七章02:万帝は、富嶽を背に聳え立つ城

「――オヴニルも元は他国の姓。気にする事はございませぬ」

 僕たちを先導するユリ・オヴニルは、自らを百人隊の隊長と申し出た上で、バートレットとの深い関係性を否定した。


 エルジアを守るのはサムライと呼ばれる千人の武装集団と、その上に君臨するカオルーンの九席だ。つまるところ眼前の少女は、サムライの中でもそれなりの地位と言う事になる。




「ところでつかぬ事をお聞き致すが……そちらの御仁もエルジアの出ではござらぬか?」


 暫しの談笑の末、ふと視線をケイに移したユリは、自らの長く黒い髪に指を当てるとそう呟いた。


「へ? ボクは……ま、まあそうなんだけど、覚えてないんだよね……エルジアとか万帝バンテイって名前だけは知ってるけど……」


 言葉を濁すケイは、実際誰よりも物珍しそうに万帝バンテイを眺めている。


「たぶん傭兵だったと思うんだ……ボクの両親は。でも気がついた時には何も無かったから……あはは」


 あっけらかんと話すケイではあったが、一方のユリはと言うと申し訳無さそうな表情で「つかぬ事をお聞きした……」と顔を正面に向けると話題を変えた。


 実際エルジアでは、その秀でた武芸から、他国で傭兵として生計を立てる侍も多いと聞く。咎人として放逐された者、或いは封建的な社会に嫌気が差した者と理由はあろうが、ケイの両親もその手合だったのかも知れない。




*          *




「――さて、万帝バンテイは三つの区画に分かれておりまする。入り口のここが宿場や商店の並ぶ、言わば滞留者向けの一層」


 話題を逸らす様に案内に戻るユリの、その声に誘われ周囲を見回すと、エルジア由来の着物を着た人々に混じり、ベルカの鎧を纏う面々がちらほらと見える。これが一目で分かるには道理があって、サムライが纏う革製のそれに対し、ベルカの甲冑は鉄製が多いのだ。とまれ人通りはかなりのもので、馬車専用の道路が無ければ通行も難しかったろう。


「ふええ、お祭りみたいだねー」

 そんな中、相変わらずきょろきょろと辺りを見回すケイは、真っ正直に感嘆を口に出す。広大な都市に大通りを有するベルカと異なり、幾つもの商店が軒を連ねる万帝バンテイは雑然としている。しかしその雑然の中にも雑然なりの秩序が形成されていて、提灯やらのぼりやらがひしめく様は、中々にこれはこれで楽しかろうと思わせてくれる趣がある。


「んん、私も帰り、ちょっと買い物して帰りたいかも」

 めざとく甘味屋を目に留めたエメリアも、口に指を当て独りごちる。確かエルジアの名産はなんだったろう。団子、ういろう、ぜんざいに白玉。――先日ルドミラから渡された資料には、聞いたこともない菓子の名がずらりと並んでいた。一応はエメリアのご機嫌取りとお土産を兼ね、頭にだけは叩き込んでいたのだ。


「ふふふ、エルジアには珍品も多くござる。ごゆるりと見て参られるがよかろう」

 二人に褒めそやされたのを良い事に口元を緩ませるユリは、あれやこれやと案内も交えながら一層を抜けていったのだ。




*          *




「――そしてここを抜ければバンテイの市民が住む居住区画。賊の侵入を防ぐ為、一層との隔離は厳に為されておりまする」


 やがてユリは二層に至る門扉の前で、番のサムライを手で労う。「はっ」と背を正した男は、僕たちにも一礼すると即座にギィと開門した。


 白塗りの壁に、瓦と呼ばれる粘土製の屋根材を用いた家屋は、連なる道沿いに異世界の情緒を漂わせている。レンガ造りの建造物が多いベルカとは、全く趣を異にするのがエルジアの首都、バンテイらしい。


 人通りの多かった一層と異なり、ここは実に閑静としている。純然たる純血主義という訳では無いのが、その排他性から結果的にそうなったエルジアの都市区画は、お陰様でセキュリティには相当厳しい。


 出島と呼ばれる一層に諸外国人は留め置かれ、唯一帰化し国籍を取得したものだけが上がる事を許される第二層。よってここには、エルジアの国民以外には影形も無い訳だ。


「なんていうか、さっきと全然雰囲気が違うね」

「私はこっちの、落ち着いた感じも好きだけどね」

 

 ケイとエメリアが雑話を交わす中「エルジアの国民性は、元は大人しいものでございますゆえ」とユリが口を挟む。 


 進むにつれ広く奢侈しゃしとなる家々を横目に、そして僕らは三層の門に辿り着いた。




*          *




「かくもおまたせ致した。ここが第三層。我がエルジアの枢要にござる」


 かれこれ万帝バンテイに入って半刻も経ったろうか。やがて長い坂道を登り切ると、そこには絢爛けんらんたる装飾の、赤塗の城郭がそびえ立っていた。周囲には立派な五重塔が四方を押さえ、どうやらここが結界によって守られた本丸なのだと雄弁に物語る。


「御館様はこの最上階、天守閣にてお待ち致しておりまする」


 対となった仁王像が睨む正門を潜り、昇降機に案内された僕たちは、示されるまま最上階へと向かう。霊峰フガクから供給される魔力と、歯車で動く巨大な床板は、さしずめナヴィクとマクミランの折衷様式に見えた。




 やがてガコンと音が鳴り、天守閣に着いたであろう昇降機の門扉が開くと、そこは幾本ものロウソクの灯火がゆらめき、常世とこよならざる空気を漂わせている。障子越しに、しかし影によって何者かが居るであろう事だけは推し量れる室内の、その中央に座る人物が、にわかに腰を上げ声を響かせた。


「外つ国のみかど。よう参られた。わらわがエルジアの首魁、イリヤ・カイ・ナインテイルズじゃ」


 そしてふぁっと舞う風と共に開くふすまの奥から姿を見せたのは、ゆらりとしたなで肩の、白面の美女だった。

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