六章:オーレリア、湯煙舞う街の名を

六章01:国境は、定離の後に帝都を越え

 眼を覚ましたフィオナの、一晩の成果は赫奕かくやくたるものだった。

 まず昨晩傷つけたレストインピースのマントを、以前より強固なコーティングでしつらえ直し、さらに彼女の為の銃を一丁作ってみせたのだ。


 ――ビーハイヴ。文字通り「蜂の巣」を意味するそれは、装弾数は八発と少ない代わりにリボルバー式で事故ジャム率が低い。自身のハードな動きに適したカスタムを、頷きながら手にしたレストインピースは、防毒面マスクの下できっと笑っていた事だろう。


 僕は銃の製法について全く分からなかったから、ただフィオナの言う通りに部品を渡し、それから勇者たちから出る魔力を送ったに過ぎない。最も魔法が使えないカナヅチのフィオナにとっては充分有り難かったらしく「いつもの十倍は早く進んだ」と無邪気に破顔する様は救いに思えた。


 


 他に殴り書きめいた論文をアンサングに手渡したフィオナは、代わりに昨晩採掘されたばかりのLE級アーティファクトを好きなだけ選んでトランクに詰めた。――入りきらなかった分も含め、列車まではオープニングが運んでくれるらしい。


 一方ベルカに帰還する事となった将軍たちドゥーチェスの一人、アマジーグも周囲に挨拶を済ませ、フィオナの後ろにぴったりと付いて歩いている。アンサングの曰く、アマジーグは重度のロリコンらしく、今後気をつけて見ておかねばなるまい。恐らくフィオナは、その手の連中にとってはどストライクの逸材だ。


 我が親衛隊長たるエメリアはと言えば涼しげな表情でアイスクリームを二、三個平らげ、おみやげ用に幾つかを包んでもらっていた。本人は騎士団に渡すとは言っているが、僕の予想では一人で部屋で食べきる筈だ。


 オープニングから譲り受けた新しいメイド服に身を包み、上機嫌なケイに引きずられ、僕たちは一日ぶりに太陽の下に顔を出す。蒸気に塗れたマクミランの市街は、相変わらず雑踏が行き交っている。



*          *




「――色々とありがとう」

 誰かが聞いているなんて事は無いだろうが、一応は名前を伏せ、僕はアンサングの手を握る。そしてアンサングはその手を離そうとせず、エメリアがまた怒った表情で小突きを入れた。


「気にするでない。どのみちまた直ぐに会うのじゃろう? RIPリップを連れて遊びに行くわ」

 ニコニコと笑うアンサングは「最もその時は、あすこに映るおじいちゃん姿じゃがの」と街頭のビルに付けられた、巨大なテレビを指差した。


 その画面では老人が議場に立ち、何がしか答弁を行っている。回りにも同じ年代の議員たちが座っている様だが、アンサングの話では、あの半分以上は機械人形テルミドールとの事だ。確かに形骸化した議会に出席する時間を無駄と捉えれば、代役に任せるのが合理的とも言える。なによりマクミランの市民たちは、こんな議会にはなんの興味も無いのだから。


「――全くどっちが本体なんだ」

 困惑する僕の手を握ったまま「どっちじゃろうなあ。ふふ、お兄ちゃん・・・・・はどっちが好きじゃ?」とアンサングは続ける。その声真似に、ついにフィオナもお冠だ。


「ちょっとおじいちゃん。誰の真似、それ」

 これにはケイとエメリアも失笑をこぼし、そうこうするうちに帝都行きの列車が到着したのだった。




*          *




「わしらも行くが、お主らもまた来るのじゃぞ。なにせ人気者・・・なんじゃからな」


 閉まるドアの手前で、アンサングがこちらに手を振る。その背後では、メイド服姿の機械人形テルミドール、おかっぱ秘書のオープニングもこうべを垂れる。レストインピースに限ってはそう――、腕を組んで柱に寄りかかったまま微動だにしない。まったく絶対魔法禁止区域アーセナルでのしおらしさが嘘のようだが、これが平素の彼女の姿なのだろう。


 ところで僕らの何が人気者か分からなかったのだが、後々フィオナに「コスプレ」という文化の存在について聞かされた。なんでも謎に包まれたベルカ皇帝、僕ことレイヴリーヒと、その傍らに咲く一輪の花、エメリア・アウレリウス・ユリシーズは、オタクと呼ばれるマクミランの一部の市民に、熱狂的な人気があるらしい。


 CP、カプ、呼称には幾つかあると言うが、要するに美女と野獣めいた関係性だろう。確かに今思えば、町中には僕たちと似た格好の男女がちらほらと見て取れた。


 なるほど。道理で挨拶こそされなかったが、カメラのフラッシュだけは何度か浴びたし、特にエメリアを遠目に見守る男女の数は、些かに多かった気もする。


 


 かくてナヴィクから東を結ぶ装甲列車、カノンフォーゲルは、帝都を目指し動き出したのだった。アンサングたちの姿が徐々に小さくなり、黒点となって消えていく。


 これまでの経緯を語るアマジーグ、じゃれあうケイとフィオナ。そして案の定アイスクリームを早速頬張るエメリア。賑やかな一団の旅は、やがて次なる地オーレリア。すなわち刀剣都市エルジアとの国境線に至るのだった。

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