好きなリョナプレイの限りである。なんでも今日は窒息プレイがしたいとの事で、僕は早速、フランシスカ……もといアンフェールから奪ったセンチピードで、キリキリとリザの首を締めている。
「幾つかの情報交換、それから私が呪いを引き受ける事を条件として、アンフェールは軍門に下った。顛末はそんなところだよ。お前とて
アンフェールが使役したセンチピードは、突起の付いた触手のようなものだった。とは言え硬く質量を持ったソレは、凪ぐだけで騎士の鎧を押し潰し、致死量のダメージを与えるに足る。この責め苦にリザが耐え得るのも、一重に彼女の、不死に限りなく近い肉体の賜物だろう。――最も、その所為で飛び抜けた暴力でしか感じられなくなってしまったというのだから、なんとも人生とは皮肉である。
「んげっ……さ、さすがだよ
センチピードを離すや、どさりと床に落ちるリザ。その脇腹に数発、残りのセンチピードで殴打を加えると、白目を向き潮を噴いて、リザ・ヴァラヒアは情けなく昏倒する。
「起きろ。責めが足りないだなんだと抜かしたのはお前だろう。――いや、限界ならもういいか。私は私の執務がある。じゃあな」
気がつけばセンチピードが大量の白濁を吐き、リザの褐色の肌を染め上げている。――こいつら、こんな機能まで持っていたのか。
「待って……待ってください
そもそもお前、戦ってすらいないじゃないかと内心で毒づき、僕はもう一度リザに目を落とす。しかして。手を伸ばしたままのリザは、その言葉を最後に完全に落ちていた。
* *
「ん……あれ、オレ、寝ちまってたのか……」
それから半刻。リザは気だるそうな声を上げると、ベッドの上で目を覚ました。(なんとも殊勝な僕は、彼女を一応は抱きかかえ、介抱程度はしてあげていたのだった)
「起きたか。まったく、耐えきれないならわざわざ誘うな。元気になったのなら、早々に部屋を出て行け」
リザはガビガビになった自らの赤髪を名残惜しそうに見つめ、次にはその視線を僕に向ける。そして移すや、今度はさっきと打って変わって真面目な質問を投げかける。
「なあ陛下」
「なんだ、改まって」
一仕事終えた所為か、どうやら賢者モードという事だろうか。ここはこちらも、それなりの誠意で以て応対するべきであろう。
「フランシスカ……いやアンフェールは、言っちゃなンだが、もう女として終わってる。だが今日、オレが見たアイツは、まるで恋でも覚えたてのガキみてえに輝いていやがった……それでアンタはどうするンだ? その想いに対する、責任が取れンのか……?」
「責任も何も。フランの呪いは私が喰った。あとはシンシアの治療に任せるべきだろう。元来は才気溢れる麗人だったとも聞く。幾らかでも元に戻るのなら、将来は然るべく相手が見つかる筈だ」
幸いにフランシスカには、彼女の窮地に手を差し伸べた、アマジーグという漢がいる。いずれはフィオナの旦那にでもと考えていた所でもあるが、フランシスカとくっつくのなら、それはそれで恙無い結末だ。
「アンタまたその理屈か……毎度毎度、残酷かつ無私無欲なこって」
「全てが終わったあと、彼女が在りし日の笑顔を取り戻せているならそれでいいだろう。私はそれを願う。それで十分だ」
だがそう答えた僕を、リザは憐憫でもたたえたかのような眼差しで見つめる。
「なあアンタ……やっぱり何か隠してないか? ここ数ヶ月、アンタを間近で見てて……なんかこう……違和感を感じるンだ。まるでそう……余命幾ばくもない人間が、遺言書でも書いてるみてえな、そんな違和感を」
寸時、僕の心臓はドキリと高鳴った。必死で隠していたつもりだが、どこかで片鱗が見えたのだろうか。仮面を被っているのをいい事に、僕は体裁を取り繕って返す。
「
そう。歴代
「そっか……そうだな。わりい。最近勘が鈍ってンのかな。馬鹿な質問ばかりしちまって……」
そのまますっくと立ち上がったリザは、おもむろにドレスを着込むと、鏡の前で髪型を整え始める。
「
そう振り向いて笑うリザは、悪態さえつかなければ善い女だった。ハイヒールに足を入れ、トントンと足踏みし、そしてリザは部屋を出ていく。
「……だから、勝手に死ぬなよ。他の女はどうだか知らねえが……オレにはアンタしかいないンだからよ」
バタリとドアが閉まり。静寂が訪れる。
いつまで、いつまでこの秘密を、シンシアと二人で守り通せるのか。
僕はその事に思いを馳せ、ふと暗澹たる気持ちになった。
まだ、まだこんな所でボロを出す訳には行かなかった。全てが終わる、その日までは。
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