七章03:九尾は、エルジアを統べし首魁

「――わらわ我儘わがままじゃ。あいすまぬ」

 九重ここのえの着物を垂らしながら、イリヤはゆっくりと部屋を歩く。女性としては長身の彼女だが、その細く靭やかな四肢は優雅で、雪の様に白い肌に僅かに浮かぶ赤い文様が、一層に妖艶さを際立きわだたせていた。


「なるほど道理、この面々は勇者エイセスらに相違がないのう」

 霊柩馬車ハースから引きずり出された勇者たちエイセスが、俯いたまま並ぶ様を、睥睨へいげいしてイリヤは言う。猿ぐつわを嵌められた彼らには、無論のこと応える術は無い。


「――時につ国のみかど。この者らが人の世にて非道を為したなるは、真であるか偽であるか」

 にわかに厳しい眼差しを向けるイリヤに対し、僕はその眼前、ケイとエメリアはそれぞれ分かれ、右と左に立っている。片や水先案内人のユリはと言うと、入り口の隅でひざまいたまま動こうとしない。




「――と、言うと?」

 そこでやっと口を開いた僕に、イリヤもまた「わらわの国は恥なる文化があり申すゆえ。真なれば真なりに、けじめをつけねばならん」と返す。


「セップク、というやつか」

 エルジアの文化は、軽くだがルドミラづてに聞いてはいる。なんでも禁を犯した者は、それをあがなうべく自らの刃によって命を断たねばならないらしい。


「そうじゃ。して、どうか?」

 イリヤは殊更ことさら拘泥こうでいする様に問いを続ける。部屋の中央に立つ彼女の両脇には、障子越しでやはり顔は見えないものの、三人ずつの人影が見える。恐らくは彼らがカオルーン。――エルジアを守護するサムライの頭目なのだろう。


「答えが要るのかな。貴殿ほどの慧眼けいがんであれば、既に喝破かっぱできている筈」

 魔王討伐の道中、勇者たちエイセスがエルジアに立ち寄った記録は残っている。彼らがどんな人間であったかは、実際目の当たりにしたイリヤ自身が充分に承知している筈だった。




「くくく、はっはっは。面白き男よのう。確かに小童こわっぱじゃ、小童じゃったぞ。――勇者エイセスという免罪符が無ければ、その場で切り捨ておこうと思った程にはの」

 イリヤは大仰おおぎょうに笑いながら、遂に僕の鼻先まで近づいてきた。


「なれば如何いかに致す?」

 常世どこよならざる美貌を湛えるイリヤの双眼は、金色に煌めいている。ナヴィクのゾディアック、マクミランのアンサングもそうだったが、このイリヤも同じように人外の齢を重ねる魔性なのだろうか。


勇者エイセスを屈服させたのは私だ。貴殿の国の法がなんであろうと、私は私の裁量によって、彼らを裁き、然るべく罰を与える」

 この力が無ければ気圧けおされていたかも知れない。空間の異様と合わせ沸き立つイリヤのオーラに、僕はこうする様に返した。




「ふふふ、やはりそう来よったか。なればここから先は外つ国の帝。なれの想像通りじゃ。勇者を打ち倒したと言うその力、わらわの前に見せてたもれ」

 予定調和とばかりに笑みを零すイリヤが、その白い腕を鞭の様に振り上げるや、背後の緞帳どんちょうが音を立てて上がっていった。


「どういう――、ことだ?」

 力を見せるという通過儀礼は、ナヴィクでもマクミランでも果たしてきた。しかしそれと、眼前に開けた景色との間には何の繋がりも無い。一瞬前までは密室だったここは、今ではフガクを遠目に映す、さながら空中庭園に変容を遂げていた。


「余興じゃ。気を悪くするでない、外つ国の帝。――さ、タマモ」

 僕の言葉など意にも介さないとばかりに、肩越しに後ろを向くイリヤに、応える様に声が響いた。




「うむ!」

 それは幼く高い、少女の声だった。ロウソクの炎をかき消して立ち上がる影は、義妹のフィオナに並ぶほど小柄だ。巫女装束とでも言うのだろうか、白と赤を基調とした装いに、身丈の倍はある鎌を抱えた幼娘おさなごが、自信も満々といった表情でイリヤの隣に立つ。


此方こなたはカオルーンが二席、タマモ・カイ・ナインテイルズ。いざ彼方かなた、尋常に勝負いたせい!」

 おでこで揃えた紫のボブカット。そして太く短い麻呂眉。黙っていればお人形と見紛うほどに可愛らしい少女が、しかし口にしたのは物騒な言葉だった。


「あいすまぬ。わらわの娘。タマモじゃ。遊んでやってはくれんかの。つ国のみかど

 さっきまでの覇気は何処へやら、袖で口を押えにこやかに笑うイリヤは、残った腕で背後に広がる空を指した。


「フガク眺望闘技場ちょうぼうとうぎじょう、ケイウン。さあ祭りじゃ。面白き花火を見せてたもれ。外つ国の帝!」


 どうやら狐に一杯食わされたらしい。僕がそう思う頃には、目の前の少女、タマモ・カイ・ナインテイルズと、レイヴリーヒとの、親善試合らしきは幕を上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る