五章04:遺産は、奥深き地中にて埋まり

 アンサングに示された地下迷宮は、面倒なことに魔物の群れで溢れかえっていた。いや正確には、宝物庫を養分に居座られているとでも言うべきか。 


 ――LE級レジェンダリーアーティファクト。先史遺産の中でも頂点に位置する性能を持つ宝具は、それ自体が魔力を内包しているケースが多い。つまりはその無尽に近い魔力を餌とすべく、一部の魔物が巣を造りねぐらとする訳だ。


 僕たちに課せられた任務は、この魔物どもを殲滅し、マクミランの調査チームが中に入るお膳立てを済ます事。その報酬として得られるモノは、LE級アーティファクト数点と相互軍事同盟の締結。マクミラン側としてはエスベルカに武器を供与し、自国製品のPRに用いれるメリット、そして国家予算の数パーセントに匹敵する討伐費用の節減と、お互いにとってのWin-Winは既に成立していた。




*          *




「――ありがとセンパイ。ボクを選んでくれて」

 駆け下りる縦の空洞の中、背後にぴっしりと張り付いたケイが得意げに囁く。 討伐隊のメンバーは僕とケイ、そしてレストインピースの三人。――黒鉄くろがねの騎士と護衛のメイド、機械人形テルミドール》の異色の影が、交錯しながら魔窟を目指す。


 エメリアは万が一に備え勇者エイセスの監視に、戦力外のフィオナはアマジーグの修理に立会い、得た知識をベルカ帰還後に役立てられるよう残って貰った。僕としては適材適所で選んだつもりだったから、別にケイを贔屓したとかそういう訳では無い。


「ああ、なるべく早く終わらせるが、念のため周囲の警戒だけは頼む」

 僕が呟き、ケイが頷いて微笑む頃には、もう三人の足は最下層にたどり着いていた。厳重に封鎖された扉の向こうから、うごめく魔物の気配が漂う。




「あまり派手な魔法は使わないでくれ。先史遺産群アーティファクトに傷がつく」

 そこでやっと口を開いたレストインピースは一言だけ僕に釘を刺すと、身を屈め臨戦の姿勢を取った。


「分かった。数は五百強。コキュートス級は絶無だが、数の暴力には気をつけろ」

 今度は僕の忠告に無言で頷いたレストインピースが、封の破壊と同時に魔窟に切り込む。すると襲い来るのは数多の雑多な紫触手テンタクル


「ケイ。ナイトレーベンで後ろから削れ。前は私とアレで仕留める」

 言うやレストインピースの後を追う僕の、その眼前にケイの放った三連の黒矢こくしがアーチを描く。ミミズの様にうねるテンタクルの群れは、次々と切られ倒れそして散る。


 どうやらこれは楽に片がつく。だが僕が思ったその時だった。――不利を察したテンタクルがより集まり、一本の巨大なワームへと変容を遂げたのは。




「――でかいな」

 レストインピースの呟きに「狙いやすくなったと言うべきだな」と僕が返す。


 気のせいか防毒面ガスマスクの奥から笑みが零れた様にも感じたが、次の瞬間にレストインピースは、左肘に仕込んだ散弾銃を撒き散らし、ワームの動きを牽制しつつ懐に飛び込んだ。流石に将軍たちドゥーチェスをも圧倒するだけの手練てだれだ。


「地縛より鉄鎖で、翼もぎ首括り、あえかなる自由のその全てを牢獄に押し込めよ。ペイン・チェイン・レイン」


 それを援護すべく、僕は魔力を具現化した黒の鎖をワームに放つ。その間にも右腕のワイヤーの遠心力で回りながら、レストインピースは敵の柱頭にポジションを取っていた。見れば既に両脚はライフルに変形し、ブーストで浮遊しながら敵の頭部を粉砕している。肉片と爆風に混じり赤く血塗られたショーツが時折顔を覗かせるが、彼女はそんなことにはお構いなしだ。




「おっけーセンパイ! こっちはばっちし!」

 背後のケイも、どうやらはぐれテンタクルを狩り終えたらしい。随分早いなと一瞥するが、それもその筈。彼女は一撃で三本の矢を穿つナイトレーベンの、撃った矢を操りながら次弾を装填し放っていたのだ。ねずみ算式に増えていく敵の犠牲は、数百匹と言えども数分で片が付く。


「――頑張ったな」

 そう手を掲げた僕に「ふふん! なんたって陛下の護衛ですからね!」と、ケイは鼻息も荒く得意げに笑った。




辺縁へんえんの彼方へ、ついばみ、むしばみ、無と共に黄泉に還らん。フレア・プロレマ」


 そんな後輩の思いには応えねばならないだろう。僕は掲げた手をそのままに虚無の呪文を唱えると、現れ出た複数の球体が見る間にワームを喰らい消し去っていく。だるま落としの要領で柱頭だけが残った怪物は、重力に誘われ地表へと落下する。その落下する最中に、レストインピースは脳の役割を果たすテンタクルのコアを切り刻み、これにて遺跡内の異物の全てを排除し終えたのだった。




「――圧倒的だな。流石に勇者エイセスを超えるだけの事はある」

 レストインピースが各部の武器を身体に仕舞い、しかして感嘆の情を微塵も滲ませない賛辞で僕を称える。


「ある種のチートみたいなものだからな。君も中々だ」

 褒め返す僕に、軽く頭を振っただけのレストインピースは「戻ろう。もう任務は終わった」と入り口を見やった。


「そうだな」

 しかし僕がそう呟いた刹那だった。戦いの反動か一帯の地面が崩れだし、くらい奈落が姿を見せたのは。


「――センパイッ!」

 叫んだケイが駆けつけるよりも早く巨岩が入り口を塞ぎ、ただ問題も無かろうと魔法を放ちかけた僕は違和感に気づく。


 


(……どういう事だ?)

 発破の為の攻撃魔法、浮遊する為の重力制御魔法。足場を作る氷、地形を変える隆起、思いつくありとあらゆる魔法が、まるで打ち消されでもしたかの様に尽く発動しない。同じく落下の渦中にあるレストインピースは、左腕の散弾銃、両脚のライフルとフル武装で岩塊を砕きにかかっているが、途中で弾薬が切れたのか忌々しそうに舌打ちした。


「悪いなベルカの皇帝。別のルートを考えよう。ここでは貴殿の魔法は扱えない」

 言うや僕に身体を寄せたレストインピースは「着地の際はホバリングを使う。機械の身体ですまないが、暫し抱かせて貰う」そう囁いて密着した。




(――魔法が、使えない?)

 咄嗟の事に言葉を失った僕は、レストインピースに抱きしめられるまま深い地の底に落ちて行った。――心なしか遠くに、ケイの声が響いた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る