九章10:回廊は、独白を経て技場に続き
コツコツと響く二つの足音が、人影に連れられてやってくる。それを
「――まさかお前が水先案内人だったとはな」
風の
「ボクはただのガイド役さ。相手はこの先、闘技場で待ってるからね」
これに対し、メイド姿のケイ・ナガセも冷静に応じる。ディジョンの少し斜め前を歩くケイは、相手の胸元ほどの身長で、短い歩幅を補う為に早足で歩を進める。
「くく……しかしあいつも酷だな。わざわざ俺の案内を、当の被害者本人にさせるなんて」
ケラケラと笑うディジョン。一瞬前の爽やかな表情は鳴りを潜め、眉をハの字にした卑屈な顔がそこにはある。
「ボクだから、じゃない? それに本当の相手は、もう
威圧する様に横目を送るケイ。同じ
「サルバシオン、あいつは運が悪かったな。いや、あいつを最初に殺したララトのほうが、存外に賢かったって事か。――結局はビビった俺が、こうして皇位を渡す羽目になっちまったんだから」
自嘲めいた台詞と共に
「――だろうね。同年代の二人に対し、一人だけ年長のサルバシオン。あいつの
相変わらず冷淡なケイ。それは僕が目にした事の無い、冷たい彼女の口調だった。
「いいや、むしろ何故壊れなかったのかを知りたいぐらいだ。ハハッ。腕まで突っ込まれて、もうガバガバだろうに、くくっ」
「――センパイが居たからね。あんな程度で壊れるなんて、冗談じゃない」
分かりきってるとばかりに肩をすくめるケイに「何故だ」とディジョンが、次には強い口調で返す。
「なぜ、なぜ、お前も、エメリアも……どの女も。ララト、ララト、ララト、ララト……普通の女ならとっくに堕ちてる。俺は
独白の様にうめくディジョンだったが、ふと立ち止まったケイは、憐れみを込めた表情でそれを見つめる。
「キミは哀れだね。何でも持ってると
合わせる様に立ち止まったディジョンは、忌々しい眼差しを一瞬だけケイに向けるが、視線が合うや今度は逸らす。
「嫉妬だと……この俺が、あんな虫けらに? 馬鹿を。見せつけてやりたかったんだよ。初めから何もかも持ってる甘ちゃんに、愛なんて所詮はこんなものだと。奪われてしかるべき脆いものだと」
すると一呼吸を置いたケイが、肩をすくめて
「――初めから何もかも持ってる? だったらそう思ってる時点で、キミはセンパイの事まるで分かってないし、だから勝てないね。アッハハ」
空っぽの笑いで色の無い瞳を覗かせるケイから、目をそらしたままディジョンは応える。
「お前たち凡人だって、何も分かっていない癖に……俺たちの事なんて、これっぽっちも。勝手に英雄と
目頭を手で抑え、乾いた声を返すディジョンは「ちっ……喋りすぎたな……行くぞ」と前を向くと、もう一度歩を踏み出す。
「――誰にだって同情の余地はある。だけれどそれと非道を受け入れるのは、また別の話さ。ま、その押し付けられた責務ってヤツが、今日でチャラになるんだったらいいんじゃない。おめでとう、終わるよ全部、何もかも」
頭の後で腕を組むケイは、さも他人事の様に呟く。
「終わる……? 嫌だ。俺は死なんぞ。お前たちがそうした様に、俺も生き延びてやる。お前たちに出来て、俺に出来ない訳が無い。終わらない、俺は。この力があれば、まだ」
前方の一点だけを凝視するディジョンは、ケイの言葉を否定する様に歩みを早めた。
「ほら……もう少しだね。出口の光が見えてきたでしょ。後は自分の目で確かめて。もしかするとそれは、キミに対する救いかも知れないし、或いは突きつけられる残酷な真実かもしれない。どっちにしたって、ボクはボクの務めを果たしたんだ」
アリーナに続く扉に手をかけたケイは、ギイとそれを力強く押す。隙間から木漏れ出る光が大きくなって視界を包み、少し遅れて万雷の喝采が訪れた。
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