七章:エルジア、焔立つ城の名を

七章01:武士は、極東にて我らを待てり

「――温泉に、二度浸かったら、眠くなる」

 どうでも良い句を得意げに詠んだケイは、後はかくかくと馬上で居眠りを決め込むだけだった。


 まあ徹夜の訓練を終えた後だ。仕方が無いと目で合図を出した僕に、エメリアは「ふふふ」と笑みを浮かべた。――もっとも流石はケイとでも言うべきか、一夜でサラのスニーキングをマスターした様子に、姉のリザも眼を丸くし驚いていた。


「まったく末恐ろしいぜ……ま、メイドちゃんは兎も角、そっちの団長さんには本気で殺されちまいそうだから、これからの手合わせは遠慮してえ……」

 

 斯くて疲れで眠りこけたサラを胸に抱き、そうかぶりを振るリザを背に、僕たちは国境の町、オーレリアを後にしたのだった。

 



 *          *




「なんて言うか、山奥って感じだよね」

 オーレリアから伸びる道は二股で、海沿いに向えばベルカ貴族の保養地が、山側に向えば刀剣都市エルジアといった具合になる。


 この保養地にはベルカの姫君が幽閉されている訳だが、同盟の締結と勇者エイセスの終焉を優先事項に置いた僕は、ルドミラやレオハルトらと協議の上、エルジアへの外遊を選んだのだ。


「まあ街道の整備は済んでるんだ。ぼちぼち行こう」

 オーレリアからエルジアまでは、馬車を使って半日の行程だ。シンシアに無駄な魔力の消耗を諌められていた僕は、焦ることも無く整った道を往く。




 ――刀剣都市エルジア。

 天然の要害たる山岳を背に、天に聳える城郭都市「万帝バンテイ」と、そこを守護するサムライたちによって成り立つ武士国家。僻地という理由もあって謎に閉ざされたエルジアは、しかして武においては並ぶもの無しと呼ばれる程に刀技に長ける。


「レオハルトぐらい強い人はいるのかな? エルジアには」

 ぼそりと呟いたエメリアだったが、リザに聞く限りでは「カオルーン」の称号を持つ一部のサムライたちは、ベルカの将軍たちドゥーチェスに勝るとも劣らない力を持つと言う。もしも仕合が出来るのであれば、エメリアの成長を試すには良い機会だろう。


「うまい具合に話が進めば、手合わせしてみれば良いんじゃないか。ただし殺すなよ――。リザと違って、他の連中は一発で即死だからな」


 今やエメリアの力は大陸でも屈指のクラスだ。少しでも本気を出した暁には、他国の将どころか都市そのものを壊滅に追い込みかねない。一応はと念を押す僕に「大丈夫大丈夫。今度はちゃんとやるから」とどっちつかずの笑みを零し、エメリアは馬の手綱を握った。――些かに不安が残る。


 そしてマクミランとは異なり、天然のカーテンに包まれた国エルジアには、もう一つの懸案があった。それはそこが、火の勇者バートレット・オヴニルの故郷であるという点だ。


 忠義を旨とする武家社会とは保守的で、とどのつまりは勇者エイセス信仰も根強いのではないかと僕は勘ぐっていた。国家の英雄である勇者エイセスを放逐し、あまつさえ囚人として連れてくる他国の皇帝を、果たしてエルジアの民衆と、そして指導者はどう扱うのか。僕にはそれが気になっていた。




*          *




 やがてケイが自らの腹の虫の音に目を覚ます頃、森の出口から俄に広がった光景に、僕たちは息を呑む。プルガトリア最高峰の霊山「フガク」を背にそびえる城郭都市は、幾つもの城を寄せ集めた様に入り組んでいる。瓦作りの黒と赤のコントラストが、東の要衝、エルジアは万帝バンテイの威容を存分に示していた。



万帝バンテイ……」

 ケイは独りごちる様に呟く。そう言えばエルジアは、僕の後輩にして護衛たる、ケイの故郷でもあった。しかしそもそもが記憶に無いのか、ケイの口からエルジアの話が出た事は無い。無論、僕から尋ねてみた事もだ。


「どうした? ケイ」

 そしらぬ素振りで声をかける僕に、ケイは「ううん、何でも無いよセンパイ! 早くお昼ご飯食べたくてさ。ボクもうお腹がぺこぺこだよ」とおどけて見せた。


「昨日は頑張ったもんな。美味しい料理が出ると良いな。ま、もう少しの辛抱だ」




 そうしてお腹を押え項垂うなだれるケイから視線を外すと、バンテイの正門に小さな人影が映る。察するに、サムライ特有の甲冑に身を包んだ少女らしい。鉢巻をおでこに巻き、そこを起点に黒い長髪を分けた少女は、一礼をすると僕たちに鋭い視線を投げた。


「遠路はるばるご足労を賜り、恐悦にござる。それがしの名はユリ・オヴニル。御館おやかた様よりエルジアは首都、万帝バンテイの案内を仰せつかり、お待ち致してそうろう


 流石にバートレットと同じ名字だと気づいた僕だが、二人の間には外貌の共通項は無い。杞憂きゆうかと内心で頷いた僕は「私はレイヴリーヒ。エスベルカの新皇帝だ。宜しく頼む、ユリ・オヴニル」と馬車から降り、そうして手を差し伸べたのだった。

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