十一章12:機関は、煉獄を加え快動し

 フランシスカ・D・グリーンファミリアの籠絡は、存外に容易く済んだ。というのも、呪いによる蝕みを多少なり経験している彼女には、ヴェンデッタを纏う僕の負荷を、ある程度わかって貰えた点が大きかったと言える。


 正直なところ、治療役のシンシア以外に僕の内情を伝えるのには抵抗があったが……正攻法の説得にはこれが最も有効だと踏んだ次第である。もしも同じ経験か、それ以上の苦痛を味わった者の意見でなければ、フランシスカがこうも易く応じる事態にはならなかっただろう。


 ともあれ、医師シンシア以外にただ一人僕の秘密を知る立場となったフランシスカは、驚くべき恭順の意志で以て、僕の配下に加わる事となった。




「はじめまして。僕の名はアンフェール。――イントッカービレより遣わされました、歯牙ない掃除屋です。本日より陛下の御身をお守りする為に、身命を賭す所存。どうぞ宜しく御願い致します」


 翌朝、僕を起こしに来たケイが、この自己紹介に目を丸くしたのは想像に難くない。ぽかんと口を開けたケイは、眼前に立つペストマスクの少女の言葉をぱくぱくと反芻した後、堰を切ったようにまくし立てた。


「え、ええ?? ど、どういう事ですか陛下? 護衛なんかボク一人で十分ですよね?? ――ていうか一人称被ってるし???!」


 そうだ。おまけにショートカットな点まで丸被りである。せいぜい違いがあるとすれば、フランシスカのほうが口調は丁寧だし、あと本来の肌の色は透き通るように白い。


「案ずるな。お前が私の一番の懐刀である事に、変わりはない。むしろ昇格と言祝ぐべきだろうよ。ケイ・ナガセを筆頭とした、新たなる特務部隊の創立に」


「!!!??」


 瞬間、ケイの眼が光った事実を、僕は見逃さなかった。


「――諜報機関ムラクモ・ミレニア。サラたちのイントッカービレがシャムロックに属する対勇者アンチエイセス機関である手前、私は私で、子飼いの部隊を率いる必要があった……とどのつまりは、だ」


 ここで僕は、残りの説明をフランシスカに託す。


「僕たちは、自ら進んで汚れ役を買って出る掃除屋という訳です。隠密行動に時に暗殺。各自が各自の得意分野で動くとなれば、銃後の守りが疎かになる事もありましょう。僕はその為の補欠に過ぎません」


 徹尾「我」を排したフランシスカは、かくまでもしとやかである。そして持ち上げられた事に気を良くしたケイは、さもありなんと鼻息を荒く頷いてみせる。


「なっるっほっどっ!! ボク率いる隠密旅団、ムラクモ・ミレニア!!! いやあ……いつかは団長!! 何やってんだよ団長!! みたいなやつやってみたかったんだよね!! マクミランの深夜アニメみたいに!!!」


 ここから先の事態の推移は単純にして明快だった。斯くて僕は、ケイ、フランシスカに加えた残りの面子を紹介すべく、昨夜以来の尖塔へ向かった。




*          *




「御館様! 御早う御座います!」

「どーも」


 尖塔で出迎えるのは、ユリ・オヴニルと、ファンタズマ・ヴィクセンことバートレット・オヴニル。諜報機関ムラクモ・ミレニア最後の面子は、この二人だった。


「おはよう二人とも、昨日はよく眠れたか?」 


 実際にはフランシスカの襲来があった訳だから、平穏無事な訳がない。それを知りつつも、敢えて僕は平静を装う。


「御館様のお取り計らいにより、兄者共々息災にござる!」

 

 そうファンタズマを制し意気も軒昂なのは、誰あろうユリ・オヴニル。ファンタズマの黒コートとお揃いの衣装を纏い、今朝の彼女は、女ではなく侍としての剣気を発していた。


「かねてより話していた通りだ。我が侍従、ケイ・ナガセを筆頭とした隠密機関、ムラクモ・ミレニアムの一員として、イントッカービレよりアンフェールを招聘しょうへいした」


 フランシスカ・D・グリーンファミリア、もといアンフェールの腰元に手を当て、僕はそう告げる。つまり将軍たちドゥーチェスの二席たるフランシスカは消息不明のまま「仮面の戦士アンフェール」として彼女は生きていく道を選んだのだ。この事はバートレットがファンタズマとなったように、後々側近の面々には伝えて回るつもりではある。


対魔族同盟ラインアークの設立は既に成った。しかし難問は山積としている。後方に控える勇者エイセス派の残党。私を善く思わぬ一派も、恐らくはいるだろう。対魔族となれば、栄えあるグレースメリアの戦力のみでも事足りようが、内憂たる獅子身中の虫ともなれば、そうはいかない。貴君らには、我がベルカに蔓延はびこった膿みを除く、一振りのメスになってもらいたい」


 軽い演説の後、指を鳴らす僕。するとその所作を待っていたかのように、さらなる影が二つ、僕たちの後ろから現れる。


M2機関ムラクモ・ミレニア初代長官、ルドミラ・トーシャ・シャムロックに、イントッカービレ局長のリザ・ヴァラヒアだ。彼女には相談役として籍を置いてもらう」


「エスベルカ帝国、宰相代行のルドミラです。至らぬ身ではありますが、本日より皆様を裏方としてサポート致します。陛下より賜りし任務の詳細については、私にご確認頂ければと」


 と、眼鏡をくいとさせ一礼するルドミラ。図らずも普段着が黒のミリタリーワンピースであるだけに、彼女の存在はまるでそうあるべくしてあったように、風景に馴染んでいる。


「で、オレはこいつの補佐って訳さ。こう見えて一応はそこのアンフェールの元上司。――百年ちょいは生きてる、諜報機関の先輩だ。色々と気兼ねなく聞いてくれ」


 ぼふとルドミラの肩に手を置いて、リザ・ヴァラヒアが言う。豊満な肢体を黒のドレスで包み、イントッカービレの首魁もまた、この場に合った服装で参じてくれた。


「え、ええっ……ボクが隊長じゃないの……そんな……」


 たった一人ぽつんと取り残されたといった風のケイがぼそりと嘆き、流石に可哀想になった僕は助け舟を出す。


「とまあ、この二人は飽くまで裏方。実行部隊については、私の侍従、ケイ・ナガセを中心に動いてもらう。宜しく頼むぞ」


「へああっ……はい! もちろんです陛下! ケイ・ナガセ! メイド冥利に尽きます! がんばりますよっ!!!」


 こんな後輩ではあるが、純粋な戦闘力ではここにいる誰よりも強い。真っ向勝負でこそエメリアに負けるケイだが、隠密術も含めたなんでもありなら、万が一という可能性も無いでは無いのだ。


「はっ!」

 

 僕の激に総員が敬礼で返し、こうしてM2機関、ことムラクモ・ミレニアの創設は相成った。なお、帰り際にリザ・ヴァラヒアから、昨夜夜伽に来なかった事について恨み節を囁かれたのは、言うまでもない。

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