六章03:隠密は、歓楽街で娼婦を兼ねる

「――オレ・・はアンタを歓迎するぜ、エスベルカの新皇帝、レイヴリーヒさんよ」

 

 オーレリア到着から半刻。セシルカットの少女兵、サラ・ヴァラヒアに案内された宿の酒場で、僕はそこの若女将らしきに絡まれていた。


 赤い長髪をポニーテールに束ねる彼女の名を、リザ・ヴァラヒア。背丈はエメリアとさして変わらないが、妹のサラとは対照的なBQBボンキュッボン。せいぜいフィオナとシンシアを横に並べた程度には、露骨にして明らかな凹凸おっぱいの差がある。


「ルドミラから話は聞いてるぜ。随分いい男だって言うじゃないか。なあ、減るもんじゃなし、顔ぐらい見せてくれよ」


 おまけにそのけしからん胸をショート丈のタンクトップ一枚で包んでいると言うのだから、まったくもって目のやり場に困ってしまう。もし僕が仮面をつけていなければ(色々と)危うい所だったろう。


 ――さて、先ずはこの少女。リザ・ヴァラヒアと僕とが、何故この様な状況になったかについて遡って話さねばなるまい。




*          *

 



「おねえ、連れてきたよー!」

 入り口のウェスタンドアを勢い良く開け、赤髪の少女兵、サラ・ヴァラヒアが宿に至る。


 ――レッドラム。

 酒場と娼館を兼ねた艶やかな油屋が、この日僕たちが泊まる宿の名だ。

 なんでもルドミラの曰くでは、ここの若女将マスターがベルカの密偵を兼ねているらしい。なら僕としても一度は会っておきたい相手ではあった。


「お、来たねー!」

 宿内は貸し切りと言うことなのだろう。ところが誰も居ないバーの、カウンターから顔を出したのは、上半身をショート丈のタンクトップに、下半身をこれまた際どいホットパンツに包んだ、褐色肌の美女だった。


「あ、陛下。あれが姉のリザ・ヴァラヒアです。えっと……あ、アタイはこれで」

 言うやそそくさと去ろうとするサラを呼び止め「おいおいマイシスター。せっかくの客人を置いて一人逃げようなんざ、いけないぜー」と凄んで見せると、そのままつかつかと歩み寄ってサラの肩に手を置いた。




「はじめましてだな陛下。オレはリザ。サラの姉だ。多分あっち・・・ではヴィークラカで通ってると思うが」


 双乳でサラを押し潰す様に捕まえたリザは、身を屈めながら自己紹介を告げる。ヴィークラカとは北の言葉で「人狼」を意味する、リザに充てがわれたコードネームだ。


「まあ立ち話もなんだ。適当にくつろいでくれ」


 離れたリザを背に「ぷはあ」と呼吸を再開するサラは「卑怯だよな……おんなじ姉妹なのに……アタイだって、もうちょっと……れば……」とぶつぶつと恨みがましく呟き、次には「はあ」と溜息をついて裏口に回っていった。




「カクテルは何が良い……って、酒の席でも仮面は脱がないんだな、アンタは」

 唇に人差し指を当てて呆れ返るするリザは、今度は僕の両隣に座るケイとエメリアに話題を振った。しかし二人ともリザを睨み返すだけで、五人しか居ない空間には気まずい沈黙が横たわる。


「――まったく新皇帝の連れってのは……揃いも揃って不景気だねえ」

 独り言ちるリザ・ヴァラヒアに、僕は「一杯貰おう、ストロー付きで」と伝える。口元に笑みを浮かべた彼女は「で、親分はこう言ってるけど、アンタらはどうするんだ」と、もう一度ケイとエメリアに言葉を向けた。


「――それじゃ、私は適当にジュースで」

「ボクはミルク……あっ、でもあるならイチゴミルク」

 下戸でもある僕の従者は、眼前のリザを警戒してか随分と控えめな飲み物を頼む。というか最近、ケイもエメリアも異性に対し明らかに剣呑けんのんだ。


「くくっ、目つきの割には皆かわいいねえ。安心しろって、毒なんか入っちゃないから」

 リザは試しの一杯を自らの口に運ぶと、それぞれ所望のドリンクをケイとエメリアに渡した。先にケイがええいままよと飲み干し、横目で確認したエメリアが次に啜る頃には、二人は「お、おいしい」と顔を見合わせ、餌に釣られた犬の様に尻尾を振っておとなしくなっていた。


「ま。オーレリアには高原がある。果実も乳も全部そこから送られてくるんだ。新鮮さと味は折り紙つきさ」


 したり顔で解説するリザ・ヴァラヒアが「夕餉ゆうげも期待してくれていいぜ、奢侈しゃしって程じゃあないが、ここでしか食えないのを用意してある」とニヤリとすると、もう一帯の空気はヴィークラカの支配下だった。




*          *




「ふう……それじゃ陛下にはうちのウェイトレスに運ばせようかな。おいサラ!」

 それから数分後。シャカシャカとシェーカーを振るリザが、もういいだろと裏口に声をかけると、奥から着替えを終えたサラが姿を現した。


「なんだよおねえ……いっつもいっつも罰ゲームみたいにこんな格好……」

 見ればバニーガール姿のサラが、視線を逸らしながらトレーを片手に立っている。左手はスカスカの胸元を隠したまま、しかし幼児体型を包む網タイツのアンバランスが、些かに艶めかしい。


「くくっ。男の全部が、オレみたいなのを好きとは限らないのさ。なあ陛下。アンタはどっちが好みだ?」

 カクテルをトレーに乗せ破顔するリザに、僕はつい最近、フィオナから同じ質問をされたなと内心で思い返していた。その間にもサラはそそくさと、僕の前にグラスを置いて陰に隠れてしまう。外での溌剌はつらつっぷりがまるで嘘の様だ。




「――そんな事を聞いてどうする? 別に臣下を抱こうなんて腹積もりはないぞ」

 ストローからちゅちゅとカクテルを吸いながら僕は返す。まったく威厳のあったものでもないが、こうでもしないと仮面のままでは水を飲めない。


「ははっ。こりゃあルドミラの言う通り堅物だねえ。オレたちはベルカの影。抱きたいとお上に言われりゃあ、すぐにでも身を差し出すのが仕事だってのに」


 頭を手に当てて笑うリザは、カウンターの上に座ると足を組んで僕のほうを向く。扇情的なレースの下着がチラリと見えて、なるほど男殺しには相違ないと心の中で頷く。




「――イントッカービレ。将軍たちドゥーチェスなるベルカの光に対し、裏稼業を生業とするシャムロック直属の子飼い集団。いわば帝国の影そのもの」


 僕は飲み終えたカクテルを机に置き呟く。ルドミラのレクチャーそのままではあるが、武門を率いるベルリオーズに対し、エスベルカの盾ことシャムロック家が指揮するのがこの隠密集団、イントッカービレらしい。


「ま、認識としては正しいぜ。ただ一つだけ誤解が無い様に言っておくと、オレたちは別にベルカの犬じゃない。或る目的の為に協力しているだけの、ただの触れ得ざる者イントッカービレに過ぎないって事ぐらいかな」


「……ほう、ならば配下という訳ではないのか」

 興味深げに問う僕に、リザはくすりと微笑みを湛えながら「シャムロックは単に取引先の元締めってとこさ。仮に例えばの話だが・・・・・・・・・、いかに勇者エイセスが暴君であったとしても、連中が魔王を倒す為に動いているとすれば――、オレたちは沈黙を貫く」そう続けた。


「早い話が、魔王の討伐を再優先に考えて行動するのが、オレらイントッカービレって訳さ」




「イントッカービレ……触れ得ざる者、か」

 僕は腕を組んでリザの瞳を見つめる。褐色の肌に浮かぶ爛々たる眼。

 

 先刻から感じる不気味なオーラは、リザの持つ能力に関わっているのかも知れない。なにせ宰相代行のルドミラですら、イントッカービレの力については何も知らない。


「言うほどじゃあないさ。オレはアンタに興味があるし、アンタらが勇者エイセスの代わりに魔王を殺ってくれるってんなら協力も惜しまない」


 そう言ってリザは、僕に顔を近づけて胸元を強調させると「だからさ。一つオレと手合わせてくれ。勇者エイセスをヤッたって力が、本物かどうか試したい」と付け加えた。




「なるほどな。美味いカクテルの礼もある。どこでやればいい?」

「えっ」と驚いた表情のケイ、エメリアを他所に、リザは「話が早いね」と喜んで頷き、サラに右手で合図を出した。


「――サラ。早速陛下をお連れするんだ。格好はもちろん、そのままでだ」

「なっ……わ、分かったよおねえ……」


 だがしょげ返ったサラが踵を返す瞬間だった。グレースメリア騎士団長、我がエメリアが割って入ったのは。




「ちょっと待って下さい。何も陛下が直々にお相手する必要は無いでしょう。先ずは私、エメリア・アウレリウス・ユリシーズが貴女のお相手を致します。私にすら勝てぬようでは、到底陛下に敵う訳もありませんから」


 思わぬ横槍に数秒ばかり答えに惑ったリザだったが、すぐに思い直したのか手を叩いて言った。


「ははっ、やっと面白くなってきたねえ。いいぜ、受けて立つよ。だが万が一、オレにアンタが負ける様な事があれば、その時は陛下のご尊顔、ご開帳といくぜ」


 仄暗い紫炎しえんを瞳に宿すリザ・ヴァラヒアと、蒼い瞳に静かなる怒りを湛えるエメリア。こうして訳も分からぬまま、僕を挟んだ御前試合が幕を開けたのであった。

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