五章06:拳銃は、義妹の手により生まれ

「センパイ、良かった、良かったよお……」

 そうぼろぼろと涙を零しケイが現れたのは、僕とレストインピースが広間に戻って直ぐの事だった。


 聞けばケイは、あの後たった一人で岩塊を壊し絶対魔法禁止区域アーセナルへ降り、それから僕たちの足跡を追って出口にまで至ったのだと言う。足場のろくに無い岸壁をどう登ったのかと問うと、ケイは破顔しながらダガーを二本取り出した。少なく見積もっても100メートルはある洞穴の事、つまりは僕の護衛たる後輩は、トップアスリートですら裸足で逃げ出す程のスピードで、ロッククライミングを終えてきたという訳だ。――それも魔法の加護すら無しに。


「まったく無茶をするな……だがありがとう、心配かけて悪かったな」

 すると抱きしめた腕の中でかくりとケイの膝が崩れ、そのままくーくーと可愛らしい寝息が続く。




「おいおい、アンタら一体なんなんだ……この嬢ちゃんも、ええと、どの嬢ちゃんも」

 オープニングに担がれたケイを横目に呻いたのは、将軍たちドゥーチェスの一人、半義骸ヘミドールのアマジーグだ。褐色の偉丈夫いじょうふたるこの男は、回路修繕の後、残ったエメリアと模擬戦を行い、めでたく伸されたばかりだった。


「本調子じゃ無いだけでしょう? 最も私だって、どんな条件下でも負けるつもりはありませんけど」

 

 涼しげな表情で答えるエメリアは、その実誰よりも負けず嫌いな本性を上手く隠しながら微笑む。そして微笑みながら「どう?」と僕にウインクして見せるのだ。当然僕には「よくやった」と頷く以外に道は無い。


 そうしてまた破損した回路を、数刻の手ほどきで直してしまうフィオナな訳だから、この三人の少女の超然に、天下の将軍たちドゥーチェスとて舌を巻かずには居られない訳だ。




*          *




「先刻は余り話も出来なかったな。アマジーグ・M・シリウス・ヴェニデ。私が新生エスベルカの皇帝、レイヴリーヒだ」

 そう手を差し伸べる僕に、アマジーグは生身の片の手で応じた。


「たった今運ばれていったのが私の護衛、ケイ。君を伸したのが親衛隊のエメリア。そして直したのが研究所アナトリアのフィオナだ」


勇者エイセスとベルリオーズ卿以外でこんな強い連中が居るなんてな……世の中は広いぜ……よろしくな、大将」


 相変わらずバツが悪そうに頭を掻くアマジーグは、斯くて踵を返すや「すまん嬢ちゃん、もう一回俺と勝負してくれ」とエメリアにこうべを垂れた。


「いいわよヴェニデ卿。ただし今度は、私をちょっとは楽しませてくれないと駄目だからね」


 悪戯げに笑ったエメリアは、また細剣のスフィルナを抜くと構えて見せる。そろそろレベルも50を超え、あと一歩でレオハルトに並ぶ頃合いだろう。名だたる生え抜きの騎士とて、到底敵う手合ではなくなりつつある。




「随分と賑やかになったものじゃのう。時にヴリーヒ殿」

 嬉しそうに自身の顎を撫でるアンサングは、ここで僕を向くと話題を変えた。


勇者エイセスの持つエネルギーの話、フィオ君に聞かせて貰ったのじゃが、ちと来て貰ってよいかの」と。


「ああ、構わないが」

 答える僕を手招きしながら、アンサングは広間の奥の、研究施設じみた一室に先んじて至った。背後にエメリアとアマジーグの気勢を残し、重いドアがギイと閉まる。




*          *




 どうやらそこは実験室らしい。用途の知れない培養液に浮かぶ脳漿のうしょう、或いは瓶詰めの薬剤。何より異様なのは、部屋の中央、全裸のまま拘束される勇者エイセスたちの姿だった。


「少々暇だったのでな。設えさせて貰ったぞい」

 言うやアンサングは、目の前のユークトバニアの頭頂を踏みつけながら「こいつがリンクス39。フィオ君の調教した魔道士型の勇者エイセスじゃな」と悦に浸る。


 案の定、ユークトバニアの陰茎を覆うチューブからは絶え間なく魔力が吸いだされている様で、水の勇者エイセスは時に呻きながらボールギャグから涎を垂らす。――だが眼と耳を覆われている彼らに、僕たちの会話は聞こえてはいないだろう。




「――うんうん。今のところ経過は順調。おじいちゃんの手土産も、一応は新式の魔法銃クアトラビナに応用してるよ。ま、論より証拠ってね」


 マクミランに来てからというもの、俄然がぜん瞳を輝かせている義妹のフィオナも、また興奮しがちにアンサングの隣に向かった。どうやら新型の魔法銃クアトラビナに、マクミランの技術を応用した直後らしい。本人の手に握られている拳銃は、まだ僕も見覚えが無いものだ。――方や部屋の入り口では、腕を組んだレストインピースが、その武器にだけは興味があるといった風に、防毒面マスクの奥から睨みを効かせている。


「じゃじゃん。オッツダルヴァ! 二十八連の速射型魔法銃クアトラビナ。ユークトバニアから抽出した魔力を内蔵してる訳だけど。凄いよ。一発一発が大砲クラスの威力って感じ」

 

 鈍黒い銃身でジャグリングを見せるフィオナは「このサイズなら間違いなく過去最強のスペックだね」と意気も軒昂けんこうで、レストインピースに照準を向けると、挑発する様に左指をくいくいとした。




「――面白い」

 同意し頷く仮面の少女に、躊躇ちゅうちょなくフィオナは引き金を引く。タタタタタンという乾いた音が室内に響くが、まずは威力を図る為だろうか、レストインピースは自身のマントで銃弾を防ぎにかかった。


「!!」

 だが銃弾の着地したマントは見る間に穴だらけになり、レストインピースは即座に身を翻すとナイフを抜き出す。


「無駄無駄。絶対魔法禁止区域アーセナルの絶縁体をコーティングした程度じゃあこの銃弾は防げないよ」

 ケラケラと笑うフィオナは「ちょっと待つのじゃ!」とのアンサングの制止も聞かず試射を繰り返す。メガネのレンズにマズルフラッシュが瞬く様は、正にマッドサイエンティストのそのものだ。


「威力は中々だ。だがワタシのナイフは、銃弾とて切り裂くぞ」

 今度は我こそが戦闘狂ウォーモンガーとばかりにレストインピースがナイフの切っ先を振動させ、オッツダルヴァの弾丸を迎え撃つ―― が。寸断された筈の弾丸は割れると同時に炸裂し、氷片を辺りにばらまいた。


「チッ」

 レンズが割れたレストインピースは一歩引くと「どういう事だ、これは」と、空いた穴から覗く灼眼でフィオナを穿った。




「種は簡単。といっても、初弾はアーセナルの所為で不発だったけどね」

 薬莢を拾いながらフィオナは「この銃弾は魔法そのものと言っていいんだ。対象に当たる、すると発動・・する。これまでの魔法銃クアトラビナは、せいぜいがナヴィクの魔道士級の威力。でも今度のは――、教授プロフェゾーレのそれに並ぶ」そう続けた。


教授プロフェゾーレ……」

 機械人形テルミドールの二人から唾を飲む音は聞こえなかったが、驚きを隠せない事だけは、一瞬のたじろぎからも明らかだった。教授プロフェゾーレと言えば、かの魔法大国、ノーデンナヴィクの最高戦力を指す力だからだ。


「とまぁ、これが帝都制圧から今日までの、勇者エイセス研究の成果かな。非力なアタシでさえ、オッツダルヴァを使えば千人力の戦果を引き出せるって訳」


 論よりも雄弁に行動で示してみせたフィオナは「最も今の銃弾は、試射用に弱めてあるんだけどね」と付け加えた。




「ふふっ、ふはは……流石じゃのうフィオ君は」

 場の空気を変える様に破顔したアンサングは「約束じゃ。ここラボを今宵好きに使うがよい。わしはレストインピースのメンテナンスをせねばならんからの」と続け、フィオナの肩を叩いた。


「お主の調べたい事は分かっておる。鍵はこれじゃ。これを使えば、さらに奥の部屋にそれはある」


 不遜な笑みと謎の鍵を残し部屋を出るアンサングたちの後に、一瞬だけエメリアとアマジーグの気勢が響き、やがて不気味な沈黙だけが横たわった。

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