五章05:死人は、墓標より出で闊歩せり

「――なるほど……そいつは厄介だ」

 落ちた洞穴の先、ぽっかりと空いた広間めいた何処かに、レストインピースに抱かれ僕は降り立つ。彼女の両脚から蓋を開ける様に現れ出たバーニアが、ボウウと炎を逆さに噴射し、二人分の体重を支えてくれる。


 レストインピースの曰くでは、どうやら僕たちが迷い込んだのは絶対魔法禁止区域アーセナル、すなわち一切の魔力を遮断する空間らしい。――ここは元来は、LE級アーティファクトを保管する為の施設だったと言う。察するに長い時のなか岸壁に覆われていた所を、先の戦闘で運悪く破壊してしまったのだろう。




*          *




「――そういう訳だ。区域を出るまではワタシの身体を使ってくれ」

 言うやレストインピースは自らの右手を指し「上がるだけならこのワイヤーにも出来るからな」と付け加えた。


「分かった。暫くだが頼みたい」

 僕は半ば適当な相槌で返しながら、初めて目にする絶対魔法禁止区域アーセナルの不可思議に戸惑う。まさか地上最強格の魔力ですら完全に遮断される空間が存在するとは。


 つまり裏を返せば、たとえ勇者たちエイセスであったとしてもここでは無力という訳だ。そう考えると魔王と勇者エイセスの対立構図も、或いは浅薄な後付の何かだったのではと、ついつい勘繰ってしまう。――何せ僕が三元素トゥレースから受け取った情報に、この絶対魔法禁止区域アーセナルは含まれていなかったのだから。




「……だが、おい、聞いているのか」

 しかし僕が妄想の世界に浸っていると、背後から語気を強めたレストインピースの声が繰り返し聞こえた。はっとして振り返ると、そこにはガスマスクを外した銀髪の、長髪をなびかせる少女の姿があった。


「あ、ああ……ルド……ミラ……?」

 そこで一瞬僕はたじろぐ。なにせその顔は、エスベルカ帝国の宰相代行、ルドミラ・トーシャ・シャムロックと瓜二つだったからだ。


「……人違いだ。それより頼みがある」

 目を逸らせたレストインピースは、腹ただしげにもう一度僕を見ると「その……魔力を補給して欲しい……」と続けた。


「魔力……?」

 とは言え今さっき、ここでは魔力が使えないと聞いたばかりだ。反芻はんすうする僕に「魔力そのものが失われている訳じゃない。動力としてならば運用可能だ」そうレストインピースは付け加えると、つかつかと僕の側まで歩み寄ってきた。


「そうなのか? だが人に魔力を与えた事はあるが、機械人形テルミドール相手となると……」

 一考を巡らせる僕に「だから私も防毒面マスクを外したのだ……お前も、その兜を取ってくれ」とレストインピースは手を伸ばす。余り他人に見られてよいものでも無かったが、問答の余地も無い。僕は自分で兜を外すと、目の前のルドミラそっくりの少女と向き合った。




「な……あなたは……」

 今度はレストインピースのほうが驚いた様な声で「い、いやなんでもない」と取り繕った。なんのことやら分からないままの僕は「それで、どうすれば良いんだ?」と方法について訊ねた。


「あ、ああ……その……キス……それか、いやキスだ。くちづけを……して貰わないといけない」

 しどろもどろとしながらレストインピースは言う。


「あの馬鹿マスターがな……人としての機能を完全に奪っては行けない、とか何とかでな……エネルギーの補給方法を、人間における性的コミュニケーションに置き換えたのだ……す、すまない……その、相手が……」

  

 明らかにおかしい反応だ。或いは外貌で気分を害しでもしただろうか。だが背に腹は代えられない。僕は覚悟を決めレストインピースに身体を密着させると、その顔を覗き込む様に正面に立った。身の丈は僕の胸元ほど。銀色の髪も赤い灼眼も、見れば見るほどルドミラに似ている。いや、それ以前に見た、誰かに。――誰か?


 


「――ひとつだけ聞きたい……お前は半年前、ナヴィクに居た事は無かったか?」

 するとレストインピースのほうから口を開く。確かに僕は当時そこに居た訳だが――、だが事ここに至って、ようやく一瞬の記憶が脳裏を巡った。


「マティルダ・トーシャ・シャムロック……」

 呟いた僕に、寸時眼前の少女は初めて言葉尻を和らげた。


「やっぱり、あなたが……そうか……ありがとう。そしてごめんね。こんなワタシとで……」

 自嘲げに微笑むレストインピースの唇を、僕は無言のまま奪う。――そうか、彼女は生きていたのか。


「やっ……いきなり……ッ」

 魔力の与え方は、既にエメリアとケイで試している。いつもと同じ方法で僕はレストインピースに、少しずつ魔力を送った。彼女が生き返させられた・・・・・・・・という可能性を、自身の中で封じながら。




「あっ……んっ……凄……これ……っ」

 やがてぴくぴくと身体を震わせるレストインピースは、ぷはぁと自ら唇を離すと「強すぎるよ……あなたの魔力……」と恥ずかしそうに告げた。


「分量を間違ったか?」

「ううん違う……いつもは人工の魔力だったから、その……本物の、それもこんなに強いのって、初めてで……」


 見ればレストインピースは、もじもじと腰をくねらせながら俯いている。


「キスが駄目なら、他にどんな方法があるんだ?」

 真顔で問う僕に、レストインピースは自らの下半身を指さしながら「ここ……下から、手で入れて」と、もう視線すら合わせずに答えた。


「これもアンサングの趣味か……」

 しかし僕は機械人形テルミドールに関しては門外漢だ、レストインピースの要請に応え、手を秘所に伸ばしていく。要するに、魔力の抽送がそのまま性的なオルガスムに直結しているのだろう。


「なるべくゆっくり送るから、キツかったら言ってくれ」

 僕は上と下の両方から、さっきよりさらに微量の魔力を少しずつ送り続ける。 

 まったく不思議な光景だ。黒鉄くろがねの鎧を纏う白髪の男が、機械仕掛けの少女を抱きしめ、口吻くちづけながら手淫まがいのまぐわいを果たす。


 方やレストインピースはと言うと、声を必死に堪えながら小刻みに震え続け、全てが終わった頃にはハァハァと肩で息をする始末だった。




*          *




「あ、ありがとう……すまなかった……醜態を……」

 レストインピースのこの律儀な所もルドミラにそっくりだ。そこで僕は胸元からシャムロックのペンダントを取り出すと、かつてマティルダと呼ばれた少女にかざして見せた。


「マティルダ。君のだろう。これ」

 あれからルドミラがり合わせたのだろう。僕の手の中で、二つのペンダントが折り重なって揺れている。


「あれ……でもこれって、片方は姉さんの……」

 レストインピースは怪訝そうに首を傾げ「これ、どうしたの?」と僕に問う。全くさっきから、言葉遣いがてんでバラバラだ。


「ルドミラに預かったんだよ。今回の外遊の前にね」

 そう返す僕に「そっか、姉さんも……」と、レストインピースの赤い瞳が、どこか遠くを見つめる様に泳いだ。




「……分かった。姉さんを大事にしてやってくれ」

 ようやくここで口調を戻したレストインピースが「もう大丈夫だ」と告げ歩き出す。


「ルドミラには知らせなくて良いのか? ユーティだって心配しているぞ」

 当然と言えば当然の問いに、レストインピースは「今はまだ良い。機会があればベルカには赴くが、私が生きている事だけは伏せておいて欲しいんだ」そう付け加えた。


「――なぜだ? 理由だけでも訊かせてくれ」

 無粋かとは思ったが、これで最後のつもりの質問だった。




「はは……機械人形テルミドールの笑顔って機能が上手に使えなくてな……こんな風体じゃあ合わす顔が無いよ」

 悲しそうに呟いたレストインピースは、そのまま無言で正面を向くと「行くぞ」とジェスチャーで合図を出した。それきり問うのを止めた僕も、歩み寄り彼女の身体にしがみつく。


「ほんと、ワタシたち姉妹なんだな……姉さん」

 独りごちたレストインピースの、その後に続けた言葉を僕は聞き取れなかった。




(せめて人間の身体で、あなたに会いたかったよ)

 機械人形テルミドールの少女と、黒鉄の騎士の残影が、遠い遠い洞穴の出口に向け上っていく。後に響くのは、岸壁を穿つナイフと、壁面を蹴る足音だけだった。

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