五章05:死人は、墓標より出で闊歩せり
「――なるほど……そいつは厄介だ」
落ちた洞穴の先、ぽっかりと空いた広間めいた何処かに、レストインピースに抱かれ僕は降り立つ。彼女の両脚から蓋を開ける様に現れ出たバーニアが、ボウウと炎を逆さに噴射し、二人分の体重を支えてくれる。
レストインピースの曰くでは、どうやら僕たちが迷い込んだのは
* *
「――そういう訳だ。区域を出るまではワタシの身体を使ってくれ」
言うやレストインピースは自らの右手を指し「上がるだけならこのワイヤーにも出来るからな」と付け加えた。
「分かった。暫くだが頼みたい」
僕は半ば適当な相槌で返しながら、初めて目にする
つまり裏を返せば、たとえ
「……だが、おい、聞いているのか」
しかし僕が妄想の世界に浸っていると、背後から語気を強めたレストインピースの声が繰り返し聞こえた。はっとして振り返ると、そこにはガスマスクを外した銀髪の、長髪を
「あ、ああ……ルド……ミラ……?」
そこで一瞬僕はたじろぐ。なにせその顔は、エスベルカ帝国の宰相代行、ルドミラ・トーシャ・シャムロックと瓜二つだったからだ。
「……人違いだ。それより頼みがある」
目を逸らせたレストインピースは、腹ただしげにもう一度僕を見ると「その……魔力を補給して欲しい……」と続けた。
「魔力……?」
とは言え今さっき、ここでは魔力が使えないと聞いたばかりだ。
「そうなのか? だが人に魔力を与えた事はあるが、
一考を巡らせる僕に「だから私も
「な……あなたは……」
今度はレストインピースのほうが驚いた様な声で「い、いやなんでもない」と取り繕った。なんのことやら分からないままの僕は「それで、どうすれば良いんだ?」と方法について訊ねた。
「あ、ああ……その……キス……それか、いやキスだ。くちづけを……して貰わないといけない」
しどろもどろとしながらレストインピースは言う。
「あの馬鹿マスターがな……人としての機能を完全に奪っては行けない、とか何とかでな……エネルギーの補給方法を、人間における性的コミュニケーションに置き換えたのだ……す、すまない……その、相手が……」
明らかにおかしい反応だ。或いは外貌で気分を害しでもしただろうか。だが背に腹は代えられない。僕は覚悟を決めレストインピースに身体を密着させると、その顔を覗き込む様に正面に立った。身の丈は僕の胸元ほど。銀色の髪も赤い灼眼も、見れば見るほどルドミラに似ている。いや、それ以前に見た、誰かに。――誰か?
「――ひとつだけ聞きたい……お前は半年前、ナヴィクに居た事は無かったか?」
するとレストインピースのほうから口を開く。確かに僕は当時そこに居た訳だが――、だが事ここに至って、ようやく一瞬の記憶が脳裏を巡った。
「マティルダ・トーシャ・シャムロック……」
呟いた僕に、寸時眼前の少女は初めて言葉尻を和らげた。
「やっぱり、あなたが……そうか……ありがとう。そしてごめんね。こんなワタシとで……」
自嘲げに微笑むレストインピースの唇を、僕は無言のまま奪う。――そうか、彼女は生きていたのか。
「やっ……いきなり……ッ」
魔力の与え方は、既にエメリアとケイで試している。いつもと同じ方法で僕はレストインピースに、少しずつ魔力を送った。彼女が
「あっ……んっ……凄……これ……っ」
やがてぴくぴくと身体を震わせるレストインピースは、ぷはぁと自ら唇を離すと「強すぎるよ……あなたの魔力……」と恥ずかしそうに告げた。
「分量を間違ったか?」
「ううん違う……いつもは人工の魔力だったから、その……本物の、それもこんなに強いのって、初めてで……」
見ればレストインピースは、もじもじと腰をくねらせながら俯いている。
「キスが駄目なら、他にどんな方法があるんだ?」
真顔で問う僕に、レストインピースは自らの下半身を指さしながら「ここ……下から、手で入れて」と、もう視線すら合わせずに答えた。
「これもアンサングの趣味か……」
しかし僕は
「なるべくゆっくり送るから、キツかったら言ってくれ」
僕は上と下の両方から、さっきよりさらに微量の魔力を少しずつ送り続ける。
まったく不思議な光景だ。
方やレストインピースはと言うと、声を必死に堪えながら小刻みに震え続け、全てが終わった頃にはハァハァと肩で息をする始末だった。
* *
「あ、ありがとう……すまなかった……醜態を……」
レストインピースのこの律儀な所もルドミラにそっくりだ。そこで僕は胸元からシャムロックのペンダントを取り出すと、かつてマティルダと呼ばれた少女にかざして見せた。
「マティルダ。君のだろう。これ」
あれからルドミラが
「あれ……でもこれって、片方は姉さんの……」
レストインピースは怪訝そうに首を傾げ「これ、どうしたの?」と僕に問う。全くさっきから、言葉遣いがてんでバラバラだ。
「ルドミラに預かったんだよ。今回の外遊の前にね」
そう返す僕に「そっか、姉さんも……」と、レストインピースの赤い瞳が、どこか遠くを見つめる様に泳いだ。
「……分かった。姉さんを大事にしてやってくれ」
ようやくここで口調を戻したレストインピースが「もう大丈夫だ」と告げ歩き出す。
「ルドミラには知らせなくて良いのか? ユーティだって心配しているぞ」
当然と言えば当然の問いに、レストインピースは「今はまだ良い。機会があればベルカには赴くが、私が生きている事だけは伏せておいて欲しいんだ」そう付け加えた。
「――なぜだ? 理由だけでも訊かせてくれ」
無粋かとは思ったが、これで最後のつもりの質問だった。
「はは……
悲しそうに呟いたレストインピースは、そのまま無言で正面を向くと「行くぞ」とジェスチャーで合図を出した。それきり問うのを止めた僕も、歩み寄り彼女の身体にしがみつく。
「ほんと、ワタシたち姉妹なんだな……姉さん」
独りごちたレストインピースの、その後に続けた言葉を僕は聞き取れなかった。
(せめて人間の身体で、あなたに会いたかったよ)
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