六章02:歓待は、少女兵士のときの声で

「陛下、もう少しで国境です」

 流石に公共の場での演技が板に付いてきたエメリアが、乾いた風を嫌うかの様にブロンドをかき上げて言う。


 東端の都市エルジアとベルカの間には、国境線を兼ねた集落が存在する。――名をオーレリア。硬い岩盤の上に成り立つ堅固なる城塞都市だ。地層から湧き出る温泉から保養地としての側面も持ち、旅人たちのオアシスとして賑わいを見せている。


「やっほー温泉! 陛下、お風呂だお風呂!」

 一方のケイはと言うと相変わらず怪しい様子で、僕はそれは陛下に対する言葉遣いでは無いだろうと内心では答えながら、いつもの事と平静に受け流す。


「そろそろか。日も暮れてきたし、今日はここで宿を取ろう。ケイ、エメリア、折角だからゆっくり湯に浸かって、旅の疲れを癒してくれ」




*          *




「じゃ、お兄ちゃん、いってらっしゃい!」

 さかのぼること半日前。マクミランから帝都に着いた僕たちは、フィオナ、アマジーグと別れオーレリアに発った。

 

 列車の無いエルジアへの行路は馬が中心で、そのため身体的に厳しいフィオナには残って貰った。それに彼女には、アンサングから拝領はいりょうしたアーティファクトの調整という大命もある。


 迎え出た宰相代行、ルドミラに外遊の成果を軽く伝え、指揮官のレオハルトにはアンジェリカについて触れておく。奔放な彼女の処遇には周囲も頭を抱えている様だったが、そこは彼の愛娘まなむすめにして副官たる、ユーティラが上手く母親代わりを務めているらしい。――ゾディアック理事長の曰くでは、アンジェリカは自身より強い者でなければ母親として認知しないとの事だったが、恐るべくはユーティラの母性といったところか。


 かくて世は全て事もなしと知った僕は忠臣たちを労うと、エメリアとケイを連れ帝都を出た。こうして勇者を乗せた霊柩馬車ハースがオーレリアに着く頃には、周囲はもう薄暮に包まれていたのだった。




*          *




「皇帝陛下! ご到着ですッ!!!」

 岩場を縫う様に打ち立てられた巨木の壁。大の男十人がかりで開く木門は重々しく音を立て、やぐらに立つボーイッシュな少女兵が、エスベルカ新皇帝、レイヴリーヒの到着を周囲に知らせる。


 レオハルトの直属騎士団アルバプレナとは比べるべくも無いが、国境線を守る都市の守備隊はそれなりに訓練がなされている。市民皆兵しみんかいへいの理念の元、たった今声を張り上げた少女の様に、年端も行かぬ娘も一通りの兵法には通じているのが、ここオーレリアだ。




「なかなか威勢の良い町じゃないか」

 黒馬を駆るケイと、白馬を駆るエメリアの間、霊柩馬車ハースの中央に陣取り腕を組む僕は、仮面の奥からぼそりと呟く。


「まあまあね。ナヴィクの守備隊程度ならそこそこ張り合えるかも」

 顔を向けないまま、エメリアが可も無く不可も無くと評価を告げる。ケイはと言うと、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった表情で笑うだけだ。やがてものの数分とせずに集結した防衛隊の、その人波をかき分けるかの様に先刻の少女兵が歩み出て、そして敬礼して叫んだ。




「お、お待ちしておりました! レイヴリーヒ皇帝陛下! オーレリアの町へようこそ!」

 

 緊張した面持ちの、年も身丈もケイと同じ程度だろうか。ただ赤髪はより短くセシルカットで、肌も幾分か黒いタンクトップ姿の少女兵は、頬を染めながら言葉を続ける。まったくせめて、歓待かんたいは慣れた人間に任せれば良いのに。僕は内心でそう思いながらも、いたわる様に声を掛けた。


「出迎えご苦労。名は?」

 そうして馬車から降り立つ僕に、少女兵は一層身を固くして硬直する。まあ僕の甲冑ずくめの外貌もそうだが、周囲に恐怖を振りまくには充分といった所なのだろう。ぱくぱくと口を開きながら、ようやく少女兵は言葉を返す。


「はっ……自分は、さ、サラ・ヴァラヒア・マーティネズと言います……!」

 はあと糸が切れたかの様に大きく息を吐く少女兵の肩を叩くと、僕は背後の二人に合図をし前を向いた。眼前には黄昏に染まるレンガ造りの、オーレリアの町並みが映る。


「へ、陛下、こちらにお宿を用意しております!」

 機械仕掛の人形の様にカチコチを先導するサラに連れられ、僕たちは石畳の道を歩いて行く。防衛隊も市民も道端に避け敬礼する様はいかにも仰々しく苦手ではあったが、ともあれこれで、今宵の寝所となる町の宿に、僕たちは至ったのだった。

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